463. そこ、邪魔
「意外とディフェンダーの適正あるんじゃない?」
「いやぁ……どうだろうね」
「そういえば江原さんにセンターバックやれって言われて、一回ブチ切れてたよね。わざと退場して速攻帰った試合だっけ?」
「いや、それはミュートスとの試合だったかな……春季リーグでしょ? 10分で交代させられたやつだから……確か浦和ユース戦だった気がする」
「あぁ~、そうだったかも。ていうか交代で出たの自分だ。ホントこの手の伝説は片手じゃ足りないね~」
セレゾン時代の思い出話を繰り広げノンビリと観戦を続ける内海と大場。
スタッフからすれば笑い事では無かったというのにと、引き攣った財部の苦笑も二人には届かない。
文香との高低差激しい空中戦を制し、ハイボールを巧みに処理。再び山嵜がポゼッションを握る後半戦序盤の攻防。
前半の勢いのまま青学館が攻勢に出るかと思われたが、フィクソの陽翔を中心に瑞希、ノノ、愛莉の小気味良いパスワークでハイプレスを回避し続けている。
栞の怒声ばかりが響いていた最初の15分とは打って変わり、頻繁にコミュニケーションを取りながら守備位置を確認する青学館メンバー。
スタンドからも見て取れた歪な関係性はすっかり改善され、両チームの荒々しいコーチングがサブアリーナを飛び交う。
「青学館としては、まぁ嫌な流れだよね」
「これほど流暢に回されると難しいですよね」
「それだけじゃない。前半と比べて連携面が明らかに整理されて、あとは結果を残すだけっていうこの状況で守備に追われるのは相当辛いと思うよ」
「あぁー……ちょっと分かりますねそれ。せっかく形になって来たのにゴールへ結びつかないって、ストレス溜まりますよね」
深々と頷く内海。栞を起点としたワイドなロングカウンター狙いという青学館の戦い方に変化は無いが……財部にして曰く、それ故の問題点が新たに浮上しているのだという。
「どんな戦術にしたって穴はあるんだよ。どれだけ忠実に遂行したとしても、必ず隙は生まれる。結局は人がプレーするんだから……ピッチ上のすべてを掌握することは誰にも出来ない」
手数を掛けず速やかにゴールへ迫ることの出来るカウンターアタック。
一方で、素早い攻守の切り替えと判断力、そして少ないタッチで確実に前進するスピードと技術が問われる代物だ。
その点、青学館のアラである22番と14番はキープ力には優れるものの、ドリブルで相手陣地を切り裂くような推進力が無い。
最前線で頻りにパスを要求する文香も、陽翔のマンマークに遭い足元でボールを受けられず裏抜けばかり狙っている。前へ進むことだけを考えるカウンターに迫力は生まれない。
「しっかし良い守備だな陽翔……相手が女の子っていうのもあると思うけど、危険なスペース全部消してるよ。ボランチやらせても面白かったな」
「確かにトップ下より後ろのポジションでのプレーって、選抜クラスの頃から見たこと無いですね」
「そりゃ前で使いたくなるさ……一人でゴール前まで勝手に持って行くんだから。ベンチからしたらあんなに楽な選手は居ないよ」
瑞希とのワンツーで巧みに抜け出し、左脚を豪快に振り抜く陽翔。惜しくもゴレイロに阻まれるが、コーナーキックを得る形となった。
(あの頃から変わっていないのか、それともこのチームで培ったものなのか……どちらにせよ、やっぱりワクワクさせられるよ。陽翔のプレーは……!)
童心へ帰ったよう目を輝かせる内海には、似ても似つかない山嵜のライトグリーンと、セレゾンのけばけばしいピンクのユニフォームがダブって見えていた。
二試合目の後半と来て各々疲労は透けて見えるが、山嵜の選手たちは皆、真剣さのなかにもどこかポジティブなモノが感じ取れる。
チームの一員として。陽翔のチームメイトとしてプレーすることを全身を使って表現しているような。
まさに自身があの頃も求めていた衝動に他ならないと、複雑な気持ちも混ざる。
(あれで終わりってのもなぁ……)
ほんの24時間前に繰り広げた舞洲での激闘が、随分と昔のことのように感じられる。一人のフットボーラーとして、彼も抗うことは出来ない。
今の自分にはこのチームがすべて。
昨日、そのように言ってのけた陽翔だが。
(高校を卒業したら……)
もしかしたら、また同じピッチに立つ瞬間が訪れるのだろうか。違うユニフォームを着ていたとしても、それは大した問題では無い。
早い話、内海は山嵜のチームメイトへ大いに嫉妬していた。身体が疼いて仕方ない。
あの頃よりもずっと輝かしく映る彼の隣で、もう一度プレーしたい。目標とするにはあまりにも不確定なモノが多過ぎると、内海も理解はしていたが。
「うーん。ダメだねこれ。点の匂いがしない」
「……雅也?」
「なんて言うのかな。確かに廣瀬くんは頭一つ抜けてるし、山嵜が押せ押せなのは間違いないんだけど……この辺りで決めておかないと、流れが変わりそうなんだよね」
しばらく無言で試合を眺めていた大場が、突然そんなことを言い出す。
ストライカーとしての嗅覚が訴えたのだろうか。内海も財部も興味深そうに彼の話へ耳を傾けた。
「ほら、今のパスも……距離感がドンドン開いてるんだよ。廣瀬くんと7番の子が一人で仕掛けられるから、まだそんなに目立ってないけど……ちょっとバランス崩れて来てる気がするんだよね」
「確かに。99番も相変わらず凄い運動量だけど……ちょっとオーバーラン気味だね。息が合っていない。雅也、よく気付いたね」
「いやあ。財部さんに鍛えられてますからー」
呑気にケラケラと笑う大場を尻目に、三人の視線は再びコートへと集まる。
既に6分を経過しようとしている後半戦。
山嵜が優勢に試合を進めども、スコアは2-1のまま。
「財部さん。さっきの話通りかもしれないですね」
「あぁ。まったく勉強になる試合だよ」
「上手く行っているからこそ、結果が出ないとストレスが溜まって……徐々に歯車が狂い出す。ただでさえコートの狭いフットサルなら……この状況が一気に逆転しても不思議じゃないってことですよ!」
敵陣中央。ドリブルで突き進む陽翔が後方からフォローに入ったノノとスイッチ。しかし、22番と交錯しあっさりとボールを失ってしまう。
愛莉がプレスバックするが、栞とのワンツーで簡単に抜け出される。グラウンダーのスルーパスが最前線の文香へ通った。
* * * *
「なにやっとんじゃ市川ァァァァ!!!!」
「ひィィーーすみませえええェェーーん!?」
大慌ての瑞希とノノ。全力ダッシュで自陣へ戻るが、これは間に合いそうにない。ゴール前でフリーになった文香と、琴音の一対一が今にも完結するところだ。
(前掛かりになり過ぎたか……ッ!)
ほとんどの時間をこちらが支配していただけあって、俺を含めて余裕が出過ぎていたのかもしれない。もっと言えば、リスクを負って前へ出て来た俺に一番の責任がある。
ボールを失えば、日比野さんから縦へ一気にボールが出て来る。ずっと分かっていたことだが……こうも簡単にチャンスを作られるかよ! やってられんわッ!
「琴音センパイ、なんとかしてくださいッ!」
「助けてくすみぃーーーーん!!」
「無茶言わないでくださいっ!?」
他人任せにもほどがある叱咤激励に思わずツッコミを入れる琴音だが、コメディーチックなやり取りとは対照的に状況は切迫している。
ドフリーの文香、冷静なトラップから左脚をグッと蹴り込み、最後の砦を躱しに掛かる。琴音も目いっぱいに身体を広げ防ぎに掛かるが……これはどうなる!?
「ギャーー!! またやってもうたああーー!!」
「あっぶねええええ!!」
今日何度目かという文香の絶叫。
思わず似たような声も漏れる。
右足で放たれたシュートはポストを直撃。跳ね返ったボールがペナルティーエリアを転々と彷徨っている。これに反応したのは……逆サイドの14番!
「クぅっ!?」
「やらせるかあああっ!!」
渾身のスライディングでシュートブロックを決めたのは、同じく敵陣から全速力で帰陣していた愛莉。気合の入った咆哮に、鼓膜がビリビリと揺れ動く。
だがこれで終わらなかった。
混戦模様のなか、零れ球に反応したのは……!
「そこ、邪魔ですよっ!」
「なら退かしてみろッ!」
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