447. イメージと違った


 揃って帰宅すると、琴音を除く三人も目を覚まし準備を始めていた。


 早く目が覚めてしまったから土手で朝練していた、という文字通りの事実を並べたところで、明らかに昨晩から態度が軟化している愛莉の様子を見れば、言い訳にしか聞こえないのも致し方ないところである。


 悪戯にそっけない態度を取る比奈に振り回されたり、一向に目を覚ます気配の無い琴音を総出で叩き起こしたり。


 新館裏のテニスコートから遠く離れた大阪の地でも、味気ないフットサル部の日常はやはり健在であった。嫌に久々な気がしないでもないけれど。



「センパーイまだですかー?」

「おー、先歩いてろー」


 玄関から少し離れたところで俺を呼ぶノノ。


トレーニングウェアに着替え試合用具一式を抱え込んだ彼女は、荷物運びじゃんけんで惨敗を喫してしまった。一人で六人分の荷物って。可哀そう。



 家の鍵を掛け5人のもとへ合流する。横目に映る未開封の書類が大量に溜まった郵便受け。


  昨日からなんら変化は無い。まあクリスマスだろうと何だろうと、平日にあの二人が帰ってくるわけないか。サプライズは文香の一件だけで十分だ。


 三が日中は二人とも家に居るとは言っていたものの、どこまで信用出来るのか。いつの正月か忘れたけど、午前中に取り寄せたおせちだけ食って午後は仕事しに行ったりしてたからな。


 子どもへ預けるには多過ぎるお年玉の金額が、さながら言い訳のようにも見えて。 これと言って欲しいものも無いから、未だに使わないで取ってあるけど。



(……まぁ、今更な)


 今日の練習試合のことも、一応には伝えてある。ただ「やる」というだけで、観に来いとは一言も言っていないけど。 伝えたところで仕事だなんだと返されるのは目に見えているし。


 期待はしていない。何かを期待するほどの関係性でもない。それでも連絡してしまったのは。

 やはり心のどこかで望んでいて。もしかしたら、なんて思っていて。そんな自分の浅はかさに何度気を落としても足りないが。



「陽翔くーん。置いてっちゃうよー」

「うぇいよー」

「ウウ゛、重すぎるゥ……ッ!」

「おらノノ、貸せ。持ってやっから」



 信じてみたい。

 当たり前のことを、当たり前に。


 コイツらとの日々も。セレゾンでの思い出も。文香との再会も。奇跡や偶然なんて、陳腐なものでは片付けられない。 俺が今、ここにいるからこそ。点と点が線で繋がったに過ぎないのだ。


 なら、たった今送り直したメッセージに既読マークが付くくらい、なんてことない話だと思うんだけどな。まあ、様子だけ見てみる か。






『12〜18時高槻スポーツアリーナ

 駅から5分。サブアリーナ。スタンド出入り自由』


『今日こっち帰って来るんだろ。確か職場から帰り道だったよな。


 ほんの一瞬でええから、顔出せや。

 応援しに来いとか、面倒なこと言わん』


『顔くらい見て行けよ。そんだけでええから』




*     *     *     *




 自宅から電車で30分ほど、高槻市内にあるスポーツアリーナ。バスケやバレーボールのプロリーグも開催されている大阪有数の屋内競技場だ。メインアリーナはおよそ5,000人ほど収容出来る らしい。


 が、一介の部活動チームである俺たちがそんな恵まれた環境でプレー出来るわけもなく。 三校合同での練習試合は、すぐ隣のサブアリーナを使用して行われる。


 こちらは比較的安価で一日中レンタル出来るそうで、近所の高校が練習や試合会場として利用しているらしい。 今回のホストである青学館高校フットサル部の活動拠点であり、実質的なホームグラウンドとのことだ。



「へえ〜 こっちにも観客席があるのね」

「100人くらいなら入るらしいな」


 受付を済ませ体育館の地下三階まで降り、ロビーからそのままサブアリーナへ。既にゴールマウスをはじめ機材の設置は済んでいるようだ。


 興味深そうに全域を眺める愛莉を筆頭に、皆揃ってどこか落ち着かない様子。フットサル部結成から実質初めての対外試合だからな。多少は緊張もするか。



「おはようございます。山嵜高校さんですか?」

「どうも。よろしくお願いします」


 アリーナ中央部でウォームアップに励んでいた面々のなかから、肩に垂らした黒髪おさげと半開きの目が印象的な女性がこちらに気付いて駆け寄ってくる。


 彼女も青学館フットサル部の一員なのだろうか。こちらの女性陣も大概だが、初見の印象だけだとスポーツをやっている風には見えないな。



「廣瀬さん、ですよね? あの、私が日比野です。真琴くんのクラブの先輩の」

「あぁ、貴方が……なんか変な感じっすね」

「ふふっ。ラインで何度もお話ししてますしね」


 このおさげの女性が、真琴が以前プレーしていた女子クラブの先輩、日比野さんだったようだ。連絡先繋いでもらって、こっち来るまでに何回かやり取りだけはしているんだよな。


 顔は見たことなかったから、名前を言われるまで気付かなかったけど……文面でのやり取りとはだいぶ印象が違う。


 予想より大人しめというか、落ち着いた出で立ちだ。確か二年生だった筈なんだけど、どうしても同い年には見えん。



「……どうかされましたか?」

「いや、イメージと違ったなって」

「あぁ、よく言われます。普段は口数が少ないので、SNSだと少しテンションが上がっちゃうんですよ。それに廣瀬さん、いっつも ちやんとメッセージ返してくれるので」

「はあ」


 他校の人間とのやり取りなんぞ畏まった文面だけで済ませれば良いものを、絵文字やスタンプを大量に使ってくるし。

 用が無くても連絡してきたりするから、ここ最近ちょっと面倒に思っていたりする。瑞希とかノノみたいなタイプかと予想していたらギャップが凄い。



「皆さんも、どうも初めまして。青学館高校二年の日比野栞ヒビノシオリです。キャプテンやらせてもらってます。今日はよろしくお願いします」


 —通り挨拶を交わし、アリーナ内の施設を簡単に案内してもらう。


 ロッカールームは無いけど、ちゃんと更衣室とかシャワールームは用意されているんだな。今日すぐにでも大会が開ける程度の充実ぶりだ。


 5人はユニフォームに着替えるため奥の更衣室へと消えていった。男の俺はその場で脱ぎ散らかしても文句は言われないだろうと、山嵜側のスタンドで雑に着替えを始める。



 青学館フットサル部もウォームアップを終えたのか、一同輪を組んで和気あいあいとした雰囲気。

 男子が6人、女子が日比野さん含めて5人か。バランスの取れた編成だな。ウチが歪すぎるだけかも分からんが。



(……ん?)


 内の一人が俺の傍へと駆け寄って来る。日比野さんではない。


 名前に違わずスカイブルーのユニフォームに身を包んだ、ブラウンの巻き髪と華奢な身体つきのどこか見覚えのある…………えっ?



「やっほーっ! 昨日ぶりやなあー !」

「…………文香? はっ? えっ?」


 それはもうムカつくほどのニタニタ顔で、楽しそうに身体を左右に揺する。ドッキリ大成功の看板を持たせたらよくお似合いだろう。


 いやそんなことは良い。

 なんで居る? なにしてんの?



「にゃははーっ♪ ビックリしたやろっ?」

「……え?なにお前、アオカン通ってんの?」

「あっ、その呼び方は厳禁やでっ! アオガクかセイカンて呼ばへんと怒られてまうからなっ!」

「それは知らんけど……」


 文香がどこの高校に進学したとか、なんも聞いてなかったな。まぁコイツの実家からも近いし、当然選択肢には入るのか。名前がひたすらにネックなだけでまともな私立だし。


 で、当たり前のようにフットサル部なのか。

 これだけは解せない。


 お前、昔からメチャクチャ運動神経悪いだろ。小4のときセレゾンの女子チーム入るっつって一瞬だけ土手で一緒に練習してたけど、 リフティング1回も出来なくて速攻諦めてただろ。覚えとるぞ。



「関東の高校が練習試合でこっち来る聞いてな。あの子たちも試合で来てる言うてたから、もしかしてとは思ったんけどなあ。こんな偶然もあるもんやな」

「なんでフットサルなんやってんねんお前」

「んー? いやあ、ホンマは女子サッカー部入ろう思っとったんやけどなあ。入学してから知ったんやけど、女子サッカー部めっさレベル高くてな。ウチみたいな初心者が気軽に入れる場所やなかったんよ」

「……で、フットサルか」

「しおりんも女子サッカー部でアカンかったみたいでな。お試しでフットサルやってみたらこっちのほうが合うてる言うて、わざわざ新しく部活作ったんよ。ほんでウチのことも誘ってくれてな」


 なるほど。日比野さんに誘われたのか。手持ち無沙汰になっていた手前タイミングも良かったと。


 奇妙な縁もあるというか、世間って狭いな。

 いや違う。大阪が狭過ぎるんだ。



「……え、サッカーやるつもりだったのかよ」

「まーな。でもフットサルも中々おもろいで。プレーするだけでも楽しいしな」

「あ、そう…………しっかしなんでまた急に」

「いやぁ、当人を前に話すのもなぁ」

「はっ?」

「ちゅうわけで今日は敵同士やからな! はーくん以外のレベルがどんなもんか分からへんけど、バッチバチのゴリゴリに勝ち行ったるから、覚悟しときやっ!」


 キメ顔で人差し指をビシッと突き出す。

 人を指で刺すな。気分悪いな。



 ええ。なんだこの展開。

 俺、今から文香と試合しなきゃいけないの。


 せっかくみんな落ち着いてきたのに、またコイツのせいで場が荒れ出すのかよ。自分から首突っ込んでおいてなんだけど、そろそろ俺の心配もしろ。



「あ、せやせや。はーくん、賭けや賭け。今日ウチらが勝ったら、は一くんこっちに移籍しいや。ほんで負けたらウチが移籍したげる。どうや?」

「こっちにメリット無いやろ。勝手に決めんな」

「ウチの身体を自由にしてもええんやで!?」

「テメエみたいな貧弱ボディーの世話にはならねえよ」

「なにをォッ!?」


 真面目に取り合うつもりは無いが、多少のスパイスとしては許容の範囲内だろう。まったく、次から次へと忙しない。


 すぐ会えるってこういうことかよ。

 考えうる限り完璧な再会だな。クソめ。



「ボッコボコにしてやるよ」

「へへん。こっちの台詞やでっ」


 まさかお前とこんな関係になれるなんてな。

 もしかしたら、ずっと望んでいたのかも。


 駄目だ。浮かれるのも仕方ないわ。

 こんなのワクワクするに決まってるだろ。


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