448. 馴れ合いは不要だ


「というわけで文香がおった」

「サラっということですかね」


 準備を終え我らが山嵜もウォームアップを始める。荷物置き場含め待機場所はスタンドに各高校ごと適当に作って良いとのことで、頭上から文香がニコニコ笑いながらこちらの様子を眺めていた。


 貸し出してくれたボールを有難く拝借し、二人一組でフットワーク。お相手のノノも引き攣った顔でスタンドの文香へ手を振り返す。



「いやもう大抵のことでノノは動じたりしませんけどね。この二日間ホント激動過ぎです。ユニバの思い出とか消滅しました」

「あっそ」

「他人事みたいな顔してますけど、ほとんどセンパイのせいですからねっ! 腰が痛いんすよ腰がっ! 結局荷物運び手伝ってくれなかったじゃないですか! オコですよオコっ! プンプーン!!」


 そのまま腰を曲げてインフロントでゴールへ蹴り込む。まだフットワーク途中だっただろ。



「おっと……あれが瀬谷北セヤキタ高校ですかね?」

「ほーん、フットサル部もエンジ色のユニなんやな」


 サブアリーナへ現れた男女入り混じりの大所帯。

 20人近くいるな。流石は強豪校ってところ。


 今回の練習試合で相まみえるもう一つの対戦チーム、瀬谷北高校。サッカー部は男女共に全国有数の名門だ。男子サッカー部は山嵜が決勝で敗れ出場叶わなかった冬の全国選手権に10年近く連続で出場している。


プロ選手も度々輩出しているサッカーファンお馴染みの著名校。南雲のいる桐栄と似たような立ち位置かもしれない。



「う一ん……居ないっぽいですねえ」

「あ、誰が?」

「今朝話したじゃないですか。瀬谷北のお友達」

「ああ。スペイン人の?」

「めちゃくちゃ目立つ金髪なんで見たら一発なんですけどねえ……奇跡の再会とはいきませんか。まあセンパイが強運過ぎるだけでこんなもんすねえ」

「大凶やけどな」


 ノノの小学校時代の友人は、残念ながらフットサル部の一員ではなかったようだ。 ガックリと肩を落とすノノ。なんだかんだで結構楽しみにしていたらしい。



「ちなみに名前は?」

「シルヴィアちゃんです。超可愛いんですよ、いつつもニコニコしててノノより綺麗な金髪で。文字通りのゴールデンコンビでした」

「ほーん……」


 名前がシルヴィアで、スペイン人。

 ノノと同い年。しかも金髪か。

 妙に覚えがあるのは気のせいだろうか。


 いや、知り合いにそういう名前がいるわけではなく。ただその要項に当てはまる人物がいるなぁ、でもどこの誰だったかなぁという、その程度の認識なんだけれど。そのうち思い出すか。



「ちょっと行ってくるわ」

「今更ですけど、そういう挨拶とか事前のやり取りとか、愛莉センパイの仕事じゃないんですか?」

「アイツに出来るわけねえだろ」

「納得です」


 意見に相違は無い。

 アイツが部長らしかったときなんかねえよ。


 日比野さんと話している男性は、瀨谷北高校のキャプテンだろうか。首を突つ込み会話に混ざる。

 こういうのが自然と出来るようになっただけ成長だ。いやでも社会常識の範疇だけどな。以前までが酷過ぎる。



「どうも、山嵜高校の廣瀬です」

「瀬谷北高校の、二年の小椋オグラっす。一応、男子フットサル部と混合チームのキャプテンやってます」

「一応って?」

「いやぁ、まだ出来立てホヤホヤで、とりあえず希望した奴が集まってって感じなんすよ。みんないつもは男女それぞれでやってるんで」


 ああ、そう言えば瀬谷北はフットサル部も男女で別れているんだっけ。で、夏から始まる大会に向けて混合チームを作ったばかりと。


 普通はウチや青学館みたいに男女一緒にやってるチームのほうが珍しいのだろう。性差の出にくい競技とはいえ難しいところはあるだろうし。



「皆さん同じ学年ですし、敬語も辞めましょうか。あ、私はもう癖なので気にしないでください」

「それが良いな。俺も敬語下手くそなんだよ」


 日比野さんが音頭を取り、すっかり気を許している瀨谷北のキャプテン小椋。見た感じまあまあチャラい。日比野さんも中々可愛いし、ちょっと鼻の下伸ばしてるな。ウケる。



「なんか、サッカー部強いところが集まっちゃった感じ? 山嵜も県大会の決勝まで行ってるよな?」

「まぁ一応………お宅らと比べたら全然やけど」

「凄いですよね、桐栄相手にPK戦まで持ち込むなんて。お恥ずかしながら山嵜さんのことあんまり知らなかったんですけど、あんなに強いなんて驚いちゃいました」


 良かったなオミ、テッ。

 美少女が褒めてるぞ。



「本当に不思議なご縁ですね。私たちまだ部が出来て数か月なのに、瀬谷北さんや山嵜さんと試合が出来るなんて。サッカー部様々です」

「俺らも練習相手が全然いなくて困っててさ。山嵜ってその辺どうしてるの?」

「いや……実は俺らも対外試合は初めて」

「あー。やっぱ試合相手苦労するよなあー」


 納得したように首を縦に振る両者。

 が、妙に気になる小椋のリアクション。



「俺らも女子チームあるんだけど、中々相手が見つからなくてさ。そもそも全国レベルの大会とか無いから、混合の部が出来て超有難いんだよね。女子がバリバリやれる実践の場ってあんま多くないし、男子で溢れてるメンバーも試合出れるしさ」

「ほーん……」


 だいたい分かった。混合チームをさほど重要視していないなコイツら。


 男子チームで試合に絡めていない選手と、実践の場に恵まれていない女子たちが大会に出れる機会。その程度の認識なのだろう。この言い方だと、女子メンバーの実力は程々ってところか。


 サッカー部だけでなくフットサル部の実績でも頭一つ抜けている瀨谷北だが……この感じなら善戦できるかも分からないな。



「まぁ、お手柔らかに頼みますわ」

「いやいや。こっちも男女合わせての試合は初めてだから分かんないって。そっか。女子二人必ず出すから……レギュレーション確認しとかねえとなあ」


 何の気なしの発言だとは思うが、小椋の気の抜けた対応に日比野さんは少しだけムッとした表情を浮かべていた。


 場を和ませるためのジョークにしても面白くはない。日比野さんへの視線や奧でウォームアップに励む連中を眺める姿だけでも、奥底で女性陣の実力を軽視していることが透けて見える。


 ハッキリと言わなくても分かる。

 舐められている。彼女も感じ取ったのだろう。



「私が調べた限り、夏の大会に向けて新たに作られたチー厶を含め、全国で60校ほど男女混合チームがあるそうですよ。北日本に偏っているみたいですけれど」

「へえー……予選も涉りそうやな」

「……全国津々浦々、様々な特色がありますから。混合の部に賭けているチームも沢山いらっしゃるでしょうし…………これまでの実績を頼 りにしていると、足元を掬われるかもしれませんね?」


 意味深なフレーズを最後に口角を吊り上げクスリと微笑む。 言葉とは裏腹に挑発的な瞳が俺と小椋を貫いた。


 どうやら真琴の先輩というのは本当のことみたいだな。大人しそうな形して、負けん気の強さ。過信だけでは辿り着かない領域だ。


 青学館高校……正直、どのくらいのレベルなのかサッパリ読めないが。あまり舐めて掛かると痛い目に遭いそうだ。個人的な話をすれば文香が一番怖いけど。



 腕試しなどと悠長なことは言っていられないな。持てるものすべてを出して、全力で叩き潰さなければ。勿論チームとしての実力も、俺自身も。



「さっさと始めるか」

「では予定通り、12時から」

「お、おぉ、よろしく?」


 馴れ合いは不要だ。

 全部コートで決着付けようぜ。


 ああ、ゾクゾクする。

 堪らねえな、この胸の高鳴りは。


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