471. Boyhood 0-0
「はい、お待たせ。おかわり、まだまだ沢山あるからね。遠慮せずどんどん食べなさい。これ、座って食べるんだよ、こっちへおいで。風が入って涼しいでしょう、おばあちゃんのお気に入りのところなんだよ」
「…………スイカあきた」
「あら、ほかに欲しいものがあるのかい?」
「おなかいっぱい」
「そうかい? ゆっくりでいいから、いっぱいお食べ」
「……ねえ、ばあちゃん」
「なんだい、陽翔」
「おれ、いつまでここにいるの」
「……どういうこと?」
「ふみか、海に行ったんだって。パパとママと。山のぼりと、あと、ばーべきゅーっていうのも」
「あら。楽しそうだねえ」
「おれも行きたい」
「うーん……そうしたいのは山々なんだけどねえ。おばあちゃんもおじいちゃんも腰が悪いから、なかなか遠くへは行けないんだよ」
「…………ふみかが言ってた。なつやすみは、パパとママとどっかにあそびに行くものだって。おれ、ずーっとじいちゃんばあちゃんといっしょにいる」
「ごめんなさいねえ。おばあちゃんち、楽しくない?」
「そうじゃないけど……でも、ちがうところも行きたい。あいつら、今日もしごと?」
「そうだよ。陽翔のために毎日一生懸命頑張っているんだよ」
「……おれのため?」
「そう。陽翔が毎日楽しく過ごせるように、頑張ってお金を稼いでいるんだよ」
「うそやん、そんなの」
「あら、どうして?」
「おれ、たのしくない」
「…………そう」
「サッカーのしあいも、ぜんぜん見にきてくれないし。おれのためになんて、うそだよ。ほんとうはおれのこと、きらいなんだ」
「パパとママのこと、嫌いかい?」
「……きらいじゃない、けど、すきでもない。いちばんすきなのは、ばあちゃん。なんでもかってくれるし、あそんでくれるし」
「あらあら。ありがとうね」
「つぎはじいちゃん。ちょっとこわいけど、おこずかいくれるし…………でも、さいきんはすきじゃない」
「どうして?」
「ふたりとも、サッカー見にきてくれなくなった」
「ごめんなさいねえ。もうちょっと身体の調子が良かったら、毎日でも観に行ってあげたいんだけど。暑いうちはあんまり外に出ちゃダメだって、お医者様が」
「それって、あれなの。なんか、しゅずつがどうとか、あれと関係あるの」
「……手術?」
「うん」
「誰から聞いたんだい」
「じいちゃん」
「……まったく、孫相手に遠慮が無いねえあの人は……」
「ばあちゃん、病気なの?」
「ちょっとだけね。心配しなさんな」
「ばあちゃん、死んじゃうの?」
「いいえ。まだまだ元気で頑張りますよ」
「ほんとに?」
「ええ。毎日陽翔から、たくさんパワーをもらっているからね。陽翔とこうして一緒に居るだけで、おばあちゃんは元気百倍です」
「…………そっか」
「あら、あの人が呼んでるわ」
「いいよ、どうせ大した用じゃないから……じいちゃん、新聞くらいじぶんでとれ。ていしゅかんぱく? ってやつだぞ。そういうのきらわれるって、ふみかが言ってた」
「あらあら、優しいのねえ」
「ぜんぶしたがうの、やめたほうがいいよ。どれいじゃないんだから」
「そうだねえ……でもこういう関係も、おばあちゃんは嫌いじゃないんだよ。陽翔にはまだ難しいかねえ」
「……わからん」
「陽翔はいやかい?」
「それもわからん。でも、なりたくない。ていしゅかんぱくは」
「そう。ならおばあちゃん以外の人にも優しくならないとね。態度だけじゃなくて、心もそうさ」
「は? やさしいし、おれ」
「心の綺麗な人はスイカの種を地面に飛ばすのかい?」
「…………ごめんなさい」
「はいはい。ちゃんと拾うんだよ」
……………………
「ねえ、ばあちゃん」
「なんだい」
「ずっといっしょにいてくれる?」
「ええ。ずーっと陽翔と一緒ですよ」
「ほんとに?」
「ええ、本当です」
「アイツらみたいに、ならない?」
「……パパとママのことかい?」
「またこんど、またこんどって、いっつもおなじこと言ってる。うそばっかり」
「嘘じゃあないさ。二人ともいつだって陽翔のことを一番に考えているよ」
「…………わかんねえ。そういうの」
「二人とも陽翔と一緒で口下手だからねえ。いいかい陽翔。こういうのはしっかり口にして、言葉で伝えないといけませんよ」
「……なにを?」
「パパとママのことが大好きだって、もっと一緒に居たいって、陽翔が教えてあげるんだよ。そうしたらパパとママもきっと、分かったって言ってくれるはずだよ」
「言うだけやん。けっきょくばあちゃんにまかせるんでしょ」
「私からも言っておくから、心配しなさんな」
「…………きたいしないでまってる」
「はいはい」
……………………
「陽翔や」
「なに」
「さっきの続きだけどね」
「うん」
「優しい人になりたいなら、いくつか簡単なコツがありますよ」
「なんそれ」
「ありがとうっていう言葉を、大切にするんです」
「……どーゆーこと?」
「人に親切にしてもらったら、ありがとうって、口に出して言うんです。そうしたら陽翔も、いろんな人からありがとうって言ってもらえる人になれるんだよ」
「……ふーん」
「それともう一つ。さっきパパとママに、ちゃんと大好きだって伝えないといけないって、そう言ったでしょう」
「うん」
「好きだっていう気持ちをちゃんと伝えることは、何よりも大切なんだよ。言わなくても、伝えなくても理解し合えるなんて、嘘っぱちなの」
「でもばあちゃん、じいちゃんのことなんでも分かってる」
「それくらい仲良しになるまで、今までいっぱい大好きだって、ありがとうって伝えて来たんだよ。だから今は、こうやって心が通じ合っているの」
「…………むず」
「ありがとうと大好きは、口にしないと伝わないんだよ。でも口にさえすれば、必ずありがとうと大好きが返ってきます。そうしたら、陽翔ももっともっと幸せになれますよ」
「……んー……」
「大丈夫、陽翔ならすぐ分かるようになりますよ。陽翔は取っても優しくて、心の綺麗な子だからねえ」
「でもスイカの種は?」
「飛ばしちゃいけません」
「はい」
……………………
「ばあちゃん」
「なんだい」
「ばあちゃんは、しあわせ?」
「ええ。とっても幸せですよ」
「それって、どうして?」
「大好きな陽翔と、おじいちゃんと一緒に居られますから。これ以上を求めたら、仏様から怒られてしまいます」
「そっか」
「陽翔は? どうだい?」
「まぁまぁ」
「まぁまぁ?」
「ばあちゃんとじいちゃんがいるから、まぁまぁ。でも、あいつらも一緒に居たら、もうちょっと良くなるかも」
「そう。ならさっき言ったことをしっかり頑張らないとねえ」
「うん」
「スイカ、まだ食べるかい?」
「もういい」
「そうかい? まだまだお代わり沢山ありますよ」
「おなかいっぱい」
「あらあら」
「ばあちゃん」
「はい」
「好きだよ、ばあちゃん」
「ええ。私も大好きですよ。陽翔」
「いつもあんがとね」
「いえいえ」
「…………こんな感じ?」
「ええ。こんな感じです」
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