501. あっ、なら良いっす


「つうわけで、偶には教師らしく振る舞って貰おうかなと」

「都合の良い奴だな……」


 結局ノノとは昼飯だけで解散。珍しくこちらから遊びに誘ったというのに、宿題が終わっていないと断りやがった。こんなときばっかりなんやアイツ。



「言うて嬉しいんやろ、俺に頼られて」

「否定はしないでおこうかな」

「ええ女やな。惚れ直したわ」

「おっと、こんなところにゼク○ィの特大号が」

「どっから取り出したんだよ怖えな」


 大人をからかうんじゃねえ、と肩パン一つ拵え食券をテーブルへ。


 これが生徒と教師のやり取りだというのだから山嵜高校の風紀はどうなっているのだ。あぁそうか、風紀委員って瑞希と琴音か。そりゃ改善せんわ。納得。



 というわけで、昼から考えていたことを改めて纏めてみようと峯岸を充てにした次第である。晩飯誘ったら1分で返事が来た。暇なのかお前も。


 集合場所は勿論、同じ商店街に構えるいつものラーメン屋。年明けすぐにテツオミの二人を誘ったので、早くも今年二回目の来訪。ハイペース過ぎる。



「制限中じゃなかったのかよ」

「今日はもうええかなって」

「春先のストイックさの欠片も無いな……」


 食べるときは食べる。走るときは走る。オンオフの切り替えが明確なだけだ。半分どころか七割言い訳なのはもう気にしない方向で。



「で、なんだっけ? 進路相談?」

「だいたいそんな感じ」

「今から真面目に考えなくても良いと思うけどねえ。お前さんの学力ならどこの大学でも入れるだろうし。高卒の働き場所なんて工場かとび職くらいだぜ」

「それは偏見やろ」

「選択肢が少ねえって話。他意は無いさ」


 ヘアゴムを咥えお決まりのポニーテールを縛り直す。私服と思われる趣味の悪い柄シャツからは早くも煙草の匂いが漂っていた。教師とは思えない軽率な発言含め、極めて平常運転の峯岸である。



「プロサッカー選手目指しますってんなら話は別だけどな……つっても最近はそうでもないんだろ? 試合に出れねえくらいなら進学するって選手も多いし」

「らしいな。詳しくないけど」

「なんだよ。長瀬辺りにでも影響受けたのか? 言っとくけどな、アイツを参考にするのは辞めとけよ。一回指導入ってるんだから」

「なんそれ」

「学業に支障を来たすレベルの掛け持ちは禁止なんだよ。一応、建前上はな。届け出制だからすぐ分かんの。アイツ一年の頃四つも掛け持ちしてたんだぜ。流石に止めないわけにはいかねえだろ……」


 今の今まで知らなかった驚愕の新事実。


 確かに彼女、初めてコンビニで遭遇したときファミレスでもバイトをしていたと言っていた。家庭事情を顧みれば掛け持ちも当然か……まぁ本人がわざわざ言い出さなければ知る由も無いよな。



「で? 実際のところなにが理由なんだよ。金には困ってねえんだろ?」

「…………ラーメン来たぞ」

「誤魔化したつもりか?」

「分ぁったよ……話す話す」


 今日も今日とて機嫌の悪そうな中年店主。無言のまま器をドンと置き「さっさと食って出ていけ」と言わんばかりである。

 まぁ第三者に教える内容でないことは間違いない。大人しく喋って楽になろう。



「その前に一つ聞きたい」

「はいよ」

「……俺らのことどこまで把握してんの?」

「ほぼ全部。こっちから聞かなくても金澤がベラベラ喋ってくれるからな…………あぁ、ついにハーレムの主たる自覚を身に付けたってわけ?」

「人聞きが悪い」

「事実だろ」


 適切な返しが思い当たらず黙りこくってしまい、峯岸もヘラヘラ笑うばかりであった。仕切り直しにとスープを一口啜るが、考えを纏める時間は与えられない。



「お前らのミルクくせえ恋愛事情なんぞ死ぬほど興味無いけどね。ただ一つ言えるのは……それ相応の覚悟も無しに続けられるほど甘い道のりじゃねえってことさ」

「だからこうやって相談してんだろうが」

「ハハッ、悪い悪い、ムキになんなって……すっかり変わっちまったねえお前も。あの頃の尖った廣瀬も嫌いじゃなかったけどな、今の方がよっぽど健全で安心するよ」

「ええから早く具体的な話をしろ」

「そう慌てなさんな若人よ」


 頼られたのを良いことに調子乗りよって。なにが死ぬほど興味無いだ、夏休みに酔った勢いで恋バナ炸裂させてたの忘れてねえぞ。



「そうだねぇ…………仮に私がお前の立場だったとしたら……夏の大会が終わったらすぐにサッカー部へ合流するな。で、サクッと選手権で結果出してスカウトを待つ」

「それこそ都合の良過ぎる話やろ」

「んなもんかぁ? お前の持ってる一番高い能力を活かせる、何だかんだ現実的な将来だと思うけどな」


 単純にお前がサッカーへ戻って欲しいだけだろ、とはわざわざ口にはしなかったが。まぁでも、まったくもって無茶な話というわけでも無い気はする。


 協会規則によれば、サッカー部とフットサル部で同時に選手登録することが出来る。男子のフットサル大会とか普通にサッカー部が出場したりしているらしいからな。その辺りは問題無い。


 現にテツオミの二人からは「いつでも歓迎する」とラブコール染みたものまで送られているし、フットサル部の活動が終われば俺は完全にフリーなわけで。



「……大阪で世話になった奴に言われてな。今のままじゃええとこ二部の控えが限界だとさ」

「そりゃお前の努力次第だろ。おいおい、浪速のロベルト・バッジョ様にしちゃ随分と弱気じゃねえか?」

「うるっせえな……」


 痛いところを突かれてしまう。こればかりは考え様の問題だ。内海にはまるで歯が立たなかったし、財部の指摘も的確だ。いくら自信があれどどうにもならないこと。



「んー、あとはなぁ。あぁ、こういうのはどうだ? 適当にバイトでも派遣でもやりながらアマチュアのチームで始めるってのは」

「サッカー戻るのは確定かよ」

「私だったらそう考えるってだけさね。まさかフットサルで食ってくわけにもいかねえだろ? プロ選手でさえ兼業でどうにかやっていける程度の収入なんだから」


 これも財部に言われたな……別にフットサルに限った話では無い。学生のうちに打ち込んだ競技でそのまま生活が出来る人間はどの界隈でもほんの一握り。


 そういうことじゃないんだよなぁ。俺はもっと具体的な、より現実味のある話を聞きたかったんだけど……。



「心配すんなって、仕事にゃ困らねえよお前なら。マルチリンガルってだけで相当なアドバンテージなんだから。留学でもすれば?」

「なんのために?」

「ドイツとかおすすめだぜ。下部リーグでも待遇はかなり充実しているからな。外国籍枠も無いし、前例も多い」

「結局サッカーかよ……」


 まったく、誰も彼も俺の才能を高く買い過ぎだ。一年以上のブランクは決して侮れないというのに……分かっちゃいたことだけれど、やっぱり付いて回るんだなぁ、過去の経歴ってものは。



「今から焦って考えても仕方ねえよ。取りあえず大学は行っとけ。潰しも効くから。大学サッカーも面白いぜ」

「…………かもな」

「んだよ、不満そうな顔しやがって。これでも真面目に答えてるんだぞ?」

「いや、それは有り難いんだけど……」


 親身になってくれるのはとても嬉しいのだが、みんながみんな「お前にはサッカーしかない」と言って来るようで妙に辛い。

 いや、勿論そんなつもりは無いだろうし、俺の内情を理解した上で進言しているのは理解しているのだが。



「お前本当に分かってんの? 高校出たあともアイツらとダルい関係続けるってなら、並みの人間よりよっぽど稼がねえといけないんだぜ」

「……それはまぁ……」

「だったらサッカーだろ。持ってるモノ全部活かして、なりふり構わずやってくしかねえんだよ。シャキッとしろ」


 肘をグイッと伸ばし肩を小突かれる。分かり切ったことを聞くな。そんな真意が透けて見えるようだった。



「まっ、納得するまで悩むが良いさ。少なくともあと一年はこのままだ、ゆっくり考えろ。麺伸びるぞ」

「いつの間に完食してん?」


 先に出てるわあ、と抑揚の無い台詞を置いて席を立つ峯岸。ボロボロの扉の先から煙草の匂いが漏れ、醤油とんこつの淡い香りと鼻先でせめぎ合う。



(結局コイツに頼るしかねえのか……)


 ふと落とした視線の先に、今日も今日とてかったるそうにぶら下がっている。これといって新たな故障も無く極めて真っ当に機能している左脚。唯一無二の武器であったお前が、今では足枷のようにも見えて実に嘆かわしい。


 本当に、人にアレコレ言っている場合じゃないな。どちらにせよこの錆び付いた左脚をもう一度磨き上げないことには。

 フットサル部も、俺たちの将来も動き出さない。まずは目先の目標に向かって全力にならないと。余計なことを考えている暇は無い。



「店長」

「…………おう」

「ここってバイトとか募集してる?」

「…………いや……」

「あっ、なら良いっす……」


 ダメ元のオファーはあえなく失敗に終わった。そもそも店主以外に従業員を一人も見かけないのだから、そりゃバイトなんか取ってるわけないか。



(せめて甲斐性くらいはなぁ……)


 突っ掛かりは残ったまま。

 

 時間を掛けて築き上げていくしかないのだろうか。のんびり答えが出るのを待っているほど余裕が無い気がするのは、きっと勘違いではないのだと思う。


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