バレンタイン辺りまで纏めて一気にどうぞ的な章
495. おっぱいは関係ねえ
雪の降り積もる青緑のピッチを所狭しと駆け回る選手たち。エンジ色のユニフォームが続々と敵陣へ飛び込み、一心不乱にゴールへ襲い掛かる。
「あぁっ、惜しい!」
「もっかいクロスじゃあ!」
厚手のコートに身を包んだ愛莉と瑞希が矢継ぎ早に声援を飛ばす。それに応えるよう左サイドバックが高い弾道のセンタリングを上げるが……。
「だぁぁー!! ここで終わりかぁ……!」
「追い上げの時間が遅過ぎたわね……」
ボールは無情にもゴール前の密集頭上を通過しタッチラインを割った。主審のホイッスルが鳴り響き、頭を抱えた瑞希と愛莉に続いて観衆からも割れんばかりの拍手が沸き起こる。
体力も底を突いたのか、ピッチに倒れ込んでしまったエンジ色の7番をチームメイトが引き上げるが……試合後の整列にはそれなりの時間が掛かってしまった。
(ベスト8か……まぁようやったわな)
新年明けて二度目の土曜日。山嵜高校サッカー部があと一歩のところで敗れたあのスタジアムで、高校サッカー選手権の準々決勝が行われていた。
わざわざ足を運んだのにも理由があり、今日の対戦チームは南雲の所属している桐栄学園と優勝候補である千葉県の高校。前日に南雲から「絶対観に来い」と念押しされてしまったものだから、暇していた愛莉と瑞希を連れて観戦に訪れたのだ。
試合は桐栄が終始ペースを握っていたが、前半で2点を先行される苦しい展開。終了間際に一点を返し同点まで持ち込めるか期待されたが、アディショナルタイム含め残された時間は僅か5分。残念ながらゴールは生まれず。
1-2というスコアは決して妥当ではなく、むしろチャンスを多く作ったのは桐栄だった。だがこれもサッカーの恐ろしさ。内容は必ずしも結果へ結び付かない。
早期に敗れてしまった堀や藤村に続いて、セレゾン出身者の所属する高校はすべて敗退だ。全国の猛者が集まる選手権で勝ち上がるのは並大抵のことではないな。
バックスタンドのやや高い位置から拍手を送り、帰りの客で溢れる前に揃って席を立つ。労りの言葉はSNSか直接会って掛けてやれば十分だろう。
「陽翔の友達、今日はあんまり機能してなかったわね」
「素直に南雲でええやろ」
「くん付けって恥ずかしいし……」
「当人もおらんと人見知り発揮すんなや」
年が明けてもコミュ力の低さには変わりの無い愛莉をはじめに、それぞれ試合の総括を述べていく。ただアイツを応援するためだけに連れて来たわけでもないのだ。
「やっぱ桐栄は7番の縦パスが入らないとスイッチが入らないんよね。今日もダラーっと回してるだけでさ」
「世代ナンバーワンのサイドバックと言えどな……あれだけ警戒されちゃいつも通りにはいかねえよ」
「県大会の試合でも思ったけどさー、一人で突破できる人が居ないんだよな。前に運べないとドン詰まりになっちゃうっていうか、まぁそりゃ当たり前なんだけどー」
瑞希の指摘は概ね正しく、桐栄は南雲を基点にしなければ威力のある攻撃を繰り出すことが出来ないという弱点を抱えている。
対戦した千葉県の高校は彼らのウィークポイントをしっかり見抜いていたようで、ボールを支配されながらも機能的な守備で要所を確実に押さえていた。
疲れが見え始めた終了間際にセットプレーで一点をもぎ取られたが……結果的に2点のリードは守り切ったのだ。
最後まで縺れはしたが、彼らからすればプラン通りの試合展開だったと言っても良いだろう。知力と根気の折衷案で勝ち取った理想的な勝利だ。
「ここまでの試合もチェックして来たんだけどさ」
「おう」
「ゴール決める人が分散してるっていうか……それ自体は良いことだと思うけど、いざってときに頼れる得点源が居ないのよね。ここぞって場面で点の取れるストライカーが居ないと、やっぱり全国じゃ厳しいんだなって」
愛莉も似たような論説を繰り広げる。
素晴らしい観察眼だ。
考察としては100点に近い。
が、棚に上げて言えることではない。
瑞希、お前もだよ。
「つまり、俺らと同じってことや」
「…………言わんよーにしてたんに」
「いらんいらんそういうの」
極まりの悪そうに唇を尖らせた瑞希に続いて、愛莉も白い息と共に頬を引っ掻く。
冬休みに行われた大阪遠征。
新たに洗い出された大きな課題。
瀬谷北戦と青学館戦。どちらの試合もある程度の余裕を持ってタイムアップの笛を待つこととなったが、内容は決して褒められるようなものではなかった。
対戦校の女子選手と比較しても愛莉の決定力、瑞希の突破力は群を抜いているが……男子相手となるとそう話は簡単ではない。
全員の高い技術レベルを基軸とした流動性豊かなパスワークは全国有数の強豪校相手にも通用したが。
上手く行かない時間帯はボールを握られて中々取り返せなかった。結果的に流れを引き寄せたのは俺の個人技や、タイムアウトを活用した裏技的な手口だ。
「改めて言うまでもねえけどな……男子と女子が同じコートに立つなんて、普通じゃあり得んことや。でもそういうルールの大会で、他に手段が無いとはいえ、俺たちは敢えてそこに挑もうとしている。目標は変えられねえ」
全国の舞台には、瀬谷北や青学館以上の実力校も多数存在する筈だ。そんなチームを相手にして、今の俺たちで太刀打ち出来るのか?
残念ながら答えはノー。何故ならこの高校サッカー選手権と同様、大会中短いスパンで多くの試合をこなさなければならないなかで……俺たちはまだ一定の実力を常に発揮出来るだけの体力、ゲームプランを持ち合わせていない。
「チームとしてどう戦うか、どういう編成で大会に臨むかは、まぁこれから全員で考えていくとして……最後にカギを握るのは個の力や」
「男子を圧倒するくらいの実力を付けないとって話でしょ。わたしも瑞希も」
「そういうこった。個人のレベルアップはお前らに限らずやけどな……ただでさえ女子の多いチームや、苦しい時間帯に頼れるのが俺だけじゃいつか手詰まりになる」
財部も言っていたな。青学館は日比野をボールホルダーとすることで、男子のフィジカルを前面を押し出し性差の不利を極力減らしていると。
だが山嵜の場合、チームのほとんどが女子で構成されている。俺に言わせれば性差や個人の実力をチームでカバーする……なんて限りなく幻想に近いもので。
どれだけハイレベルな戦術を拵えても、個々の能力が追い付かなければ意味が無い。自身も含めもう一段階レベルアップしなければ、全国の舞台で勝ち抜くことは出来ないだろう。
「要するに、今のペースじゃ追い付かねえんだよ。初心者も経験者も関係ねえ。これからはもっと強度の高いトレーニングが必要になる……チームの練習以外でもな」
「そーなるよなー……チームでプレーするのフットサル部が初めてだから、自主練とかどうすればいいのか分かんないんだよな」
「なら教えてやるよ。愛莉も。この後どうせ暇やろ」
「断言されるのは気に食わないけど、まぁ暇ね」
あれだけの好ゲームを見せられて、俺たちに限らず観客も皆思っているだろう。早く帰ってボールを蹴りたいと。
なら蹴ればいい話だ。この昂ぶりはイメージや誰かの力では解消できない。それでこそアスリートたるものってわけよ。
「練習着持ってこいってそーゆーわけな……あーあー、もうちょっと正月気分浸りたかったんだけどなーっ!」
「ダラけとる場合か。んなんやから腹ばっか重くなって胸に栄養行かねえんだよ」
「おっぱいは関係ねえだろォォ゛ォォ゛ッッ!?」
「いい加減飽きて来たわねこのくだり……」
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