477. 大好き
「これ私が作ったんです! 出来合いでホント申し訳ないんですけど、良かったら食べてください!」
「こっちのサラダはわたしで~す。あ、お洗濯もの溜まっていたので、ついでに片付けちゃいました♪」
「じゃーんハルとお揃いのペアリング! 誕生日プレゼントで貰っちゃったんですよね~いや~あたし愛されてますよね~~!!」
「これはドゲザねこといいまして、いま世界的に人気のあるキャラクターなんです。彼も同じスマホカバーを使っています」
「えーっと、え~~っと……あっ、はい! 市川ノノ、一発ギャグやりますっ! イチカワスイッチ、イ! イェェェスノゥトルダァァァァァァムッッ!!!!」
……………………
「……いっつもこんな感じなん?」
「三割増しってところやな」
「えぇー……キッツ……」
ドン引き状態の文香を置いて、山のように用意された食事を無心で頬張る。味は分からない。集中出来ない。普通に。
涙も枯れ果てようやく落ち着いたところで。せっかく家族全員揃って良い機会なのだからみんなで家で夕飯を食べようという、比奈の提案に乗る形となった。
いつの間にかロビーから消えていた財部たちにメールで簡潔に挨拶を済ませ、用事が出来たからご飯また今度と日比野さんにやはり謝罪のメールを送り。
良い機会だからこの子も連れて行ってと念押しして来た文香の両親を駅まで見送り。
会話にも満たぬやり取りを二人と重ね、ようやく帰って来た我が家。
生まれてこの方経験の無い家族の団欒とやらが始まるのかと思いきや。
「このハンバーグ、ハルトにも作ったことあるんです! ていうか普段のお弁当とか私が作ってて、なんなら家事も私の担当みたいな!?」
「そ、そう……良いお嫁さんになれるわね……?」
「え~? でも愛莉ちゃん結構おっちょこちょいだし、陽翔くんにも当たり強いような……あ、そのお箸ちょっと曲がっているので、こっち使ってください♪」
「あ、ありがとう……気が利くのね……っ」
……………………
「いや~~あたしとハルはもう運命きょーどーたいっていうか、前世から固い絆で結ばれてるっていうか~~? なんかこう目に見えない安心感っていうか? そう、まさにお父さんみたいな!」
「はははっ……そうかそうか……」
「瑞希さん、あまり大きな声を出さないでください。さっきから怖がれていますよ……おや、顔が赤いですね。もしかして体調が優れないのですか?」
「いっ、いやいや、大丈夫だよ……」
……………………
「はいっ、次はモノマネ行きますっ! 「ドリンクバーのコーラマシンのコーラを出すときの音」……ココッコヮコヮ゛コヮォォ゛ォォコヮコヮ゛ァァ゛ァァ!!」
……………………
「はえ〜……達者なモンやなぁ……」
「分かんのかよ」
「ウチいまガ○トでバイトしとんねん」
「あ、そっすか……」
若干現実逃避し始めた文香と一人だけ方向性を間違えているノノはさておき。
両親を取り囲み、世にも醜い媚の売り合いが始まった。
家庭力を前面に押し出す愛莉と比奈。やたら仲の良さをアピールする瑞希。特に何も考えていないが、存在感一辺倒で父を動揺させている琴音。ジャンルは様々である。
家に到着するまでは大人しいものだったのに、愛莉と比奈が競うように夕飯を作り出した辺りから各々火が付き始め、いよいよ泥沼化の様相を呈していた。
我が両親とあってそもそものコミュニケーション能力に乏しい二人は、休むことなく繰り広げられる個性の爆撃にすっかりペースを握られている。
が、特に助けるつもりは無い。彼女らに捕まっている間は俺も余計なことを考えないで済むし、なんなら良い機会だとすら思う。
どうせ俺相手じゃ話が噛み合わないのだから、周りのことから理解してもらった方が後世の為というものだ。分からんが。
「ごっそさん」
「んにゃ……どこ行くん?」
「部屋」
「逃げる気満々やな」
「戦略的撤退と言え」
5人にバレないよう食器を片付け二階へ上がる。文香もリビングの喧騒を嫌ってか後を着いて来た。
片付けはほとんど進んでおらず、相変わらず段ボールとラックに囲まれた雑多な空間。だが明らかに人の入った形跡がある。
どこにしまったかも忘れていたアルバムがソファーに放置されていたことを考えれば、犯人が誰であるかも明白だ。
「ごめんなあ。勝手に荒らしてもうて」
「別に。気にせんて」
特に目的があるわけでもなかった両者だが、互いに段ボールを掻き分け何やらゴソゴソと探している。
時間を浪費するまでもなく文香は声を挙げた。丁寧に丸められたポスターは埃を被っているが、保存状態は悪くなさそうだ。
「おーっ! あったあった! ほら見てやはーくん! バッジョおったで!」
「あぁ、そっちか」
幼稚園の頃から天井に貼り付けていたロベルト・バッジョのポスター。紫色のユニフォームはキャリア初期に所属していたクラブだ。
全盛期はその後移籍したイタリア有数のビッグクラブでプレーしていた時期と言われているが、俺はこの頃のバッジョの方が好きだった。理由は覚えてないけど。
記憶を辿れど、たかが5歳の俺だ。今以上に口下手なアイツがロクな答えを持ち合わせている筈が無い。
「ホンマなっついなぁ~……ウチがまだ2年生とかそれくらいやったかなぁ。はーくんちにお泊りしたん覚えとるか?」
「無理やり押し入って勝手に寝たんやろ」
「にゃははっ、まぁ許可は取らへんかったなぁ……でもあんとき全然寝付けへんと、天井のポスターばっか見とってな。なーんでウチよりこんなポニーテールのむさ苦しい男が好きなんやろなあて、嫉妬に燃えとったわ」
「比較出来るモンちゃうやろが」
小学校低学年の頃までは、文香もよく部屋へ泊まりに来ていたな。俺がずっと無視を決め込むものだから、片隅で本読むかゲームばっかしてたけど。
「もっかい貼り直そか」
「嫉妬するんじゃねえのかよ」
「へへんっ、今なら勝っとる自信あるで?」
「思い上がるなタヌキ面が」
「めっちゃ言うやんそれ……」
存外に落ち込む文香だったが、転がっていた養生テープを片手に段ボールの高低差を上手く使い天井へ手を伸ばす。
高さ2メートルにも満たない狭い部屋だ。今や脚立も必要無い。中身はあの頃のまま、互いに身長だけは大きくなっちまったな。
「足元気を付けろよ」
「へーきへーき、これでもバランス感覚はフットサル部随一……にゃうんッ!?」
「雑なフリすんなボケっ!」
お約束通りに脚を滑らせる。近くで見守っていたのが幸いし、床へ打ち付けられる前に背中を支えることに成功。
まったくの無抵抗というわけにもいかないが、細身なラインが示す通り、力を込めるまでもない軽い身体だ。
「……ご、ごめん……っ」
「怪我してねえか」
「うんっ……あ。わぁ。これ凄いな。お姫様だっこっちゅうやつか? 役得やな、役得♪」
「助けて貰ってすぐ考えることか」
嬉しそうに口元をゆすぎニヤニヤと笑う。
まったく、調子乗りよって。
「ほら、立てるか」
「んんしょっと……」
身体を降ろすや否や、文香は顔を胸元へ埋めくすぐったそうに髪の毛を揺らす。
いきなりどうしたと問い詰める間もなく、彼女は口を開いた。
「ホンマ夢みたいやなぁ……目の前にはーくんがおって、パパさんママさんと仲直りまで出来て……今年中の運勢使い果たしてもうた気分や」
「もう年明けんだろうが」
「ならええタイミングやな。一年我慢しとったのもこの日のためと思えば、あんまり苦でも無かったのかもなぁ」
複雑そうな面持ちで無理やりに笑って見せる彼女。額面通り受け取る気にはならない。
俺がこの街から。お前の元から消えたのはなにもこの一年だけに留まらない。精一杯の強がりであることくらい、とっくに分かり切った話だ。
「……今日、どうする? 泊まってくか? どうせ明日まで世話になれとか言われとるんやろ。アイツらには俺から言っとくから」
「んー、それはその通りやけどなあ…………いや、うん。でも辞めとくわ。まだ遅い時間でも無いしな。ちゃんと帰るわ」
「ええんかそれで」
「年始までこっちおるんやろ? 会おうと思えば会えるしな…………ええんよ、ホンマに。大事なことはちゃんと分かっとる」
「大事なこと?」
「距離の問題やないって、そういう話や。はーくんの心に、ちゃんとウチがおるって分かっただけで……それで十分やねん」
細い腕を回して力強く抱き締める。反射的に似た動きで返すと、照れた顔をして猫のように喉を鳴らし気持ちよさそうに目を細める文香。
「あんな、はーくん。これでも結構頑張っとるんやで。昨日からずーっとドキドキしっぱなしや。流行りの塩顔イケメンに絆されるJKの気持ちよう分かるか?」
「冗談でも辞めろやそういうの」
「ホンマやって、昔っからふつーに顔もタイプやってんから……あんま優し過ぎても、ウチ困るわ。我慢できんくなる……っ」
この程度の施しが優しさだというのなら、いよいよ俺は身動きが取れない。まぁでも、そういうことなら仕方ないか。
「……じゃ、次は初詣でも行くか」
「……うんっ。一緒に行こっ」
またこうやって、軽々と予定を立ててしまうんだよな。懲りない奴だ。
でも文香なら仕方ない。そうやって笑っているお前を見れる分には、なんの苦労もねえよ。
「んっ。ああ、そこにあったか」
「にゃん?」
「いや、てっきりこっちを探してるもんやと思ってな……流石に止まってるかもか。ソーラー式やから日の当たるとこでもほっぽいとけば明日には……」
「…………時計?」
段ボールから取り出した、ご丁寧に貰った当初のケースへ入ったままの腕時計。結局人前で着けるのが恥ずかしくて、一回か二回しか使ってないんだよな。
「持って帰るモンだけでも片付けねえと」
「…………それ、覚えとったん?」
「忘れるわけねえだろ……いやまぁ、ホンマ覚えとっただけやけどな。お前と再会せんかったら普通にそのままやったわ」
これも改めて文香の両親に礼を言わないとな。プレゼントなんてロクに貰ったこと無かったから、普通に嬉しくて照れくさくて。
「…………ん。なんや。動いとるやんけ」
「……あら。ホンマやな」
「ちょうど欲しいと思ってたんだよ。いま使っとるの安モンで壊れちまいそうでさ」
「…………うん。大事にしてな」
示し合わせるまでもなくそれを手に取って、右腕へ巻き付けてくれる。お前もよく覚えてるな。何もかも見透かされているようで、心地良いまであるよ。
「……ん。似合っとるで」
「おう。あんがと」
「はーくん。こっち向いて」
「んっ」
「大好き」
「…………我慢すんじゃなかったのかよ」
「ええねん、これで」
「はいはい」
右頬に伝わる柔らかな感触。負けじと真っ赤に染まった頬はやっぱりタヌキ面そのもので、笑いを堪えるだけでも精一杯だ。
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