451. 確かに盲点だった


「フリーだっ!」

「なんだあの5番ッ!?」

「一人で持ってくぞ!」


 色めき立つスタンドの悲鳴に後押しされ、陽翔はコート中央をドリブルで突き進む。瀬谷北キャプテンの小椋が慌てて対応に入るが、左足つま先で股下を簡単に通過させられ防波堤とはなり得ない。


 左サイドを瑞希が並走していたが、パスを出す気は無さそうだった。全力疾走で自陣へ帰還した11番が肩をぶつけるが、腰を深く落としアタックを振り切る。


 右足アウトサイドを駆使した鋭利な切り返しから、タッチラインギリギリのところでボールを拾い直す。11番は身体の拠り所を失い 激しく転倒。


 待ち構えるは相手ゴレイロ。

 そして小さなゴールマウスのみ。



「はっ、速い……ッ!」

「行っけー廣瀬くーん!」


 セカンドボールを拾ってから、僅か5秒にも満たないうちにカウンターが完結りようとしていた。内海と大場も立ち上がり事の顛末を 見届ける。



「身体張れッ! ファールでも良いから止めろッ!」


 小椋の悲鳴にも似た声が飛ぶ。

 だがあまりにも遅かった。


 右サイドからのカットイン。ペナルティーエリア外まで出て来たゴレイロを存分に引き付け身体を横に倒したところで、左足つま先で チップキック。


 接触を避けるためゴレイロを飛び越え、同時にボールは華麗な弧を描きネットへと収まる。サブアリーナに歓声が木霊した。



「おっしゃあ! 完璧じゃんハルっ!」

「あいよ」

「あたしに出してくれても良かったけどなァ!?」

「なんでちょっと怒ってんだよ」


 軽口混じりのハイタッチ、水滴がコートを濡らす。

 遅れて愛莉と比奈も輪に飛び込んだ。



「ねえ見た? 見たよね二人とも? ボール持ってから一度もスピードダウンしないで、一人でやり切ったよ! あんなの止められるわけないっ!」

「あはは……嬉しそうですね、財部さん」


 教え子を前に冷静を装うつもりも無いのか、興奮気味に立ち上がり拍手を送る財部。内海も苦笑混じりにベンチへ座り直す。



「廣瀬くんが凄いのってこういうとこだよね。昨日言われたことをすぐ実践して、ちゃんと結果残すんだからさ」

「……え、雅也?」

「内海くんが言ってたでしょ。ゴールじゃなくて相手を見てるから怖さが無いって。今のもさ、7番の金髪の子がフリーだったし、パス 出した方が確実だった」

「確かに……そうかもね」

「やっぱさ、一人でも強引に狙ってくるっていう意識付けが大事なんだよ。油断し てたら何でもやって来るぞっていう。バリエーションが多ければ多いほどディフェンスって余計な事考えちゃうからさー」


 ストライカー特有の目線から、一連のプレーを解説する大場。内海も嚙み締めるように頷き、試合が再開されたコートへ視線を戻す。


 このタイミングで両チーム共に選手の交代。


 瀬谷北は男女が一人ずつ入れ替わり、山嵜は比奈に代わって99番を背負うノノが投入された。陽翔がフィクソのポジションへ移る。

 やや強引に縦パスを繰り出す瀬谷北だったが、ノノの素早いチェイシングに翻弄され受け手との呼吸が合わず。ボールはラインを割った。



「みんな上手いなぁ……いま入って来た99番もめっちゃ走るよね。足元もしっかりしてるし……もしかして山嵜って、すっごい強いチームなんじゃない?」

「うん。女の子中心って聞いて正直ちょっと舐めてたけど、普通に陽翔のプレーに着いて行ってる。かなりレベル高いよ」


  南雲を経由して陽翔の現状をそれとなく耳にしていた内海も、まさかこれほど完成度の高いチームを作り上げているとは露にも思っていなかった。


 陽翔だけではない。特に2ゴールを挙げた愛莉と巧みな身のこなしで相手を翻弄する瑞希のプレーは、プロのトップレベルを間近で 見て来た内海に取っても衝撃的なものがあった。



「うん、ゴレイロの黒髪の子も動き出しはちょっと拙いけど、落ち着いてパス回しに参加出来ている。代わって入った金髪の子は凄いな……どこにでも顔出すね。啓次郎も見習ってほしいくらいだよ」

「交代しちゃったけど、あの2番の子も普通ゲーム入れてたし、隙が無いっすよね。この試合は圧勝かなあ?」


 財部と大場が口々に褒め称える。


 代わって投入されたノノは、逆サイドの瑞希と頻繁にポジションを入れ替え相手ディフェンスをかく乱。最後列の陽翔を中心としたポゼッションに、瀬谷北はすっかりペースを握られていた。


 プレスを掛けて出し処を限定しても、ゴレイロの琴音にまで戻され簡単にいなされてしまう。正確なパス回しと豊富な運動量を前に為す術が無い。



「なるほどなぁ……これは確かに盲点だったよ」

「……何がですか?」

「瀬谷北の男子フットサル部が強いのは俺も知ってたけど……男女混合だと、やっぱり女子が足を引っ張っちゃうんだよ。単純な実力はともかく、普段の連携やフィジカル面の問題もあるし」

「……女の子にボールを預けるのはちょっと怖いって思うかもしれないですね」

「うん。瀬谷北の6番も、変わって入った8番もそうだ。なるべく女子に危険なところでボールを持たせないよう気を遣っているけれど……元々フィールドに4人しかいないんだ。これじゃ逆効果だよね」


 内海へ解説を挟み、コートを俯瞰する財部。


 右サイドからのキックイン。ボールをセットした小椋は出し処に困っている様子だった。自陣ペナルティーエリア前で構える3番には愛莉がマークに付いている。


 苦し紛れに8番の男性選手へロングパスを出すが、すかさず陽翔が身体を寄せ奪い切る。一度琴音に戻してリターンを受けると、振り向きざまに逆サイドの瑞希へ。



「うわぁ、7番上手いなぁ……!」

「元々フットサル畑の子なんだろうね……ボールタッチからして他の子たちと違う。9番は多分サッカー経験者だ。あのボールの呼び込み方、根っからのストライカーだよ」


 感嘆の声を挙げる財部。大場も同意する。


 アウトサイドで中央へ切り替えし、ゴール前に待ち構える愛莉へグラウンダーのパス。小椋を背負う前に、愛莉はワンタッチで後方のノノへ叩いた。


 左脚ダイレクトで撃つと見せ掛けて、足裏でボールを運びブロックのタイミングを巧みにズラす。その間にノノは右足に持ち替えた。



「うん、これも上手いっ!」


 またも興奮気味に立ち上がる財部。


 繰り出されたスルーパスが、サイドから走り込んでいた瑞希へピタリと通る。ダイレクトで巻き上げるように放ったシュートがまたもネットを揺らした。


 ほぼ同時に主審のホイッスル。

 瀬谷北がタイムアウトを取ったようだ。



「廣瀬くん抜きで完璧に崩しちゃったなー」

「瀬谷北の6番も良い選手だけどね……9番の球離れが早いから、潰し切る前にポストプレーを完結させられている。これはちょっとやそっとじゃ止められないよ」


 ベンチへ引き戻り給水ボトルを片手に面々へ指示を飛ばす陽翔を、三人は感心気に眺めていた。セレゾン時代もあれほど熱心にチームメイトと話合う姿は彼らも見たことが無い。



「なんか、また遠くに行っちゃった気がしますね」

「そうかい? むしろあの頃よりずっと近くにいる気がするよ……ウチでもあれくらいやってくれたらって思わないこともないけどね。でも、このチームでなければ叶わなかったことさ」



 二度と実現することの無い舞洲での共演。

 それなのに、不思議と心は踊る。


 おかしなことは無い。慕い追い掛け続けて来た親友が、遂に掴んだ居場所に。愛を注ぎ続けて来た教え子が見せ付ける、眩いほどの輝きに。


 心の底から歓喜し、興奮している。

 ただそれだけのことであった。


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