500. 馬鹿なんですか?
長いようで短かった冬休みも今日で終わり。宿題は帰省中にすべて終わらせているので問題無し、暇な一日が始まった。
だったら今日も自主練しろと誰かさんからドヤされてしまいそうだが、寒い季節に過度な負担は厳禁。何もしないでゆっくり過ごす時間も大切だ。
というか、昨日琴音をおぶって家まで連れて行ったのが結構なダメージで、普通に腰へ来ている。そのまま比奈も一緒に家で時間を潰すものだから、夜まで二人の相手をさせられて割かし疲れているのだ。
……いや、別に「相手をする」って変な意味じゃないけど。ただメシ食ってダラダラ過ごしただけだけど。ちゃんと終電前に帰って貰ったので何もやましいことはありませんけど。って、誰に言い訳しているのやら。
(お腹空いたぁん……)
テレビを垂れ流しながらベッドでゴロゴロ。12時を回り腹の虫も暴れ出す頃だが、生憎冷蔵庫には何も入っていない。
比奈の作ってくれた料理は昨晩のうちに食べ切ってしまった。どうしよう動きたくない。昨日今日の鍛錬から一転、すべてが怠い。明日から学校かよ。ウザ。死にた。
実家で甘ったれた生活を送り過ぎた弊害か、或いはここぞとばかりに家庭力を発揮して来た比奈の幻影が部屋を漂っているのか。
こちらへ帰って来て改めて思うが、何もしなくてもご飯が用意されていて、風呂が沸いてるって幸せなことなんだな……早く結婚しよ……嫁さん貰お……。
『集えヒマ人』
『今からバイト』
『上に同じでありんす』
『お母さんとお出掛け中だよ~』
『筋肉痛で動けません』
グループチャットで連中の様子を窺うが反応は悪い。愛莉と瑞希はバイト、比奈はお出掛けか。琴音は論外と。
誰かご飯を作りに来てくれないかという甘えた魂胆は見事失敗に終わった。クソ、俺が必要としているときに限ってコイツらは。とんでもないな俺。何様やねん。
『ヒマなんすか?』
『腹減って動けねえ』
『馬鹿なんですか?』
と、ここでノノから個人宛てにメッセージが。どうやらコイツだけ暇しているようだ。まったく都合の良い女だよ。いやだからいい加減にしろ。
『もうバイト上がりなんで付き合いますよ』
『どこ?』
『廣瀬家のすぐ近くです』
『そんなとこでバイトしてんの?』
『西改札の商店街にヤヨイ軒あるじゃないですか』
『は? 知らん』
『ラーメン屋の隣です』
『思い出した』
『割引あるんで安いですよ』
『マジあらいぐまやん』
『ラスカル?』
『タスカル』
『クッソつまんないですね』
『瑞希直伝』
『人のせいにしないでくださぁい』
中身の無さ過ぎるトークを燃料にベッドから起き上がる。
本当は家から一歩も出たくないところだが、商店街まで徒歩10分も掛からないし。ヤル気出すか。
そういやノノがバイトしてるって話、なんとなく聞いてはいたけどどこでやってるかまでは知らなかったな。ノノが飲食店で……まったく想像が付かん。
準備を済ませ財布の中身を確認。まぁ割引あるって言ってたしギリギリ足りるか……最近妙に金遣いが荒いよなぁ。年下に奢るのも程々にしなければ……。
「ご飯お代わり自由は最強過ぎる」
「分かりみ深いっす」
「それが理由でバイトしてんの?」
「ゆーて9割くらいですけどね」
「ほぼやん」
指定した時刻通りに到着すると、既にバイトを終えて支度を済ませたノノが店頭で待ってくれていた。
ちゃっちゃと注文を済ませ従業員割引で半額まで下がった大盛り唐揚げ定食をテーブル席で向き合いながら頬張る。
外気のみならず冷え込んだ温度といいやり取りの雑把さといい、男女の高校生が醸し出す雰囲気ではない。
ノノ相手だから許されてる。他の連中と定食屋は来れん。でもラーメン屋は行けてしまう。謎。
「いつから始めたん?」
「せんれふのあたまふらいれす」
「ちゃんと喋れ」
「あんまひふと入ってらいんれふよねえ。んぐっ……まぁアレっす、半分趣味みたいなものですよ。前やってたコンビニが潰れちゃって、せっかくなら学校帰りに寄れるところが良いかなと」
唐揚げを口いっぱい頬張り水で流し込む。
食べ方が汚い。シャンとしろ仮にも美少女。
「その程度の稼ぎにしちゃ金持ってるよな」
「最近ノノも気付いたんですけど、市川家普通にお金持ちなんすよね。ぶっちゃけお小遣いだけで余裕です」
「ならわざわざバイトせんでも」
「いやぁ、なんか高校生らしくて良いじゃないですか。アルバイト。楽しいですし」
「愛莉の前で絶対に言うなよお前」
倹約に倹約を重ねど合宿費用さえ捻出できない高校生が居れば、暇潰しや道楽のために働く高校生も居るか。十人十色だな。
「聞いた話では、センパイも早坂コウハイの家庭教師以外にバイトをやっていたと」
「コンビニでな……三日で辞めたけど」
「センパイに接客業は無理っすよねえ」
さも当然の流れでヘラヘラ笑う。
ノノの癖に舐めやがって。許せん。
今となっては大阪での思い出以上に曖昧なモノとなった、上京してからフットサル部に入るまでのおよそ三か月の空白。
アイツらの仕送りに頼りっぱなしなのも癪だと、少し離れたコンビニでバイトを始めたのだが……リーダーのババアもといマダムが初日からやたら敵視して来て居心地悪かったんだよな。仕事も身に入らなくてすぐ辞めてしまった。
活動時間の隙間を縫ってアルバイトに精を出す愛莉や、趣味の一環といえソツなく仕事を覚えられるノノがちょっとだけ羨ましかったりもする。
サッカー一筋の生活を送り当たり前のようにプロになるとばかり思い込んでいた俺にとっては、仕事というものが今一つピンと来ない。
有希の家庭教師も始めた当初は真っ当なアルバイトの形をしていたが、給料を貰わなくなった辺りからそういう意識も無くなってしまったな。
「まーセンパイは替えの利かない存在なんで、バイトでヘバって試合に影響出されても困っちゃうんですけどね」
「それもそうなんだけどな……」
わだかまりのある頃から何だかんだアイツらには甘えっぱなしで、未だ真っ当な一人暮らしは実現していない。人に特訓だなんだといって上からモノ申している場合ではないのだ。
かといって、フットサル部やその周囲の人間を除き極端に閉じられた関係性しか構築出来ていない俺が、果たしてどんな仕事を出来るというのか。
コンビニは嫌な思い出もあるから候補に入れたくないし、ノノのように飲食店というのもイメージが沸かない。
塾講師や家庭教師なら……とは思ったが、あれは有希のケースが特殊なだけで、高校生を雇い入れるようなところはまず存在しないだろう。
「ていうかセンパイ、別にそんなお金困ってないですよね? 腐るほど仕送り貰ってるって前に話してたじゃないですか」
「これからどうやって生きていくかプランがまったく見えないというか……」
「んー……まぁ取りあえず大学行って、適当にバイトで稼いで……センパイ英語できるんですから、外資系の企業とか良いんじゃないですか?」
「俺にスーツを着ろと?」
「似合わないのは知ってます」
「うっせえ」
半端にサッカーで良いところまで行ってしまったから、社会人特有の上下関係とか絶対馴染めないと思う。グダグダ言ってないで慣れろという話ではあるのだが。
「早く自立してえんだよ。本当の意味で」
「……どういうことっすか?」
「俺と違ってバイタリティーのある奴らばっかりやしな……お前らに頼りっぱなしになりそうで怖いんだよ。さっさと進路決めて日銭くらい自分で賄わねえと……」
「真面目っすねぇ」
今でも相当甘えている自覚はある。俺がしっかりしていないことにはこのチームに未来は無い。勿論、コート外での関係性も。
高校生らしい将来への漠然としたイメージなど俺には、俺たちには不要なのだ。もっとこう、具体的な…………。
「……なんかセンパイ」
「おん」
「ノノたちのこと養う気満々ですね」
「…………いや、そこまでは言ってねえよ」
「えっ、なんすか今の間はッ!? 沈黙は肯定と受け取るタイプのアレですかっ! ゴールインですか! 結婚します!? しちゃいますっ!?」
「うるっせえなはよ食えやッッ!!」
ウザイ後輩モードの入ったノノの追及をパワープレイで強引に躱し、残る白飯を一心不乱に掻き込む。
ニヤニヤほくそ笑みながら表情を窺う彼女を前に、もはや抵抗への余力は一寸たりとも残されていなかった。
(…………そうだよ、悪いかよ)
思いのほか図星だから邪険にも扱えない。
良いだろ別に。夢くらい見たって。
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