461. そりゃ無いですよ


 右サイド深い位置でのキックイン。

 文香の左脚から繰り出されたクロス性の鋭いパス。


 再び動き出した電光板のカウントダウン。残り30秒、必ずスコアが動く予感があった。二度のブレイクを挟んだとところで、二度目の試合と15分弱のせめぎ合いで刻まれた疲労には各チーム共に抗えない。



 それだけではない。もし彼女が、青学館がワンチームとして一つの山場を迎えているのだとしたら。この局面が彼女たちの今後を左右することは明白で。


 それと同時に、再びカウンターを差し込むだけの隙が生まれることも目に見えて明らかであるからだ。



「しおりんっ!」


 背後から激しく肩をぶつけ、日比野さんの身体は大きくよろめいた。それでも必死にボールへ喰らい付き、後方でフォローに入った22番へバックパス。


 これも瑞希がしっかり見ていたが、巧みにボディコンタクトを避けられる。ゴール前に現れた14番へくさびが入った。



「比奈っ!」


 すぐ後ろで構える琴音の声援に応えようと必死に足を伸ばすが、やはりパワーでは敵わない。気合の入ったポストプレーに、比奈の身体は弾き飛ばされてしまう。



「クソ……っ!」


 この至近距離で反転されてしまえば、反応するのは難しいだろう。

 日比野さんのマークを一旦外してシュートコースを塞ぎに掛かるが……右と左、どちらを向く……!?



「行けますセンパイっ!」



 左だ、これなら間に合う!


 比奈の奴、俺のポジションをしっかり確認して反対側から身体を寄せに行ったのか! 意図的かどうかはともかく、ナイス判断だ!



「ノノ、セカンドっ!」

「はいよぉぉっ!!」


 激しい交錯の末、間一髪で伸ばした左脚にシュートが直撃。ノノと日比野さんによるセカンドボールの奪い合い。


 威勢よく飛び出したまでは良かったが、僅かに日比野さんの反応が上回る。背後から強引にアタックし奪いに掛かるが……。



「どわッ!?」

「世良っち!」


 大股を開いてバランスを取っていたのを見抜かれていたのか、華麗なバックヒールで股下を通される。


 その先には、フリーになった文香。


 後手を踏んだわけでは無いが、ここぞという場面でのスピードアップに俺たちの守備網には着実にズレが生じ始めていた。


 文香がフリーになるところまで予期してしたのだとしたら……日比野栞、やはり侮れない……!



「くすみんっ!!」

「コースだけでも塞げっ!」


 角度はやや厳しいが、狙えないコースではない。文香の性格からして、恐らくトラップして冷静にということは考えていないだろう。


 俺と瑞希の声に反応し、少しでもシュートコースを狭めようと一気に前進し腕を大きく広げる琴音。どこか身体の一部に当たれば……ッ!



「ぐええっ!? んなアホなっ!?」

「琴音ッ!!」


 ファーサイドを狙った悪くない一撃だったが、やや甘かったか。

 琴音の左腕に命中し、再びルーズボールに。

 文香の気の抜けた絶叫が響き渡る。


 あれだけ近い距離でのシュートを臆することなく止めに掛かるとは……流石は俺たちの守護神、あんな小さな身体で、どこまでもデカい仕事をやってくれる!



「比奈っ! お前の番やっ!」

「……やらせない!」


 抜け目なく零れ球に反応していた日比野さんだが。

 これも比奈が寸前でコースに割って入りシュートブロック。内腿に当たり、ボールはまたも曖昧な位置へと転がる。



「だらっしゃああああ!!!!」


 今度は14番と瑞希が激しく交錯。

 鋭利なスライディングで足元を貫きに掛かる。


 俺もやや遅れて反応し、二つの巨大な壁を形成。先に触れたのは14番だったようだが、瑞希のつま先にヒットしシュートは大きく浮き上がる。


 だがそれが逆に良くなかったのか。ボールは飛び込んだ俺のちょうど目上を通過し、ゴールマウスへと一直線。これは流石に琴音も反応出来ないか……!



「うわっ、あっぶなっ!!」


 ベンチサイドから飛んで来た愛莉の叫び声と同時に、クロスバーから鈍い音が鳴る。強烈なショットはバーを直撃、最後の最後にどうにか難を逃れる形となった。



 まだ笛はならない。残り10秒残っているかどうか。

 まぁ、それだけあれば十分だろ。ノノ!



「待ってましたァァ!!」


 零れ球を回収しようとした22番よりも先に反応したノノが、一気にボールをかっさらい敵陣へと侵入していく。


 図らずとも同点ゴールと同じような展開だ。サポートには行けそうもないが、残すは相手ゴレイロのみ。


 行け、ノノ。決めちまえ。

 お前なら一人でも突破出来る――――!






「――――――――でえええええええ!? ここで終わりいいいいッッ!? そりゃ無いですよおおおお!!」


 …………が、ハーフウェーラインを越したところで主審のホイッスル。ギャグマンガの如く目ん玉を飛び出させ急停止するノノ。

 あぁ、そうか。前述の通りフットサルの時間経過はカウントダウン方式だから、インプレータイムがキッカリ15分経ったらそこで終了なのか。


 守備でかなり時間を使ってしまったようだ。電光板に刻まれた0.00の残り時間を前に、ノノはひな壇芸人の如き大袈裟なリアクションでバタリと倒れ込む。 



「クゥー……っ! あと5秒残ってたらなー!」

「仕方ねえ、守り切っただけでも儲けモンや……ノノ、起きろ。ハーフタイム10分しかねえんだぞ。無駄にするなよ」

「分かってますよぉっ!! キーーーーあとちょっとでヒーローだったのにーーーー!!」


 駄々っ子顔負けにコートへ張り付くノノを瑞希とともに無理やり引き起こす。

 まだ試合も半分だというのに、スタンドからの惜しみない拍手に包まれベンチへ戻る一行であった。




【前半終了】


廣瀬陽翔×1  日比野栞×1

市川ノノ×1


【山嵜高校2-1青学館高校】




*    *    *    *




「琴音ちゃん、さっきのナイスセーブ! 比奈ちゃんも凄い! みんな本当によく守ったわ!」


 ボトルを引っ提げ歓喜に沸く愛莉が皆を出迎える。珍しく素直な愛莉の祝福に、比奈も琴音も満更でもない様子であった。


 事実、彼女たちの守備の奮起が無ければ成し得なかったリードだ。同点にされてハーフタイムを迎えるのとでは訳が違う。



「アァン!? あたしにはなんもねーのかよ!」

「化粧落ちてるわよ」

「ノーメイクだっつうのッ!」

「アンタはアンタで守備軽いのよっ!」


 で、瑞希にはいつも通り。

 これはこれで健全な姿だ。放っておこう。



「しっかし思った以上にくせ者ですねえ世良さん」

「あれだけ躊躇いなく撃って来るとな……」

「スタミナならノノも負ける気はしませんが、ノノよりももっと直線的なプレーヤーですね。あれだけ前線からプレスバックされると厳しいっすよ。まるでジェイミー・バーディー……いや、決定力は無さそうなんで精々ディルク・カイトってところですかね?」


 ようやく落ち着きを取り戻したノノ、ボトル片手に相手ベンチで休憩を取る文香を興味深そうに覗き込む。

 別にバーディーでもカイトでもなんでもいいけど……フットボール史でも有数の「メンドクサイ」FWの名を挙げるあたり、評価も相当だな。



 間違いなくラストの3分間、文香は青学館一の脅威となっていた。立て続けにチャンスを二つ逃した形ではあるが……そのどちらも決定的なモノだ。


 だがそれ以上に気になるのは……ここに来て前線での仕事量が一気に増えて来た日比野さん。やはり高い位置を取られると非常に厄介な存在である。


 加えて文香との抜群なコンビネーション。

 文字通り、使う側と使われる側の理想的な関係だ。



「……だいぶ大人しくなったわね」

「あん? むしろ逆やろ逆」

「いや、そうじゃなくて……ほら」


 相手ベンチを指差す愛莉に釣られ様子を窺うと……試合中とは打って変わり、穏やかな表情を浮かべ冷静な面持ちで各メンバーへ指示を送る日比野さんの姿。


 どうやら激おこモードからは脱出したようだな……それとも本来のお淑やかな姿を取り戻したとでも言うのか。チームメイトともしっかりコミュニケーションを取っている。


 あの冷静さをコートでも発揮されたら、前半以上に厄介な相手となりそうだ。ただでさえ対応の難しい選手なのに、やってられん。



「……また余計なことしたわね、ハルト」

「さあ。なんか言ったっけな」

「さっきペラペラ喋ってたの見てたからね。もうっ、なんでいっつもそういうことするのよ。勢い付かせても良いことないんだから」


 少し不満そうに唇を尖らせる愛莉だが。仮に相手へなんらかの施しを与えたのだとしたら、それは俺だけの原因ではない。

 むしろアイツらが、自分たちの力で手繰り寄せた必然だ。導線はコートのどこにでも転がっている。



「そう心配すんな。これも伏線のうちに過ぎん」

「どこまで本気なんだか……」

「俺が嘘を吐いたことが一度でもあるってか?」

「ふんっ。味方まで裏切ってばっかのお気楽ファンタジスタがなに馬鹿なこと言ってるのよ」

「なら今更文句垂れんじゃねえよ」


 不要な悩みの種だ。一つ手掛かりを掴んだところで、結果に繋がらなければ意味は無い。前半終了間際の攻防を、連中は最後まで悔やむこととなるだろう。



「比奈、途中からインプレーばっかで少し疲れたろ。後半の頭はノノでスタートするから、しっかり温存しといてくれ」

「了解でーす。ノノちゃん、頑張ってね」

「ええ、ええ。当然でございます。スタミナ狂のプライドを賭けて負けられないのですよ!」


 同い年の文香に対抗意識も芽生えたようで。

 キチンと仕事を果たして貰うとしよう。



「琴音、改めてやけど、完璧なセーブやったで。後半もその調子で頼む……でも、もっとコーチングの声が出るとええな。間違えても良いから、思ったことはドンドン喋ってくれ。出来るよな?」

「……はい。勿論です」


 身に余る奮闘を褒め称えるのも悪くは無いが、彼女にももうワンステップ上へ登って貰わないといけない。当然、琴音なら応えてくれるはずだ。



「愛莉、ノノの一点目見てたろ。ああいうダーティーなプレーも覚えてかなアカン。同じ女子相手なら遠慮もいらねえだろ…………確実に決めろとか言わん。殺す気で叩き込め」

「まっ、やるだけやってみるけどね」

「え。あたしにはなんも無し?」

「点取った分おしるこ奢ってやる」

「マジで!? 超がんばる!!」


 単純な奴め。

 これで十分だからホント最高だよなお前ら。



(さて……どう出て来るかな、お二人さん)


 根拠はある。しかし100パーセントではない。事実、前半のうちにもう一点動くという予想は見事に外れた。


 俺たちが予想以上の強さを見せたように。アンタらも、俺たちの想像を超える何かを、必ず持っている。チームとしての真骨頂を、今まさに発揮するときだ。



(とはいえ、それだけで十分か?)


 下手くそなレッスンでも構わないのなら。

 すぐにでもお見せしよう。


 俺はまだまだ、この試合を遊び尽くしちゃいない。

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