497. はいザコ~


 宣言通りノンストップで2on1が続いている。

 腕時計で確認、だいたい8分は経った頃か。


 流石に広大なエリアを一人きりで守るのは無理な相談で、既に6点ほど決められている。だがこのペースで行けば俺の勝利は固い。



「瑞希っ、こっち!」

「あらよっと!」


 向かって左サイドで斜めのパスを受けた愛莉。やはり時間の経過で動きが怠慢になって来ており、お得意のキックフェイントも今一つキレが無い。


 一度立て直そうとフォローへ入った瑞希へパスを戻そうとしたが、その僅かな隙を俺は見逃さない。すかさず距離を詰め激しく肩をぶつける。



「ひゃっ!?」

「ヌルいわッ!!」


 仮にも女性相手に容赦ない当たり方だが、これも愛莉がクリアしければならない課題だ。男相手でもポストプレーを完結させる軸の強さを身に付けて貰わなければ。


 ボールを奪い切り遠くまで宙高く蹴り上げる。一旦のブレイクを挟み、おでこの汗を拭う愛莉へ少しアドバイス。



「最初に言うたこと思い出せ。完璧に出し抜かなくてもええ、少しでも可能性があれば躊躇うな」

「そ、そう言われても……ハルト相手じゃ隙が無いっていうか……」

「ホンマか? 瑞希の方が先にヒント掴んだみたいだぜ。なっ」

「ざっつらーいと! よーするになっ、長瀬はモーションがデカいんだよ! デカいのはケツだけにしとけ!」

「そんな大きくないわよッッ!!」


 疲れていてもツッコミのキレは健在の様子で。


 だがしかし瑞希の言う通りだ。この辺りサッカー畑だった愛莉と分かりやすく違いというか、普段のボールの扱い方の差が出ているな。



「で……モーションってどういうこと?」

「インフロントで強いのばっか狙ってるっしょ? そりゃハルも対応しやすいよ。例えばさ……バモスっ、ハル!」


 ボールを握りこちらへ呼び寄せると、そのまま一対一が始まった。お得意の足裏を多用した掴みどころの無いドリブルからアウトサイドで鋭く切り返すと。



「んっ……!」

「ほらなっ! コースあったでしょ!」


 シュートはわき腹の真横を通過し、鉄棒の枠中を通過する。予測していなかったわけではないが、ブロックは間に合わなかった。今のキックは……。



「もしかしてトーキック?」

「そーそー。てゆーか、フットサルじゃ当たり前のテクニックだよ。まーあたしも滅多に使わんけどな、爪割れたらマニキュア塗れんし」

「しょうもない理由やな……」


 つま先でボールを蹴るトーキック。


 扱いに慣れていない初心者がやりがちで、下手クソの代名詞のようにも取り上げられるが、コンパクトな脚の振りと不規則な弾道は相手を惑わせる。

 ただでさえ狭いスペースでのプレーが求められるフットサルでは、サッカーと比べてトーキックの使用頻度、有用性も段違いなのだ。


 元々フットサル畑の瑞希がトーキックを多用しないのはずっと不思議に思っていたことだが……そんな理由があったんだな。改めて言おう、しょうもな。



「あくまで方法の一つに過ぎんけどな。こういう抜け道一つ見付けるだけで、プレーの選択肢も広がって来るっちゅう話や」

「なるほど……ちょっと試しても良い?」


 ボールを回収し所定の位置から再スタート。ゆっくりとこちらへ近づき、右に踏み込んでから反対に持ち替えると……いや、そのまま右足か。



「おぉっ、良い感じじゃん!」


 珍しく素直に愛莉を褒め称える瑞希。ややアウトに回転の掛かったトーキックが鉄棒を掠め見事にゴールイン。

 脚の振りもコンパクトで、距離を詰め切ることが出来なかった。なんだ、普通にセンスあるじゃないか。スピードも威力も上々だ。



「結構使えるわね……もうちょっとパワー上げないと決まらないけど」

「その分タイミングをズラせて、回転も不規則やからな。ゴレイロも簡単には処理できねえよ。零れ球も狙えるし」

「もっかい練習していい?」


 早くも感覚を掴み始めているのか。再びボール回収、簡単なフェイントを幾つか挟み押し出すようにつま先で軽く蹴り上げる。これもゴールイン。


 愛莉の場合、モーションが大きくて準備されやすいとはいえシュート精度そのものは高いからな。鉄棒下の小さなコースをこれだけ正確に射貫けるのであれば、数を重ねることで新たな武器になり得るだろう。



「ふーん……いざってときはパスにも使えそうね。これくらいならアンタたちも対応出来るでしょ?」

「多用し過ぎてもネタバレになるけどな。こういう小手先の技を持っとるって思わせとけば、本来の強みも活き易いだろ」


 トーキックだけに留まらず、様々なプレーのバリエーションを用意することで相手も対応しづらくなるわけだ。これからの練習で磨き上げていこうじゃないか。共々。



「で、次に瑞希やけど……やっぱアレやな、中へ切り込む回数が多過ぎるわ。もっと縦に抜ける動きも見せていかねえと、ワンパターンじゃドン詰まりやで」

「えー、そーかなー?」

「例えば……ちょっとボール貸してみろ」


 攻守を交代し瑞希と対峙。彼女は左サイドでのプレーを好むから、利き足の右を使いやすい中へ切れ込む動きが増えるのは当然だが……それだけでは物足りない。



「瑞希は逆に、小手先の技術に頼り過ぎや。せっかくスピードもあるんやから、もっとシンプルにギアを入れても突破出来る」

「スペースが無いのだよスペースが! 抜けてもサイドに追いやられちゃうし!」

「だから、こうするんだよっ!」


 右足を踏み込んで縦へ持ち出す。瑞希が喰い付いてところで、左に持ち替え腰をグッと落とす。そのままヌルッとした動きで中のスペースへ。



「あっ、あれ?」


 彼女もそれなりに力を入れて対応していたのだろうが、あまりにも簡単に抜かれてしまったからか、困惑した様子で首を傾げた。


 ドリブルを止め振り返る。

 種明かしというほどのものでもない。



「喰い付くタイミング無かったやろ?」

「なんか、全然間合いに入れなかったわ。どうやったの? 魔力目覚めた?」

「だったら良かったけどな……簡単な話や、よーいドンで出足が遅れたら追い付けねえだろ。反発ステップ言うてな」

「聞いたことあるわ。ネイマールが得意なやつ」

「それ」


 愛莉のご名答。ギアを上げるために踏み出した足がフェイントの役割を果たすことで、ゼロの状態からスピードに乗り相手を置き去りに出来る。舞洲のコートで内海に散々翻弄されたあの技だ。


 相手より先に体重を乗せられるから、多少身体を当てられてもゴリ押しで進めてしまう。前にさえ出ればスペースの有無も関係無い、次の展開にも余裕が生まれる。



「瑞希のドリブルの問題点は、抜いた後の選択肢が極端に少ないことや。お前のスピードならこの技一つで簡単に前を向ける。あとは幾らでもやり様あんだろ」

「確かになぁ……ちょっとやってみよ!」


 再び攻守交代。足裏を駆使した細やかなタッチから、右足をグッと踏み込み縦へ抜け出す。身体ごと捕まえに掛かるが、一度立ち止まって更にステップを加えることで前へ抜け出されてしまう。そして、ゴール。


 彼女のようなスキルフルなドリブラーは得てしてボールの隠し方も非常に上手い。元々の特性を活かし切れば、俺ほどのプレーヤーでさえも簡単に出し抜くことが出来るわけだ。



「なぁーるほどなー……これならスペース無くても自力で解決出来るわ」

「繰り返しやけど、あくまで手段の一つやからな。お気に入りのパターンを待つだけやなくて、無理にでもそういう展開に持ち込む努力が必要や」


 ただ武器を手に入れるだけでは意味が無い。その武器を使って、常に結果を出し続けることが重要だ。優れた刀も手入れを怠れば切れ味は無くなってしまう。



「じゃ、その調子であと2分くらい……」

「えっ? 今の4ゴール入れたら10点しょ? ハルもう負けだよ負け」

「……はっ? 今のはノーカンやろ!」

「はい言い訳ーっ! そういうの通用しませーん! いえーいあたしらの勝ち~♪」

「はいザコ~♪」

「お前らッ……」


 こんなときばっかり息合わせやがって。

 見よがしにハイタッチするな。ウザいな。



「どうしよっかな~あんだけ煽られちゃったしな~! 晩メシくらい奢ってもらわないと釣り合わねえよな~?」

「お昼一週間くらい奢って貰ったら? 私はそうね……じゃ、月曜は梅干し山盛り弁当で勘弁してあげるわ」

「ハアァっ!? アホ抜かすな殺す気かっ! 」

「んー、じゃあ次はハルが攻める側で、20点取ったらいーよ! 引き分けで! 時間は一緒な!」

「勿論アンタなら余裕でしょっ?」

「言うたなっ!? ボコボコにしたるわッ!」


 ……というわけで攻守を交代し、軽過ぎるノリとは到底相容れない、来週の懐事情を賭けた世紀の死闘が始まるのであった。


 一先ず言えることは、この調子なら二人とも特に心配は無いということ。薄手のウェアで風邪を引く心配も要らないこと。そしてこの後、間違いなく長瀬家のシャワーを借りる羽目になるということだ。


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