465. ガラ空き


 青学館は22番に代えて男子の6番を投入。一試合目の瀬谷北戦でもそれなりに目立っていた選手だ。

 文香をピヴォに置き、前から圧力を掛けるスタイルは継続する模様。勢いに乗ってこのまま逆転というシナリオか。


 こちら側のキックオフで再開する直前。

 フィクソに入った比奈と琴音へ声を掛ける。


「無理は禁物や。焦って相手にボールを渡すくらいなら、外に向かって思いっきり蹴れ。消極的にやれって意味じゃねえぞ……インプレーで無い限り、失点はしないからな」

「分かった。ちゃんとフォローしてね?」

「勿論……ええか、琴音もやぞ。こっちの陣地で繋ぐことばかり固執しねえで、愛莉が空いてたら一気にブン投げたってええからな」

「了解です。遠投は苦手ですが」


 重要なのは相手のリズムを崩し、無力化することだ。跳ね返すのではなく、受け止める。そして丁寧に剥がす。とにかく主導権を渡さない。


 相手の出方を見るのではなく、自らアクションを起こし攻守両面で能動的にプレーするのだ。

 それを実現させるだけの能力も、余裕も、このチームには備わっている。



「試合、再開します!」


 主審のホイッスルとともに愛莉のバックパス。比奈が冷静にトラップする間にも、トップギアの文香が猛然とプレッシャーを掛けて来る。



「陽翔くん!」

「瑞希っ、中絞れ!」

「あいあいっ!」


 トライアングルの関係性をなるべく崩さないよう、丁寧に、丁寧にパスを繋いでいく。問題無い、比奈もしっかりゲームに入れている。ボールタッチも正確だ。練習の成果が出ているな。



(出鼻を折る……まずはここからや)


 同点へ追い付き気力も充実している青学館だが。

 一方で、身体はどうだろうか。



 フルスロットルでコートを駆け回る文香を除いて、青学館の運動量は確実に落ちて来ている。


 代わって入った6番もスタミナには自信が無いのか、やや足取りは重い様子。

 女子も日比野さんと文香を除いて初心者が多いようで、ベンチの動向はあまり積極的ではない。



「愛莉っ、リターン!」

「任した!」


 シンプルなくさびのパスを当て、右サイドで受け直す。6番がこっちに入ったか……コイツも身長デカいな。だがそれはそれでやり甲斐があるってものよ。


 仕掛けてみるか。

 そろそろ俺が主役になっても良い頃合いだろ。



「なっ!?」

「ガラ空きやッ!」


 左足裏でボールを泳がせ6番を引き出し、一気にスピードを上げエラシコで股下を通す。


 サブアリーナはどよめきに包まれ、すぐさまスタンドの青学館生徒たちから悲鳴が上がった。



「ハルっ! 撃てるよ!」


 中央に愛莉。奥に瑞希か。

 フリーみたいなものだ。頼るまでもないな。



「ゴレイロっ、準備して!」


 日比野さんがそう叫ぶが、体勢が整うより先に右脚を振り抜く。

 回転の少ない弾丸ライナーがゴールを襲うが……これは身体を呈して防がれる。クソ、コースが甘かったか。



「はああぁぁっ!!」


 零れ球に愛莉が反応するが、これは日比野さんとディフレクション。それでも再び回収して、サポートに入った比奈へ戻す。



「にゃんと!?」

「瑞希ちゃんっ!」


 当然のように文香がカットを狙っていたわけだが、比奈はこれをダイレクトで逆サイドへと展開。


 奪い切れるものだと信じ込んでいたのか、素っ頓狂な声を挙げる文香。良いパスだ、スピードもコースも申し分ない。瑞希の足元へピタリと収まった。


 キックは本当に成長したな。元々経験が無かっただけあって、悪い癖が一つも着いていない。



「瑞希センパイ! ゴーゴーですっ!!」

「任せんしゃああぁぁい!!」


 喧しく騒ぎ立てる金髪コンビの片割れ、一気にトップスピードに乗った瑞希は果敢にも大柄な14番へ直球勝負を挑む。


 素早い身のこなしから繰り出されるシザーズフェイントに、14番は着いて行くことが出来ない。重心がブレた一瞬の隙を突き、サイドを打ち破る。



「長瀬ッ、もっかいチャンス!」


 日比野さんとゴレイロのちょうど中間、ニアを狙った低いクロスに身体ごと飛び込む愛莉。三者による激しい交錯の行方は。



「ああもおおおお!!」


 先にボールへ触れたのは愛莉だったようだが、またしてもシュートはポストに嫌われた。流れた場所が悪く、6番にスコップされてしまう。


 文香が前線へ走り出しているが、これは比奈がしっかりマーク。出し処が無いと見るや、大きく縦へ蹴り出してスピード勝負を挑んで来た。



「クッ……!?」

「おらッ! 見掛け倒しか!?」


 強引なショルダーチャージ。

 6番の身体はフラフラとよろめく。


 バランスを崩し転倒。ボールはサイドラインを割るが、ホイッスルは鳴らなかった。どうやら正当なアタックと判断されたようだ。良いぞ審判。よく見えている。



(コイツ、使えるな)


 ボールをセットしキックインに備える最中、そんなことを考え口元は僅かに歪む。まるで悪役のようだが、もはや気にしている場合でもない。元々ボール持ってる間はこんな性格だ。


 どうやらこの6番、一対一はかなり怪しいな。

 体格の割に対人守備は得意では無いのだろう。


 一試合目で見せていたように、どちらかと言えば少ないタッチで前へ出ていく、スペースメイクを得意としたアタッカータイプと思われる。



「琴音、準備しろ!」

「はいっ!」 


 大きく蹴り出して最後列へ。一度立て直しだ。


 ここでも文香の精力的なチェックが光るが、青学館の動きは重い。

 先ほどの接触で影響があったのか、機敏な動きを見せていた日比野さんもラインを上げ切れていない。



「比奈っ、落ち着いて!」

「おっけー!」


 黒髪コンビによる自陣深くでのパス交換。なんてことはない。二人とも落ち着いているし、安心して見ていられる。


 やはりこの二人は近くでプレーさせるに限る。互いに安心感を与えるのか、表情も真剣さ込みではあるが軽やかなものだ。



「にゃうぅぅッ! なんで取れへんのやぁ!」


 続けてフォローに入った俺と比奈のパスワークに、文香も悔しそうに下唇を噛んでいる。

 そりゃそうさ。ここに来てお前しか奪いに行けていないんだから。一人で取り切るには無理があるよ。



 それから暫く、自陣でボールを回しては愛莉に当てて戻してという似たような展開が続く。コート全体を使った5人掛かりのポゼッションに、青学館は寄せ処を限定出来ていない。


 これぞ比奈をフィクソに置いた最大の利点であり、まさに理想としている試合の進め方だ。確実に相手を消耗させ、ここぞという場面で槍を放つ。



(そろそろか)


 回しているだけじゃ点は取れない。

 ではその槍は、どこの誰が握っているかって?



「…………っ!! 世良っち、一旦引いてください!」

「にゃにゃ?」

「西村くんもストップ! 我慢して!」

「えっ……!?」


 なにかに気付いた様子の日比野さんが荒々しく指示を飛ばす。文香も、西村と呼ばれた6番も驚いたように後ろへ振り向いた。


 司令塔としては妥当な判断だけどな。日比野栞。だが遅い。そしてそのコーチングも一瞬の隙を招くものだと、何故気付かない?



「センパイっ! 今ですッ!」


 ベンチのノノからもゴーサインが飛び出す。

 しゃらくせえ。お前に言われんでも分かっとるわ。



「行くぞ、比奈っ!」

「陽翔くんっ!」


 プレスを掻い潜りワンツーで抜け出す。

 中央へ割って入りドリブル。


 慌てて6番が寄せて来るが……それで良いのか?



 では存分に使わせて貰おう。

 そのガラ空きになったスペースをな!



「愛莉っ!」

「こっちよ!」


 右サイドへ流れた愛莉に預けると、予想通りワンタッチでボールが返って来る。

 釣られてスライドした日比野さんもこれを想定していたのか、悔しそうに歯を食い縛った。


 14番が中へ絞って来る。そうだ、それでいい。

 これでフリーになったな。



 取り敢えず、槍はお前に預けるよ。

 だから必ず刺せ。決めてみせろ。



「ブチ噛ませッ、瑞希っ!!」


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