496. 言われるまでもない


 それぞれ着替えの為一旦愛莉宅へ。自分も参加したいと駄々を捏ねる真琴を断腸の思いで振り払い、ボール片手にお馴染みの公園で再集合。

 肌着とピステだけでは心許ない真冬の夕暮れだが、すぐに心配は無くなるだろう。よりによってこの三人だけとなれば。



「うし、始めるか。まず大前提として、各々自分の弱点は理解しとるやろうけど……それは知らん。勝手にどうにかしろ」

「じゃあ何するってのよ?」

「財部にも相談したんだけどな。ウィークポイントを消したところでマイナスがゼロになるだけや。それやったらお前らの長所を伸ばした方がプラスになるやろ」

「なるほどっ。ごーりてきだなっ」

「そんなものかしら……」


 不思議そうに首を傾げる愛莉と、納得したようにフンフン頷く瑞希。


 それぞれの問題点。愛莉で言えばポストプレーの精度、瑞希は守備の軽さといったところが挙げられるが……夏から継続的に課題解決に取り組んでは来たものの、実戦の舞台では目に見えた効果が表れなかった。


 勿論軽視することは出来ないが、そもそもの得意不得意を考慮すれば課題だけに目を向けている時間も勿体ない。故に、取りあえず無視する。



 勝負を分けるのはミスの多さではなく、相手を凌駕するポイントをいかに多く作るか。だから陽翔には前のポジションばっかりやらせてたんだよ。とは財部の弁。


 愛莉の決定力、瑞希の個人技はフットサル部の大きな強みだ。ならばその二つを更に磨いて、相手が男子だろうが強豪だろうがお構いなしに、100パーセント通用する武器へと進化させるべき。という結論に至ったわけである。



「瀬谷北戦の映像……いつの間に?」

「小椋に貰った」

「ホントにぃ? ハルが男相手にコミュニケーション取れんのぉ?」

「黙って見ろや」

「いってェ゛!?」


 デコピンに悶える瑞希はほったらかしスマホを横に広げる。


 瀬谷北のキャプテン小椋に教えてもらった動画サイトのURLを開くと、先日の練習試合の様子が映し出された。小椋曰く試合の様子はいつも動画で撮影して見返すようにしているようで、連絡して非公開リンクを教えて貰った。


 流れている映像は、わざわざ撮影して貰っていた青学館との試合。2-1でリードしている後半序盤、中々追加点が奪えず結果的に同点へ追い付かれたあの時間帯だ。



「自分で見てどう思う」

「…………外しまくってるわね」


 愛莉のフィジカルを押し出したパワフルなプレーにはいつも助けられているが、ほとんどの試合で時間の流れと共にフィニッシュの精度が落ちる傾向がある。


 チームが挙げた得点のうち半数近くは愛莉によるものだが、彼女のゴールが決勝点になったケースで限定すると……夏前のサッカー部戦にまで遡らなければならない。


 こなして来た試合数が少ないので、統計としてはやや弱いのかもしれないが……厳しいことを言えば、どこか「勝負強さ」みたいなものが欠けている印象だ。



「思い当たる節あるやろ」

「……常盤森にいた頃からよく言われていたわ。シュート本数の割にゴールは少ないって」

「得点効率の問題やな……ベルバトフよりレヴァンドフスキの方がお好みやろ」

「また分かりにくい例えね……」


 ユナイテッドの黄金期に活躍したブルガリア人FWも似たような批判を受けていた。得点王の癖に格下からの固め打ちばかりで、肝心な試合で存在感が無いとかなんとか。あれだけ傑出した選手でも文句を言われる生き辛い世の中である。

 

 敢えて口にするのであれば、愛莉というストライカーも既に、その手の理不尽な要求を求められる段階まで来ているということ。

 彼女のフィニッシュ精度の向上はそのままチームとしての結果へ繋がるのだから、これを伸ばして行かない手は無い。



「で、瑞希やけど……例えばここ」

「あぁー、これなぁ……」


 左サイドからドリブル突破を試みて、スペースが無くなったところで俺へバックパスを出した場面だ。

 選択としては間違っていないが、もうひと踏ん張りして縦へ切り込めば突破出来なくもない。表情を見る限り彼女も悔いの残るシーンだったようで。



「まぁなんて言うか、癖みたいなモンなんだよねぇ。決まるか分かんないなら全員抜いた方が手っ取り早いっていうか」

「このシーンも……抜き切らなくても軽い振りで撃てるだけのスペースは残ってる。ちょっと前までの俺と同じなんだよ」

「えっ?ハルと一緒っ?」

「んなことで喜ぶな」


 瑞希のスピードと技術を兼ね備えたドリブル突破もまたチームの大きなストロングポイントだが、一方でスペースのあり無しに左右されるという側面がある。


 カウンターの先端としては満点の働きだが、引いて守られると威力が半減する。まったく通用していないというわけでも無いが、これも更に改善出来るはず。



「さて、改めて映像を確認したところで……お前ら二人には共通の課題がある。どこか分かるか?」

「……私と瑞希の?」

「んなんあったっけ?」

「何から何まで正反対でしょ私たち」

「若干釣り目気味なとことか?」

「あのですねお二人さん」


 惚けているわけでも無しに本気で分かっていない様子であった。確かにコートを離れれば性格も言動も真逆の二人だが、今はそういう話ではない。



「形に拘り過ぎて、ゴールまでの最短距離が見えてねえんだよ。技術に自信があればあるほど陥りやすい典型例や」

「……言われてみればそうかも」

「愛莉の場合は特に顕著やな。全力でネットに叩き込むのだけがストライカーの仕事じゃねえ。青学館戦の3点目みたいに……軽いタッチで相手を出し抜くようなプレーも必要や」


 身近なところでは大場が良い例だ。アイツはパワーもスピードも平均以下だが、ポジショニングの妙と相手ディフェンスの裏を突くしたたかさで正確にネットを揺らすことが出来る。


 分かりやすい武器があるに越したことはないが、それだけ警戒もされてしまう。相手にして曰く「上手く対応したつもりだったけど、結果的に決められてしまった」というシーンを意図的に作り出せば、彼女の得点効率は改善されるだろう。


 自分たちのスタイルに拘るあまり、結果への貪欲さに欠けている。理想が高過ぎるのだ。これは瑞希が言うところの「癖みたいなモノ」とも同じことが言える。



「つうわけで、お前ら二人と俺で2on1や。ゴールは鉄棒の枠中な。10分ブッ通しで、10点決められたらお前らの勝ち。9点取られようと俺の勝ちや」

「えー!? ズルっ!」

「そんだけ貪欲にやれって言ってんだよ」

「なにそのホームラン以外は意味無いみたいなやつ。プー○んのホームランダービーかよ!」

「その例えは一部にしか通用せん」


 正月中瑞希が暇過ぎてずっとやっていたという例のネットゲームか……俺も誘われてやってみたけど、ヒット打っても得点に入らないんだよな。

 しかも最終ステージの難易度たるや、いったいどれだけ時間を浪費したことか……いやまぁそれはどうでも良いとして。



「とにかく、いかに効率よくゴールを決められるか。この一点にだけ集中しろ。10分休み無しでやれば疲れも溜まるからな、スタミナも鍛えられて一石二鳥やろ」

「要するに、ハルトをギッタンギッタンにして泣かせればいいんでしょ?」

「ザックリ言うとな」

「……ふんっ、やってやろうじゃない。ギブアップとか無しだからねっ」

「そらこっちの台詞や」


 挑発的な微笑みと共に足元のボールを蹴り上げる。ループ気味に放たれたショットは鉄棒の枠へ直撃した…………って、予告なしにスタートかよ。セコイな。



「おいっ、まだ始める言うとらんやろ!」

「アンタが言ったんでしょ、貪欲になれって! 瑞希っ、回収!」

「あいあいよぉっ!」

「てめっ……アップくらいさせろッ!」

「はいこれでいってーん! やーいザーコザーコ!」

「…………殺すッッ!!」


 アッサリ枠下を通過させ手放しで喜ぶ瑞希。俺一人が相手だからって、徹底的に煽るスタイルか。良いだろう。すぐ泣かせてやる。


 なにもコイツらだけの練習ってわけでもないのだ。守備の下手さは自分で自覚するところ……本気のコイツらを相手取れば、それはそれで良いトレーニングだ。



「ハッ、言われるまでもないねっ! あたしだって上手くなりたいのは一緒だから! あんま調子乗んなよ、ハルっ!」

「……まっ、そういうことよねっ!」


 視線を重ねニヒルに笑いあう二人。なるほど、プレーに飢えていたのは俺だけじゃないってわけな。そう来なくっちゃ。



「掛かってこいやドさんぴん共がッ!!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る