452. お見せしましょう
【前半6分49秒 タイムアウト
山嵜高校4-0瀨谷北高校】
控えめに言っても出来過ぎな前半だ。ほぼすべての攻撃をゴールで終えているし、加えてノノを投入してから2分も経っていない。
瀬谷北からすればこのタイミングでのタイ厶アウトは想定外だっただろう。疲労度はこちらと変わりは無いが、表情に一切の余裕は見受けられない。
顧問らしき中年男性が声を荒げ、小椋を中心といた男性選手へ檄を飛ばしている。攻守ともにほとんど機能していないからな。当然の叱責だろう。
「……疲れ過ぎちゃうかお前ら」
「そ、そうっ?」
「こっち来てロクに身体動かしてねーしなー」
4点差とあって表情こそ軽やかではあるが。大量の汗でベタベタになった髪の毛をタオルで拭き取る愛莉と瑞希の二人は、あまり余裕は無さそうだ。
ポゼッションを握られていた序盤からほぼノンストップで動き続けているわけだし、こちらとしても有難い休息となった。それにしても鍛え方が足りん。年明けからロードワーク付き合わせよう。
「前半はこのままの点差で行きたいですねえ……ここから男子たちも個人技で突っ掛かって来ると思いますし、時間掛けてボールを回す のが良いかもですね」
「せやな。結果が出とるからええけど、ちと飛ばし過ぎや。ノノも少しセーブして、重心低めで頼む」
「りょーかいですっ☆」
出場して数分も経っていないだけあり、呼吸はまったく乱れていない。元々スタミナ自慢で守備でも機転の利く ノノだ、問題無く任務をこなしてくれるだろう。
「それにしても、簡単に点差が付いてしまいましたね。後ろから見ている限り、夏の大会で戦った相手と実力的に差は無いようにも思えますが」
ボトルを片手に琴音が眩く。
これに関しては俺も同意見だ。体感でも瀨谷北高校のレベルは、ノノが当時プレーしていたHerenciaよりも少し劣る程度。
女性陣の実力で差し引きプラマイゼロといったところだろうか。にもかかわらず、ここまでの差が付いている理由は。
「連携もクソもねえんだよアイツら。混合チームでの対外試合は初めてらしいからな……男子を中心にパス回して、ゴール前で女子に渡すだけや。攻撃の形が何もねえ。守備も然りやな」
「いちおーローテーションだけはしてるっぽいけど、それだけだね。11番が前で張るようになってから、逆に6番の負担が増えてるし」
ベンチサイドを見つめ瑞希も似たように頷く。
要するに女性陣へ気を遣い過ぎなのだ。パスの一つも見ても、男子から女子へボールが移る際のスピードが極端に遅い。
その間にこちらは距離を詰めることが出来るわけで、気付かぬうちに悪循環へハマっている。最初からこのメンバーで練習を続けて来た俺たちとの明確な差だ。
「だから11番を早めに代えたんでしょ。まぁ8番も似たような動きだから、あんまり意味無かったけど。でも向こうの監督も分かってるんじゃない?」
愛莉の話す通り、瀬谷北の顧問は8番をはじめ男性選手たちへ身振り手振りで動き出しのレクチャーを施している。既に問題点は見抜いているのだろう。
恐らく男子フットサル部を総括している人物の筈だ。流石は名門校を束ねる指導者、そう簡単に勝たせてはくれないな。このままの点差を保って勝利しようなんて、甘ったるいことは考えていないが。
まだまだ足りない。
俺たちの強さを、結束を証明するためには。
4点で満足出来るか。
だいたいな。まだ舐めてるんだよお前ら。
男子だけ改善したところでどうにかなるか。
「比奈、ノノ。向こうの女子のレベルはどう思った? 正直に言ってみろ」
「女の子たち? うーん、そうだなあ……やっぱり基本がしっかりしているなあって。わたしよりも上手いと思うよ」
「ノノはあっちの子たちより上手い自信ありますよ。ですよねセンパイ?」
控えめに語る比奈と自信たっぷりのノノ。性格的な要素も含めてではあるが、この試合に限っては後者が正解だ。
「ううん。比奈ちゃんも全然やれてるわよ」
「そーそー。落ち着いてボール捌けてるしさ」
愛莉と瑞希も同調する。
その通り。比奈の実力も、瀬谷北の女子選手と比べても遜色ないどころか、僅かにではあるが上回っている印象だ。二人は勿論、ノノも同様である。
「練習の成果が出ているのではでないですか? 陽翔さんのようにしっかりと首を振って周囲を確認出来ていますし、何よりミスがあ りません」
「本当にっ? 琴音ちゃんお世辞で言ってない?」
「私が比奈に冗談を言ったことがありますか?」
「冗談みたいなことは偶に言うでしよ?」
「…………比奈が私をイジメます」
「知らんわ」
相変わらず連携抜群の掛け合いだが、試合の後でやれ。楽しくプレーするのは結構だが、笑ってる場合じやないんだよ。不用意に和ませるな。
「比奈も自信持って仕掛けてくれ。俺と瑞希はかなり警戒されてるし、愛莉もマークされとるからな」
「うんっ、分かった」
「ノノは出しゃばんなよ」
「ええー!? そこはお前もガンガン行けって発破掛けるところでしょうっ! ノノも点取りたいんです!」
「秒で方針転換すんな」
まあこの辺り信頼してるけど。ノノは何だかんだで場の空気は読める奴だ。意図的に読もうとしていないだけで。だからちょっと心 配。
「……少し早いけど、比奈、瑞希と交代するか。愛莉も出ずっぱりだと疲れんだろ。10分でまた交代や」
「おっけー。頼んだぜひーにゃん!」
「お任せあれ〜」
オフェンスの核である愛莉と瑞希が抜けて、どこまで通用するかも見ておきたい。負ける気は更々無いが、あくまで練習試合だ。可能な限り多くのパターンは試しておきたい。
「つうわけで愛莉。瑞希と代わる前までにもう一点ブチ込んどけ。いくら決めても足りねえだろ」
「とうぜんっ」
全員で手を重ね声を弾ませる。
ホイッスルが響き試合再開。
比奈がフィクソへ入り、俺とノノがサイドへ開く。瑞希が抜けたことでマークは俺と愛莉へ更に集中するだろう。
それで抑えられると思ったら大間違いだけど。フットサル部きっての策略家と、味方をも巻き込む最強の核弾頭だ。簡単に止められると思うな。
* * * *
「はっはぁ~……こりゃエライもんやなあ〜」
「まさか瀬谷北がここまで劣勢を強いられるとは……先ほどよりマシにはなりましたが、4点差を覆すには後半を合わせても足りない でしようね」
スタンドからゲームを見守る青学館高校の一同。
文香の隣に座るチームキャプテン、
「世良っちの言っていたこと、本当だったんですね。あの廣瀨陽翔と幼馴染だなんて。普通に嘘だと思っていました」
「せやからずっと言うてたやんか〜」
「サッカーから離れてしまったのは残念極まりないですが……こうして対等な対戦相手として試合が出来るのなら、これもこれで乙なモ ノです」
「しおりんも大概ミーハーやなあ」
「同世代のナンバーワンですから。多少は」
幼少期からサッカーを続け半年前にフットサルへ転向した栞は、陽翔と似たような経歴を持っている。
クラブの後輩である真琴を通じて陽翔と接点を持った彼女もまた、同い年のファンタジスタに憧れボールを蹴り続ける、名も無きフットボーラーの一人だ。
「真琴くんから聞いた噂以上ですね。思っていたよりずっとフットサル選手です。あれだけ守備に奔走する彼の姿は見たことがありません」
「セレゾンおった頃は守備ほっとんど歩いとったからなぁ。まぁはーくんが頑張らなアカン状況ならこうもなるわな」
「果たして、それだけでしょうかね」
「……はん? どゆこと?」
「まだまだですね、世良っち。確かに山嵜は強いです。彼だけでなく、女性の皆さんも卓越した技術をお持ちです。しかし世良っちが 思っているよりも、ずっと脆いチー厶ですよ」
不敵な笑みを浮かべコートを見下ろす栞。
攻略の糸口は見つかった。
口に出さずとも、瞳は雄弁に物語る。
(たま〜に怖い顔するんよなぁしおりん……)
やや引き攣った顔で頰を引っ搔く文香。普段から同い年のように接しているキャプテンだが、名の知れた女子サッカーチー厶の出身とだけあって、練習内容は意外にもスパルタだ。
だがそれだけではない。
文香はよく知っている。
「私に言わせれば、山嵜はまだまだ廣瀬さんにおんぶ抱っこのチームです。証拠はコートでお見せしましょう。世良っち、貴方にもその —片を担って貰います」
「ウチが出来る範囲でな?」
「男女混合チー厶とはいえ半分は男子なのですから。それがどれだけ大きな差となるか、たっぷりと味わっていただきましょう……」
「せ、せやなあ……」
「うふふふっ……はあ、それにしてもなんて可愛らしいお顔……あのサッパリ塩味フェイスが絶望の涙で浸る姿……世良っちも見て みたいでしょう?」
「なんとも言えんところやなあ……」
「ああ、でもあの強気で自信に満ち溢れた表情……力任せに屈服させられるというのも悪くないですね……どうしましょう世良っち、 意志が揺らいで来ました。これでは自称サディストの名が廃れるというものです。いっそのことマゾに転向しようかしら?」
「ウチに聞かんといてや ……」
青学館高校フットサル部キャプテン、日比野栞。実力者揃いの男子部員や能天気な文香からも色々な意味で恐れられる、思春期拗らせ系少女である。
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