466. 答え合わせの時間だ


 愛莉からリターンを受け反転すると、男性選手二人のアタックを制し逆サイドの瑞希へ。

 中央へ釣り出された青学館守備陣、彼女をマークする者は誰もいない。



「待ってましたぁっ!!」


 慌てて守備に戻った文香の追走も、それすら計算の内と鋭いアウトサイドの切り返しで簡単に振り切る。ポッカリ空いたスペース、無数の選択肢。


 この悶々とした状況を覆すに彼女以上の適役はいない。ただ個人技で突破するだけでなく、しっかりと視野を確保してチャンスを増大させ得点へつなげることが出来るのも瑞希の大きな特長だ。



「瑞希ちゃんっ、シュートだよ!」

「たりめえよおっ!」


 身体を大きく開き14番がブロックに入るが、これも中へ切り込んで巧みに躱し無力化に成功する。腰の入った力強いショットがゴールマウスを襲う。



(……ここだッ!)


 グラウンダー性のシュートはゴレイロが必死に伸ばした左足で防がれる。しかしボールはふわりと宙へ浮き、その先にはファーへ広がっていた愛莉が!



「セカンドっ!」

「ゴレイロ準備!」

「そのまま来るぞッ!」


 青学館ベンチから悲痛に満ちた叫び声が飛び交う。自慢のバネを活かし高く飛び上がった愛莉。

 フライボールへ頭から突っ込んでいく。 体格で勝る日比野さんへ半ば乗り掛かるような形となった。


 彼女の強みは両脚のシュートだけではない。女性としては極めて恵まれた体格とバネから繰り出されるヘディングはゴール前でも大きな脅威となる。


 勿論、それだけじゃ足りないけどな。

 あんな狭いコースを狙うより良い方法がある。



「あっ!?」


 ようやくこちら側の意図とその全容に気付いた様子の日比野さん。 

 競り合いの最中、愛莉の体重に押し潰されているからかは分からないが、絞り出したような呻き声が印象的だった。



 教えてやろう。日比野栞。

 リーダーの資質というものを。


 この後半、アンタは前半の反省を活かし、キャプテンマークを巻く者として有意義な存在となり続けた。同点ゴールはまさに、チームトータルと自身の閃きが生み出した理想的な一点だったに違いない。


 エースとは。リーダーとは。キャプテンとは。

 ここぞという場面で気を失しない観察眼、それを実現させる判断、本能。すべてを兼ね備えていなければならない。

  試合の一歩、二歩、三歩先を読み続け、チームの最大利益を追求する存在。



 俺は知っている。

 チームのために、みんなのために。

 理想的にも見えるマインドは、時に甘さを招く。


 文香を交代させて、14番を前線で張らせる前半の戦い方に回帰していたら、勝負は分からなかった。先ほどの勢いを持続させられなくとも、確実に俺たちを後手へ回すことは出来た筈だ。


 だが、それをしなかった。出来なかったのだ。最後の最後にアンタは……自身が作り上げて来たモノよりも、場の流れに乗ることを選んだんだろ?


 それが最善だと、信じてしまったんだろ?

 ならまだまだだ。



 たった24時間前、俺が乗り越えた壁だ。

 チームのために、なんて気持ち。今すぐ捨てろ。


 スポーツなんてな。

 結局はエゴの集合体なんだよ。


 みんな自分が一番活躍したくて、チームの結果なんて二の次。誰もが美味しいところを狙っている。

 勿論それだけでは勝てなくて、気付けばフォアザチームなんて言葉を刷り込まれて。知らず知らずのうちに、大切なモノを忘れてしまっている。


 上手いこと中間に居られたら良いんだけどな。

 これがまた難しいんだよ。


 だがしかし、これがアンタとの差だ。



「シュートじゃない! 逆サイドですっ!!」


 今更気付いたところでどうにかなるものか。

 もう勝負は終わってんだよ。


 愛莉が選択したのはシュートではなく、ラストパスだった。俺がファーサイドへ走り込んでいるのを見て、寸前のところで判断を切り替えたのだろう。


 大きな弧を描いて、ボールはゴレイロとブロックに入った14番の頭上を通過していく。落下点へ走り込んでいたのは、俺だけだ。



 レッスンは終わり。

 答え合わせの時間だ。


 この勝負、最後の最後まで一人前のエゴを決して見捨てず。意固地なプライドとポリシーを持ち続け。チームのために走り続けるフリをして。


 そして何よりも、一番であり続けようとした。

 俺がオレであり続けようとしたが故。


 回り回って、俺たちの勝利だ――――






「…………だらっしゃああああああッ! ! ! !」

「きゃっホーーーー センパ ーーーーイ!!」


 左足インフロントで豪快に振り抜いたボレーがネットへ突き刺さる。


 咆哮を挙げそのままコートを抜け出すと、同じく狂乱を抑え切れずべンチから飛び出して来たノノに捕まり、フローリングへ叩き付けられた。



「しゃああああっ!! よくやったぜハルぅぅ!!」

「ハルトっ!!」

「陽翔くん、ナイスゴール!」


 絶叫を斿え飛び込んで来た彼女たちが次々と上へ乗り掛かり、手洗い祝福が続く。やや遅れてサブアリーナへ歓声が広がった。


 女子ばかりとはいえ大勢で乗っかられると、結構なダメージである。だが嫌味にも感じない。美味しいところを持って行った分、これくらいの代償は甘んじて受け入れよう。



「重いんじゃボケッ!! 殺すぞッ!!」

「アアっ!? 誰に向かって言ってんのよ!」

「デリカシーねーぞー!」

「そうだそうだ~」

「ノノは軽いですよ! 胸以外は!」


 が、重いものは重い。 

 内臓潰れるかと思った。キツイ。


 なんとか皆を退かし立ち上がると、ここでようやく琴音も合流。皆揃ってハイタッチを交わし、コートへ戻るよう促す主審のホイッスルもそこそこに歓喜へ打ち震える。



「愛莉さん、よくパスを選択しましたね」

「んふふ、まぁねっ。自分で撃ってもコース無かったし……ハルトが走り込んでるの見えてからさ。あそこに通れば絶対決まるって分かってたし」

「どう考えてもあたしが決める流れだったのにな!?」

「んなん知らんがな」


 琴音の祝福に照れ顔で頰を引つ搔く愛莉。やはりあの切羽詰まった状況でも、俺の姿がしっかり見えていたようだな。あくまでシュートミスでは無いと。正味実態は分からんが。


 瑞希の言い分ももっともらしいが、結果オーライだ。自ら槍を放ち自身で決め切るという強固な意志を持ち続けてたことが、この波状攻撃に繋がったのだから。



「しっかしさすがセンパイですねえ。ベンチのノノから見ても6番のポジショニングはずっとフワフワしていましたし……狙い通りってことですか?」

「あ、なるほど……愛莉ちゃんが空いた右サイドに走るまで、陽翔くんのイメージ通りだったってことなんだね?」

「だいたいな」


 ノノと比奈が口々に褒め称えるが、そんな大それたものではない。明らかに試合へ入り切れていない奴が偶々近くにいた6番だったというだけの話だ。


 これも含めて青学館の……日比野さんのマネジメントミスと言ったらそれまでだけどな。

 彼へ全幅の信頼を預けることが出来なかった、チーム全体でカバーするデザインを構築し切れなかったが故の対応だ。



「……まだ終わっていません! あと5分も残っているんです! 追い付けます! その次は逆転です! 顔を上げてください! 私たちなら出来ますっ!」


 掌を叩き必死にチームメイトを鼓舞する日比野さんに、残る青学館メンバーも応対する。

 どうやら闘志までは失っていないようだが……空元気の勘は否めないな。



 このタイミングで青学館はゴレイロを女性に代え、失点の起点となった6番、更に散々のプレッシングで疲労が垣間見えていた文香も交代。


 男子の17番と5番を投入し、フィールドプレーヤーは女子が日比野さん一人。瀨谷北戦と同じ構成で同点を狙うようだ。



「瑞希、一旦交代や。ノノがそのまま左サイド、死ぬ気で追い回せ。愛莉は少し右寄りで、システムは気持ち2-2で頼む。俺と比奈が後ろでバランス取るから」

「りょーかいですっ!!」 

「おっけー。今度は私に決めさせなさいよ」

「それはお前次第やな」


 コートへ戻りながらノノと愛莉へ指示。前に増してロングボールが多くなるだろうし、前線からフォアチェックを掛けた方が制限しやすい筈だ。


 雑に入ったボールを俺と比奈で回収し、素早くカウンター。当面の間はこれで行こう。

 上手く機能しなかったら、今度は比奈と瑞希を入れ替えてゴリ押しだ。何も問題はない。



(…………ん?)


 スタンドへ目を向けると、変装も忘れて元気に声援を送る大場の姿が飛び込んで来た。残る内海と財部はこちらではなく……あれ、 誰だ?


 見知らぬ二人の男女と会話を弾ませている。ここからは遠くてハッキリと顔を確認出来ないな。知り合いか何かだろうか。まぁ気にしなくてもええか。



「ハルトっ! ボーっとしない!」

「ああ、悪い悪い」


 愛莉に窘められ、すぐさまホイッスルで試合が再開したこともありその正体を深り当てるほどの余裕も無くなってしまった。

 日比野さんからロングボールが供給され、14番と激しく競り合う。


 守り切るなんて軟なこと言ってられるか。

 次はお前らの番だ。

 その一丁前のエゴ、もっともっと見せてみろ。



 頰を垂れる汗が、恵みの雨になれば良い。

 すべては枯れ果て、再び花が咲き出したのだ。




【後半10分8秒 廣瀬陽翔


 山嵜高校3-2青学館高校】


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