449. 勝つ勝つ勝つ勝つ
壮絶な睨み合いとじゃんけんの末、第一試合は俺たち山嵜高校と名古屋からやって来た瀨谷北高校の対戦となった。
試合時間は15分のプレーイングタイムを二本で計30分。ハーフタイムが10分で、前後半に一回ずつ給水を兼ねたタイムアウトを 取ることが出来る。公式から発表された全国大会のルールに則ったものだ。
出場選手の5人を遥かに超える人員を揃えた青学館と瀬谷北に比べて、6人しかいない山嵜には不利な条件。こればかりは人数が揃わないこちら側の責任だ。
ボールを蹴り始めたばかりの有希はともかく、真琴は連れて来たかったなと若干後悔している。言い出したところで仕方ないけれど。
シュート練習を中心とした最後のウォームアップを終え、両チームベンチサイドでスターターと戦術の確認。
文香や日比野さんはじめ青学館の選手たちはスタンドから試合を見守る。審判は青学館の顧問の男性が務めてくれることになった。
スタンドへ目を向けると、試合を観に来たと思わしき一般の観客がチラホラと座っている。大半は青学館の生徒のようだ。
「げっ。ホンマに来たんかアイツら」
「あれ、セレゾンの人たちじゃん」
メインスタンドの後列へ陣取るお三方に向けお気楽に手を振る瑞希。財部はともかく、内海と大場は一丁前にサングラスまで掛けて有名人気取りか。ダッセえな。超浮いてるぞお前ら。
まあ賢明な判断ではある。大場はともかく、A代表デビューまでしている内海がこんなところにひょっこり現れたら練習試合どころの騒ぎではないだろう。
「はぁー……クッソハズイわ……」
「そんなこと言って、陽翔くんが教えたんでしょ?」
「嫌なモンは嫌なんだよ」
「自分で蒔いた種でしょう。諦めてください」
悪戯に微笑む比奈に琴音も続けて頷く。そう、俺が誘ってしまった。連絡先だけ交換してしらばっくれれば良いものを、ご丁寧に会場と時間まで。
昨日までは思ってたよ。俺が今どこで、どういうプレーをするのかアイツらにも見て欲しいって。
でも実際こうやってお前らに囲まれているところ見られると、流石に思うところがあると言いますか。
「いつも通りでしょ、ハルト。ちょっと前までテレビに追っ掛けられて馬鹿面晒してたんだから、今更どう取り繕ったって無駄よ」
「なんでそんな厳しいこと言う?」
「いいから、世良さんのことチラチラ見ないのつ」
不機嫌に唇を尖らせる愛莉。
いけない。また無意識に見てしまっていたか。
その態度見る限りお前も心配やけどな。
「……ん。じゃあスターターな。ゴレイロ。琴音」
「はい。準備万端です」
「言っとくけど、お前だけ交代無しやからな」
「ご心配なく。特訓の成果をお見せしましょう」
「ビデオでどこまで変わるもんかね」
段々と使い古され傷が目立つようになって来たグローブ。努力の跡も垣間見えるってモンだ。そろそろ新しいの買いに行かないとな。今日もお前にしか出来ない仕事を存分に果たして貰うとするか。
「基本は1-2-1で、展開によって流動的にな。フイクソは比奈。練習でも散々やっとるし、問題ねえだろ」
「は一い、がんばりま一す」
状況によってポジションもどんどん変わっていくから、あまり固執する必要も無いのだけれど。守備の要、ボールの出し処は、今日は比奈に任せるとしよう。
ここ最近の練習でもパスの供給源としてしっかり役目を果たしているし。同世代の男子からのプレッシャーは初体験だろうが、俺がフォローすればさして問題は無い筈だ。
「で、左が瑞希。右がオレ。ノノ、悪いけどスタートはベンチからで頼む。5分経ったら比奈と交代、10分でノノは瑞希とチェンジや。ええな」
「おうおう、任せんしゃい」
「山寄の秘密兵器兼スーパーサブ、8時半の女とはノノのことですっ! 点取ったときのチャントは「ノノノノノノノノゴール♪」でお願いしますっ!」
「誰も歌う奴いねえよクソアウェーやろ」
「そしてまだ昼ってゆ一な」
今どきモリヤマヤスユキとか誰が分かるんだよ。
活躍してた頃お前まだ生まれてねえだろ。
あとめっちゃ語呂悪いから改定案出せ。
……そう。今回6人で初めての対外試合ということで、スターターから誰を外すのか非常に悩んだ。
なんで部長でもキャプテンでもない俺が決めてるんだって、ちょっと思うけど。もうええわ。
ゴレイロの琴音とエースである愛莉は外せないし、女性陣だけで男子の混ざったチームに対抗するのも難しいとなれば、俺もスターターに入れざるを得ない。
そして瑞希の個人技は、チームの総合力を考えれば外すには惜しい。となると必然的に、現状の実力を考えても比奈とノノの二択へ絞られる。
技術と体力ならタッチの差でノノに軍配が上がるが、ノノの真骨頂はスタミナとチャンスメイク。相手が疲れて来た時間帯で投入する方が効果的と踏んだ。
ポゼッションの基盤となれる比奈をスターターに置いた方が、チームとして崩す際には機能すると考えられる。連携面でも比奈に一日の長があるし。
まあこの辺りは色々な組み合わせを試して、最良の形を探していくしかない。残りの4人も真琴や新一年が入ってきたら安泰とは行かないだろうし。
「愛莉はピヴォ。ノルマ5点な。PKは蹴らせねえぞ」
「はいはい、やればいいんでしょっ。アンタ今日、わたししか見ちゃダメだから。チャンスは全部わたしにパス寄越しなさい。応えてあげるから」
「そうしたいのは山々やけどな」
この調子なら愛莉も問題無いだろう。
少し発破掛けた方が動きも良くなるし。
「……悪いけど、相手も男子中心やからな。俺もガッツリやるから。比奈、舵取りは頼むで。琴音も大変やろうけど、積極的に前へ出てパス回し参加してくれ」
「はいは一い。頑張ろうねえ琴音ちゃーん」
「出来る限りのことはやります」
頼もしいことで。
この二人はセットで近くに置いておくに限るわ。
「うし、円陣組むか。ノノ、一発頼んだ」
「任されましたァっ!」
6人全員、ライトグリーンのユニフォームを纏って初めての対外試合。有希と真琴の分も載せて、サブアリーナ全域を包む大ボリュー厶を轟かせる。
峯岸? 正式な対外試合の癖に「勝手にやってこい」の一言で送り出した幽霊顧問なんぞ知るか。
「勝つ勝つ勝つ勝つッ!アウェーでもッ!!」
「あ、それ知ってるわ。なんだっけ?」
「ガンズのホームゲームに掛かっとる横断幕やろ」
「なら意味無いじゃないですか」
「まぁまぁ、気持ちが大事だよねえ~」
「結局締まらないのね……まぁ良いけど」
こんなもんだろう。
いつも通りの俺たちで十分だ。
さて、一発嚙ましますか。
「フットサル部、ファイトおーッ!!」
短く纏められた豪声と共に、右脚を一歩前へ。
最後はやっぱり愛莉が纏めるんだよな。
何だかんだでしっかりキャプテンやってるよ。
俺たちは、俺たちらしく。
死に物狂いで結果を掴むだけだ。
今日も明日も、いつどんなときも。
* * * *
「いいね〜ああいうの。偶にはみんなでやらない?」
「黒川辺りが絶対拒否るでしよ」
「それね〜」
相も変わらずのほほんとした様子の大場。財部のアドバイスを受け会場の売店で急遽購入したサングラスを光らせ、雑な返しをする内海である。
主審がホイッスルを鳴らし、試合が始まった。瀬谷北高校のキックオフで始まった前半。まずは自陣の男性選手を中心にしっかりとパスを繋いでいく。
「本当に女の子ばっかりだね〜。さっき調べたんだけど、混合の部って女の子二人出場してればいいんでしょ? あの編成だけでも結構不利だよね」
「そうかもね……陽翔以外の子たちがどれくらいのレベルか分からないけど、やっぱり高校の年代ともなれば男女の違いは……」
メインスタンド最後列から戦況を窺う二人。瀬谷北高校はゴレイロを含め、既定ギリギリである3人の男性選手を投入している。
流暢なパスワークで徐々に山嵜陣地へ侵入していく。サッカー部と並ぶ名門として知られる瀬谷北フットサル部、 プロへ片足を突っ込んだ二人から見ても足元の技術は非常に高く映るようだ。
「う一ん……崩し切れないね」
「前の二人が女の子だからね〜。前線でタメ作れる男子が一人いないと中々難しいんじゃない?」
「でも陽翔もサイドの守備に回ってるし……後ろの男二人が思い切って攻め上がればすぐチャンスになると思うけどな」
コート中央で瀬谷北のポゼッションは停滞していた。琴音を除くフィールドプレーヤーの4人が、しっかりとブロックを形成し縦パス の侵入を阻んでいる。
一度もアウトプレーにならず1分が経過。傍から見れば一方的な展開のようにも思えるが、財部は感心したようにゆっくりと頷き、二人の謎を解明すべく口を開いた。
「これがフットサルの難しいところだよね」
「…………どういうことですか?」
「サッカーとよく似ているスポーツだけど、どちらかと言えばバスケに近いんだよ。フットサルって。ゴール前で人数を掛けられると攻め手が無いんだよね。リスクを負って仕掛けるしか無い。それも失敗すると失点に直結する。まっ、俺も付け焼き刃の知識だけど」
「なるほど……まぁサッカーもブロック作られたら、外で回すかクロス上げるか、ミドルシュートくらいしか出来ませんからね」
納得したように頷く内海だが。
それでは足りないと、財部は更にこう続ける。
「これだけコートが狭いんだから、現代サッカー以上に攻守一体となった動き出し、ポジショニングが求められる……守りながら攻撃の準備をしなければいけないし、その逆も然りってわけ」
「陽翔のチーム……山嵜高校のカウンターに、瀨谷北はかなり警戒しているってことですか?」
「そりゃそうさ。陽翔はやっぱり頭一つ抜けているし、あの金髪の女の子……ウォームアップを少し見ただけだけど、結構……いやかなり上手いよ。ほらこうなった」
ゴール前に構える女性選手へくさびのパスが入るが、比奈の機転の利いたパスカット。ルックアップも程々に、一気に左サイドの瑞希へ展開。
「今日は陽翔の応援だけしに来たわけじやないよ。それだけは覚えておいて……二人にもプラスになることが、このコートにはたくさん 詰まっている」
対応に入った男性選手へ、瑞希は軽快なダブルタッチを駆使。いとも簡単に縦へ抜け出す。
30人に満たないサブアリーナのスタンドからどよめきが起こった。
すかさず敵陣へ飛び込む愛莉。ファーサイドへの低く鋭いセンタリングに、右脚を蹴り上げ目的地に向かって突進。
噯昧に設置されたゴールごと後退し、ネットが揺れ動いた。
「性差を考慮した、守って守ってカウンターに賭ける守備重視のチームだと思った? まさか!」
「陽翔のプレースタイルそのまま体現したような、イケイケの超攻撃的チームだよ、山嵜はっ!」
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