462. おおきにな


 青学館は後半もメンバーで挑むようだ。だがポジションの変更があった。これまで前線に張り続けていた14番がサイドへ移り、文香がピヴォに入っている。


 またも俺と同じ位置で対峙するというわけだ。何が意図的なモノを感じるが、心中如何なほどか。



 ホイッスルを合図に愛莉がボールを戻し、後半開始。まずは落ち着いてポゼッションを……と思ったが、早速トップギアでボールを奪いに来た。先頭の文香を基軸に圧力を掛けて来る。


 テクニックに一日の長がある瑞希、ノノと三人でテンポよくパスを回すが、中々最前線の愛莉へ活路を見出だせない。一発逆転のロングボールもしっかりとケアされている。



「ぬわっと!?」


 右サイドで受けたノノが14番のアタックに遭う。逆サイドから俺を飛ばした瑞希の横パスだったが、僅かに後方へズレその隙を狙われた形だ。


 バックアップに入り立て直しを図るが、これにも文香が猛然と詰め寄る。

 個人技で抜き切るにもちょっと狭すぎるな……一旦整えるか。



「ぎゃふんッ!?」

「あ、やべ」


 身体に当ててタッチラインを割らせようとしたのだが。思いのほか強く蹴ってしまい顔面へ命中する。目的は達成したが、激しく転倒しのたうち回る文香。



「ちょっ、はーくん!? 絶対に狙ったやろっ! わざと当てるのはファールなんちゃいますかあ!?」

「いや、偶然やって。悪い悪い」

「レフェリーさん! このヘラヘラした顔よう見とってや! 昔っからボール持ったらエライ性格悪いやっちゃねんこの人!」

「試合中に限らんだろ。お前に対しては」

「ひどい!?」


 クソ、流石にバレたか。


 まぁこれくらいやらんと面倒な相手だしな。少しは認められているということで、ここは一つ手を打ってくれ。



「ボーっと突っ立ってんじゃねえぞ!」

「にゃあ!? しおりーん!!」


 一瞬の隙を突き、敵陣ゴール前の愛莉へロングフィード。


 サッカーのスローインとは異なり、その気になればどこからでもチャンスを生み出せるのがキックインの良くも悪くも印象的なところ。


 これをしっかり収め、背後から圧を掛けに来た日比野さんを軽く弾き飛ばす。男子相手ならまだしも、身長で勝る愛莉が競り勝てない道理は無い。


 見た感じ細いラインなだけに、あの強靭なフィジカルは日比野さんだけに留まらず青学館にとっては大きな脅威だろう。


 偶に女だってこと忘れそうになる。

 いっつも汐らしい顔してろ。



「長瀬っ!」


 遅れて左サイドを駆け上がる瑞希。

 だが愛莉はこれを囮に使った。


 ボディーフェイントを入れて素早く反転。

 左脚を振り抜き、強烈な一撃!



「瑞希、そのままっ!」


 ゴレイロに弾かれるが、宙高く舞い上がったセカンドボールに瑞希が一直線。22番と激しく競り合いながらも、彼女にして珍しくヘディングで強引に叩き込む!



「ぬううっ!! ヘディング苦手なんだよおっ!」


 ……が、これは惜しくもポストを掠める。ゴレイロも反応出来ていなかっただけに、枠へ向かえばという決定的な場面であった。


 取りあえず一つチャンスは作れたな。青学館がラインをかなり高く設定して来ただけに、押し込まれる展開が続くかと思ったが……これなら互角以上に渡り合えるだろう。


 もっとも、今のようなキックインからの強襲はそう何度も通用しないだろう。連動したパスワークはそのまま、どこかしらで変化を付けていかなければならない。



「ほぇぁー……ホンマ強いわ~……」


 ゴレイロがサブアリーナの奥へ転がって行ったボールを回収する間、文香がふらふらと近付き何やら呟いて来る。



「ウチも結構頑張っとるんやけどなぁ。なんなんもうホンマに……あんな化けモンさんどっから見付けて来たんや?」

「そのへん転がってた」

「まったまた~」


 嘘は吐いていない。愛莉に関しては言えば必然の出会いだったが、瑞希とノノは本当に野良プレーヤーだったし。比奈と琴音は一から育てたみたいなものだけど。



「……今更やけど」

「うん?」

「元々は女子サッカー部入るつもりやったんやろ」

「ん。せやで」

「なんでまた」

「えぇ~? このタイミングで聞く~?」


 照れ隠しなのか、後ろから肩を掴み雑に揺すられる。インプレー中だったらファール取られるからな。程々にしとけよ。



「……んなん決まっとるやん。はーくんが人生賭けて頑張って来たサッカーがどんなモンか、ウチも知りたかったんや。ずっと近くで見とるか、お遊びで付き合うだけやったからな。ウチなりにちゃんと向き合ったら……はーくんの気持ちがちょっとだけでも分かるかなあって」

「…………そっか」

「あとはアレやな。ウチもプレーヤーになったら、なんかの機会にはーくんがヒョッコリ現れてまた一緒におられるって、そう思ったんかもな」

「良かったな。夢が叶って」

「にゃはは。おおきにな~」


 くすぐったそうにニコニコと笑う。


 一度は頓挫してしまった女子サッカー部への挑戦だが、フットサルへの転向を経てこうして同じコートに立つことが出来たと。人生分からんもんだな。まさか文香を直々にマークする日が来るとは。



「でもなはーくん。本当はそれだけじゃないんよ。もっともっと大きな夢があるんや。小さなころからずっと叶えたかった、いっちゃん大きな夢」

「……なんやそれ」

「ウチな? 一個でもええから、はーくんよりスゴイって言われるようなことが欲しいんよ。なんて言えばええんかなぁ……ほら、はーくんはウチより一個上で、一応センパイやんか」


 確かに文香は現在高校一年生、ノノと同学年に当たるが……言うてコイツも5月生まれだからそう大差ないんだよな。いやまぁそれは良いんだけど。


 それにしても、彼女の言う大きな夢とは一体。

 学年の違いがそんなに重要なことなのか?



「まぁ、ずっとはーくんの傍におったのはウチがそうしたかったからやけど……基本的に、ウチのやることって全部、はーくんの後追いなんよ。はーくんがスペイン語勉強し始めたって聞いて、ウチもママに頼んで教材とか買ってもろうたんやで? 一週間で投げ出して全然喋れへんけどな」


 ……それはちょっと知らなかったな。素振りもまったく見せていなかったし……あっさり頓挫したというのも本当のことだろうけれど。



「ウチも同い年の友達とかあんまおらへんかったからなぁ。はーくんにベッタリで女子からは嫉妬されとったし。はーくんの後ろ追っ掛ける子分みたいやって、陰口もよう叩かれたわ」

「…………ごめんな。気付かねえで」

「んーん。ええんよそんなこと。ウチ自身の問題やしな。せやけどやっぱ悔しいんよ。ウチにしか無いもの、出来ないものがずっと欲しかった。サッカー始めたのも結局はーくんの影響で、ウチが本気でやりたいって、これだって思えるもんちゃうかったのかも分からへんし」


 そんな葛藤のなかで日比野さんと出逢い、フットサルに触れて。

 なるほど、これは彼女が初めて自分の意思で、自ら望んで飛び込んだ新しい世界ってわけか。



「はーくんもフットサル始めたの、この半年くらいなんやろ? ならウチと一緒やん。こっからは……同じスタートラインからよーいドンっちゅうわけや」

「馬鹿言え。元の経験が天と地ほどあるやろ」

「せやかて違うスポーツや。つまり、これはウチなりのプライド。はーくんと同じ土俵で、はーくんに勝つ。はーくんよりスゴイって自分を信じるための…………そういう戦いや。まさかこんな形で実現するとは思わへんかったけどな。これも運命ってやつやな。うん」


 勝手にベラベラ喋って一人で納得している。

 いい加減離れろ。試合再開するぞ。



「負けへんで、はーくん。ウチを助けてくれたしおりんのためにも、チームのためにも……何より、ウチ自身のために、絶対勝ったるからな。ウチが点取ったらドゲザでも何でもしてもらうで!」

「…………おう、ええよ。土下座な土下座」

「……なんでわろてんの?」

「いや、なんでもねえ」


 聞き馴染みのあり過ぎるフレーズが出て来て、思わず吹き出してしまった。まったく、昨今の若者共は頭地面に擦り付けなきゃなにも出来ないってのかよ。



「ほんじゃ、お喋りはここまでにして……」


 ゴレイロからのゴールクリアランス。敵陣最後方でルックアップした日比野さんから、裏のスペースを狙った鋭いロングフィード。


 同時に背中を強く押され、一気に裏へ飛び出す文香。この目敏さは誰の教えなのか。興味あるな。


 まぁ幾らでも足掻くと良い。

 本家を前に易々と通用すると思うな。



「ジャギっとやったりましょか!!」


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