450. にゃーん
【前半1分27秒 長瀬愛莉
山嵜高校1-0瀨谷北高校】
すべてが推測通りかつ本能的に嚙み合った、完璧なショートカウンターが決まった。 勢いのままゴールへ飛び込んだ愛莉を片手で引き起こし歓喜の輪を広げる。
「いったぁー……! 火傷するかと思った!」
「愛莉ちゃん、ナイスガッツ!」
「あはは……まっ、取りあえず一点ねっ」
比奈と軽快なハイタッチを交わし自陣へ帰還。琴音もコート外から飛び出して来たノノと掌を合わせる。 豪快な先制パンチとは裏腹に随分と和やかな雰囲気だ。
俺らだけ、な。何度見ても気持ちの良いものだ。
見ろ、瀬谷北の静まり返ったベンチサイドを。
スタンドから見つめる青学館の連中や僅かな観衆たちも、一瞬にして完結した鋭いカウンターを前に騒々しく顔を突き合わせている。
予想外の失点を喫する形となった瀬谷北。背番号6番を背負うキャプテンの小椋が、大慌てでポジショニングを含め諸々の指示をス ターターたちへ飛ばす。
このまま冷静さを取り戻せず 俺たちのペースに引き込めれば万々歳だが。名門として知られる男子フットサル部の面々が中心となったチーム編成、一筋縄ではいかないだろう。
「調子良さそうやな」
「ま一ね。フローリングのコート久々だけど、こっちのほうがやり易いわ。コケるとクソ痛いけどな」
「気を付けろよ」
「お互いになっ」
満面の笑みで白い歯を見せびらかす。
シューズの摩擦音が重ねた握り拳と共鳴する。
開始早々、ズバ抜けたスピードとテクニックで相手守備障を翻弄した瑞希。
元々はインドアスポーツであるフットサル、こうしたフローリングの硬いコートでは、瑞希の正確無比なタッチと自在な緩急がより顕著に現れる。
普段の練習場所であるテニスコートや夏休みの大会で利用した屋外コートの人工芝と比較しても、パスの一つからしてスピードが段違いだ。
それ故、多少雑に繰り出しても身体が追い付けずパスが通ってしまうこともある。そういった瀬谷北の、ある種の油断が招いた比奈の華麗なパスカットであり、瑞希の鋭いドリブル突破とも言えよう。
何だかんだで屋内での試合も初めてだけれど、特に心配は要らないな。それどころか、普段の練習で鍛え上げられたパスワークを披露するにこの上ない環境だ。
「もう一点!リセット、リセットですよっ!」
ノノもベンチサイドから声を飛ばす。悪くない雰囲気だ。ある程度の緊張感を維持しつつもリラックスしてプレー出来ている。
再び瀬谷北のキックオフで試合が再開。
先ほどの反省を活かし慎重なポゼッションを続ける瀬谷北だが、最前線の愛莉がノンストップでホルダーを追い続ける。これに連動して、残る三人も少しずつポジショニングを修正。
守備の練習にはあまり本腰を入れて来なかったが、元々の経験値でも抜けたものがある俺と愛莉、瑞希の積極的なプレッシングは 瀬谷北のボール回しにも十分対応出来ている。
後方で構える比奈もしっかりと前線の女性選手を捕まえており、簡単に縦パスを入れさせない。
コートでもここまで息がピッタリとは。
まったく、苦労が無いな。
「ハルト、取れるわよっ!」
「任せらァっ!」
愛莉のプレッシャーを受け、瀨谷北のフィクソから供給されたパスは少し後方へズレる。 右サイドの小椋が処理にモタついたのを見計らい、肩を入れ強引に奪いに掛かった。
「クソッ………!」
「愛莉ッ!シンプルにつ!」
俺とほとんど背丈の変わらない小椋だが、フィジカル面は凡庸。 控えめに言っても愛莉に劣る程度だ。それほど問題にはならない。
試合開始直後は最後列で組み立て役を担っていた小椋。先制点を奪われた流れの悪さを考慮して、唯一の男性プレーヤーである俺に最優先でアタックに行けるようポジションを入れ替えたのだろう。
だとしたら、それは悪手ってやつだな。
さっきのゴール、俺は関与すらしてないんだぜ。
ウチのツートップを舐めるのも程々にしておけ。
「えっ? 強ッ!?」
ペナルティーエリア内に構える愛莉に向け斜め前方へのグラウンダーパス。背後から男性選手が圧力を掛けるがビクともしない。それどころかアタックした衝撃で、相手が押し返されている。
男相手になんちゅうプレーしやがるんだ。もう何回言ったかも覚えてないけど、本当に女かよお前。
「だりゃああああッッ!!」
振り向きざまに右脚で撃ち抜く。ややサイドに流れたためコースは狭いが、これは如何なものか。
「瑞希ッ、フォロー!」
「あいあいさあ!!」
シュートはゴレイロの正面を突いたが、あまりの強烈さに弾き出すのが精いっぱい。 零れ球は逆サイドから走り込んでいた瑞希の足元へと転がった。
3番を背負う女性プレーヤーが対応に入るが、恐るべき速度で繰り出される瑞希のフェイントにまったく着いて行けていない。
「貰ったッ! !」
軽快なボディーフェイントで何度か揺さぶりを掛けると、右足裏で素早くボールを引き抜きインサイドで縦へ押し出す。
俺がフォローに近付いたこともあり、中央へ折り返すとでも考えたのだろう。その無駄に広がった選択肢が命取りってワケだ。
僅かに生まれたスペースを見逃さず、左脚を振り抜く。が、これは愛莉に着いていた11番の男性選手がギリギリのところでブロック。
「マジでッ! ?」
そのまま攻撃が終わると思うな。
最強のボックスストライカーから目を離しやがって。
セカンドボールに反応した愛莉。深く腰を落とし、滑り込むように左脚を振り上げダイレクトでシュートを放つ。恐るべき反応速度だ!
「いよっしゃあっっ! !」
ゴレイロも手を伸ばしたが、ゴール左上隅に突き刺さる。先制から僅か30秒、理想的な追加点だ。
「んだよ、絶好調じゃん長瀬っ!」
「はいはい、わたしのために精々頑張ってねっ!」
「あァんっ!? 次は決めるしっ!」
ホイッスルと同時に激しく両手を突き合い、乱暴なセレブレーションで互いを褒め合う愛莉と瑞希。この二人に限ってはコート内だと息が合うんだよな。人間分からん。
「二人とも、すごいっ!」
「悪くねえスタートやな……比奈、こっからやぞ」
「えっ?」
「あくまで練習試合やからな。二点差付いた以上、リスク負ってでも強引に切り込んで来る筈や。キツイやろうけど、なんとか身体張れ」
「…………うんっ、分かった。頑張る」
幸先の良過ぎる序盤にやや浮かれた様子の比奈。気休めにも程遠いが、背後に回って肩を軽く揉み呼吸を整えてやる。
キャプテンの小椋はともかく、愛莉に対応出来なかった11番の男は、恐らく本来は前線の選手の筈だ。試合開始直後も再三裏のスペースを狙っていたしな。
「簡単にやらせるなよ瑞希っ!」
「あいよぉ!」
再開から間もなく左サイドへ移った11番が攻勢へ出る。対峙する瑞希を振り切ろうとフェイクを重ねるが、ここはしっかり対応。
—度小椋へ戻し、愛莉のプレッシャーを受ける前に最前線の4番、比奈がマークに付いている女性選手へダイレクトでくさびのパス。 最初のトライこそ失敗に終わっていたが、今回は比奈のチャージにもソツなく対応している。
なるほど、女性陣も結構上手いな。
コントロールに余裕がある。
「瑞希さんつ、サイドですつ!」
「にゃーんメッチャ狙われてるーツ!」
琴音の甲高い指摘が飛ぶ。
瑞希の背後を狙った横パスに11番が反応した。
シュートを撃たれる寸前で足を投げ出しなんとか踏み止まる。シューズとフローリングのキュキュっと擦れる音が響き、体勢を整えるが。
「んにやろッ!」
中央への鋭いカットイン。
瑞希は付き切れていない。
左インサイドで巻き上げるようなショット。
「ナイス、ハルトっ!」
寸前のところでカバーに入りシュートブロック。
が、零れ球を抜けなく拾う小椋。
マークの外れた3番の女性へ素早く展開。愛莉がサイドへ流れるが、それを見計らったように鋭いキックフェイント。これも中々上手い。やや遅れて対応に入ったとはいえ、愛莉を簡単に出し抜くとは。
「おおつ!止めた!」
「ゴレイロの子も上手いのか……!」
それでも山嵜のネットは揺れ動かない。
等音の左腕一本によるセービング。
瀬谷北ベンチからため息と感嘆の声が漏れる。
コースは甘かったが、しっかりと芯を捕らえた強烈な一撃だった。
上手く反応したな。流石は琴音、よく分からんところでセンスを見せる。これでも褒めているつもり。
「琴音ちゃん、ナイスセーブ!」
「いえいえ、それほどでも」
とは言いつつ比奈からの賞賛に顔はニヤケている。基本攻めっぱなしで、あんまり出番無いもんな。活躍の機会があって良かったな。まだまだこれからだけど。
さて、ボールはラインを割り瀬谷北のキックインから再開だ。ここも集中しないとな……ようやく連中も目の色を変えてくれたみたい だし。
ゴレイロに女子を置くなんて、よっぽど舐めているか、苦肉の策かと、そう思っていたか?
馬鹿言うな。俺らの守護神は琴音しかいねえ。
これが最善で、最高の形なんだよ。
「愛莉っ、気張れッ!」
「だらっしゃあ!!」
小椋がボールをセッティング、ふわりと弧を描くようなクロスボールが供給される。これを愛莉がヘディングでクリア。背丈で劣る11番に当たり負けしていない。
そしてセカンドボールは俺の足元へ。
頃合いだな。
ダメ押しと行こう。
名門フットサル部? んなもん知るか。
ボール持ったらいつだって俺が一番なんだよ。
存分に見せ付けてやるよ。文香。
内海も、大場も、財部も。
ボケッとした顔してんじゃねえ。
また見失っても知らねえぞ。
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