478. これからもずっと


 一向にリビングの騒ぎが落ち着かなかったこともあり、散歩がてら二人でこっそり家を抜け出し彼女を送り届けることとなった。


 同じ学区内だっただけあって、世良家は自宅から20分と掛からない近場にある。すぐに両親も迎えに来て、最後までニコニコと笑顔の絶えない文香を見送り寒空を折り返す。



 流石に家から居なくなっていたことには皆気付いたようで。玄関の戸を開けるなり散々文句を飛ばされたが、もう夜も遅いしさっさと風呂でも入って寝る支度をしろと強引に言い包める。


 そもそも今日の試合が終わったら彼女たちはその足で帰郷する筈だったのだから、既に予定は狂っているのだが……誰も言い出さない辺り本気で忘れているのだろう。



「ほい。ホットミルク」

「……ああ、すまない。ありがとう。そんなものも作れるようになったのか」

「牛乳暖めるのに技術もクソもあるか」

「ははっ……それもそうだな……」


 ダイニングテーブルにパソコンを構え何やら忙しそうにキーボードを打ち鳴らす父。会社を早引きしたこともあり、少し仕事が溜まっているらしい。


 たかが半日にも満たない時間だというのに、相変わらず忙しない人間だ。だがマグカップを一口啜ると、作業の手も止まってしまった。


 母も珍しくテレビなんて付けて、持ち合わせの雑誌を捲っている。こちらもあまり集中できていない。二人して分かりやすいな。



 かくなる俺も似たようなもので、一人暮らしを始めてからホットミルクをはじめ寝る前の一息など考えたことも無い。


 部屋に籠ってしまうのもどうかとアレコレ策を練り、ようやく思い付いたのがこれだ。まぁ初動しては悪くない一手だと思う。


 浴室から騒がしい嬌声が聞こえて来る。あの狭い空間に5人でいるのかよ。ウケるわ。



(…………)



 ソファーにだらしなくもたれ掛かり、出しっぱなしのアルバムを膝に暫しスマホを眺め続ける。


 リビングに漂う沈黙。

 次の台詞を探り合う三者。


 あれだけの出来事を通過してまたこうなってしまうのかとも思うが、俺に言わせれば予想の範疇だ。いきなり親子らしい会話や関係を期待するだけ間違っている。


 ただどうしても重要なのは、誰も自室へ逃げ込まずリビングへ留まり続けているという一点。それだけ守られているのなら、まぁ上出来な部類だろう。



「……悪いな。確かに喧しい奴らやけど、年がら年中バカ騒ぎしとるわけでもないねん。多めに見たってくれや」

「ええ、それはまぁ……ご飯まで作って貰っちゃったし。私たちがいない間に掃除もしてくれたんでしょう?」

「ああ。風呂に入ってビックリしたよ。ビジネスホテルかと勘違いした」


 取り留めない会話にも一応合わせる気はあるようだ。合格点をやろう。なんて、上から言えたもんじゃないか。



「……それで、誰なの?」

「あん?」

「文香ちゃんとも仲直りしたんでしょう? てっきりそのまま付き合ってるとでも言い出すのかと思ってたから……」


 手探りでどうにか会話を続けていますと顔に書いてあるようだ。


 だが母の疑念ももっともである。ただ単にチームメイトが女だけというならまだしも、家へ帰って来てからの露骨過ぎる態度は二人にとっても予想外であったと思われる。


 誰、という質問が指している中身もおおよそは理解出来る。でも、あのときにちゃんと伝えた筈なんだけどな。



「言うたやろ。家族や家族」

「……そうは言ってもな陽翔。まさか世良さんとこの子も含めて全員というわけにはいかんだろう。いつかそういう関係になるならあまり先延ばしは……」

「分かってねえな。パソコンばっか開いとるからんなカチコチの考え方しか出来へんねん。冷めんうちに飲め。脳ミソ温めろ」


 アルバムを閉じて二人の顔を見比べる。


 こんなことまでいちいち説明させるな。

 だからお前らはお前らなんだよ。



「友達、親友、幼馴染、チームメイト、彼女……ありふれた呼び方で纏まるような段階じゃねえんだよ。仮に誰か一人とどういう間柄になろうと、アイツらとの関係は…………まぁ、たぶん、死ぬまで続くから」


「辞めるもなんも無いねん。絶縁されようと家族は家族やろ。そういう関係なんだよ。傍から見りゃ意味不明で馬鹿げた集団やけどな。一応は双方納得の上で成り立っとるんやから、ゴチャゴチャ文句言うな。さっさと受け入れろ」


 驚いたように目を見開き顔を合わせる二人。言葉のインパクトか、それとも俺の変わりように豆鉄砲を食らったのかは定かではないが。



 ここまで来れば俺も分かっている。恐らく。いや、間違いなく俺は、アイツらに期待し過ぎているし、色々なモノを預け過ぎだ。


 必要以上に家族という概念や言葉に拘ってしまうのも、元を辿ればお前らとの関係に失敗したのが原因なのだろう。

 この説明しようの無い無償の愛と底知れぬ信頼を、より分かりやすい形で言い表しているだけだ。



 いやでも、割と本気で信じているんだけどな。俺はアイツらから離れられないし、離れる気も無い。依存でも束縛でもなんでもいいけれど。



 俺が期待している姿が将来、現実のモノとなるのであれば。それはきっと、家族以外の何物でもない気がするんだけど。


 アイツらはどうなんだろうな。

 こればっかりは分からんわ。

 すぐにでも聞いてみよう。



「別にええ顔しろとは言わんけど、仲良くなる努力だけはしてやれ。お前らも末席に置いてやる言うとんねん。有難く頂戴しろ」


 喉元過ぎれば熱さを忘れるわけで、一度冷静になって立ち返るとやはり棘は出て来る。肉親に向かってとんでもない言い草だと自覚はしている。


 でも、こんなことさえも言えなかったのだから。アンタらの目を見て話すことさえ出来なかったあの頃と比べれば、きっと悪かない向き合い方だ。



「…………私たちが言えた口じゃないと思うけど……男なんだから、責任は取りなさいよ。向こうの親御さんに頭下げて回るのは勘弁だからね」

「さあ。どうなるもんかね」


 呆れたように目尻を垂らし雑誌の流し読みへ戻る母。他人事みたいに言いやがって。まっ、文句はねえけどな。



「陽翔。お代わり貰って良いか」

「あいよ。他に飲みたいモンは?」

「ビールで良い。お前も飲むか?」

「あと数年の辛抱やろ。我慢せえ」


 さて。俺も俺で息子らしいことの一つでもやってみますか。反抗したり、スカしたり、ご機嫌取ったり。どれも新鮮で、中々良い気分だから困りものだ。



(…………偶にはええか)


 一度飛び越えれば簡単だ。

 分かりやすいところから始めよう。


 長風呂してないでさっさと上がれ。

 お前らの顔が見たくて仕方ないんだ。




*     *     *     *




「……で、なんでハルトの部屋?」

「気にせんならええけどな。アイツら朝早いし、リビングでグースカアホ面掻いて寝とるとこ見られてえなら話は別や」

「それはそうだけどさ……っ」


 いよいよ夜を超えるばかりとなった5名を俺の自室へと集め、軽く片付けを手伝わせる。段ボールを積み上げラックを移動し、二人分の布団を敷いて見れる程度の寝床をどうにか完成させた。



「ハルも一緒に寝るカンジ?」

「なんや。不満か」

「んー? こっち来てから割と拒否ってたのに、急にどーしたんかなって」


 瑞希を筆頭に首を傾げる総勢。リスクは承知の上だ。昨晩の彼女とのやり取りに加え、初日の乱痴気騒ぎが脳裏を掠める以上尚更。


 なんというか、アレだ。二人との会話で不安になったとか、そういうのでもないけれど。多少の我が儘は許してほしいというか、素直になりたいっていうか。



「あれあれ? もしかして陽翔くん、その気になっちゃった?」

「比奈の考えたことでないのは確かやな」

「なーんだ。残念っ」


 内容的にはほとんど似たようなものかもしれないけどな。この期に及んで今更だ。期待するような目で見るな。

 相変わらず頼りない薄着でうろつきやがって。目に毒なんだよ。主張控えろ。



「うし、寝るか。おやすみ」

「わほッ!? ちょ、センパイ!?」


 さっさと電気を消し、ついでにノノの腕を引っ張って布団へ倒れ込む。なにがなんだかという様子の連中だが、この際気にしない。


 実地訓練だ。

 俺なりの責任とやらを見せよう。



「はぁーあったか……風呂上がりなのはともかくなんでお前そんな暖かいんだよ……地上に住まう太陽か……」

「ちょちょちょちょちょちょっ!? なっ、な、なんですかいきなりっ?! えっ!? ノノもしかして襲われてますッ!? 貞操の危機ですか!?」

「ちょっとハルト!? アンタどさくさに紛れてなにしてんのよっ!?」

「不埒です! 卑猥です! 離れてください市川さん!」

「ノノ怒られるのおかしくないですか!?」


 怒りに狂う愛莉と琴音に続いて瑞希と比奈もドタバタと布団へ押し寄せて来る。本来二人分のスペースに6人が缶詰め状態。



「んぎゃー狭いーッ! 長瀬おっぱい邪魔!」

「んなもん知らないわよッ!?」

「はいっ、琴音ちゃんのもキャッチ!」

「比奈っ! ふざけている場合ですか!」

「つ、潰れるゥ゛……ッ!!」


 おしくらまんじゅうにも事足りぬ暗中模索のせめぎ合い。

 ギャーギャー騒ぎながら皆どうにか自分のスペースを確保しようと必死になる。


 余計なところだけは触らないよう、5人の位置を確認して腕を広げ無理やりに抱き抱える。揃って素っ頓狂な声を挙げ、動きは一瞬だけ止まったようだった。



「…………はっ、ハルト……っ?」

「おっとこれはガチのやつか……?」

「わあっ。どうしよう琴音ちゃん、襲われちゃった♪」

「台詞と状況がまるで噛み合いませんね……」

「あの、センパイ? マジでどうしたんですか?」



 ああ。良かった。ちゃんと全員いる。

 手の届くところに、みんないるんだな。



「……こんなことしか出来ねえけどよ」

「……ハルト?」

「我が儘やけど、メチャクチャやけど……クソ暑苦しいけど…………でも、離さねえ。絶対に、離さねえから」



 暗順応まで時間が掛かりそうだが、全員俺を見ていることだけは分かる。取りあえず今はこれで良い。面と向かって伝えるには、ちょっと足りないものが多過ぎた。


 それに、言葉も大事だけれど。なによりお前らには、態度で示していかないと。

 この想いを、覚悟を、信頼を。証明しなければならない。一人ずつ。されど全員へ。




「…………あんがとな」




 とっくのとうに恵まれている。こんな幸せを、決して終わらせてはいけない。俺が与えられたものを、もっともっと、お前らに返してやりたい。


 幸せにしてやりたいって、そう思う。


 この愛おしい気持ちを、少しでも伝えたい。もっともっと伝えたい。伝われ。察しろ。分かれ。理解しろクソ共が。



 マジで寝るから。

 これ以上はなんも無いから。


 お前らもさっさと寝ろ。

 そんでもって、朝まで離れるな。



 これからもずっと。

 ずっと、離さないでいるから。


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