444. 有料でした


「ええ加減機嫌直せって……」

「うるせーバーカ死ねッ!!」


 捻りゼロの暴言をつまみに白飯を搔き込む瑞希。他の面々も似たようなもので、無言のまま食事を進めている。

 昨日の穏やかなクリスマスパーティーとは似ても似つかぬ現状。いや、アルコール入った後の話は抜きで。或いはそれ含めても。



 どうにか五人を落ち着かせ、クラブハウスで改めて内海らと連絡先を交換し我が家へ戻って来たは良いが。


 ご覧の通り誰も口を利いてくれない。束の間の平穏となる筈だった最寄りスーパーでの買い出しもそれほど意味を成さなかった。

 クリスマスの和やかな雰囲気には到底及ばず。秒速で夕飯を済ませ、全員でちゃっちゃと片付けを始めてしまう。


 愛莉と瑞希に至っては不機嫌な顔のまま先に風呂へ行ってしまった。何なんこの地獄みたいな空間。助けて。



「あっ、アルバム……」


 無味無臭の沈黙を嫌い何の気なしにソファーへ移動すると、すぐ隣に置かれていた薄い冊子が目に留まる。


 小学校を卒業するときに、文香とその両親がプレゼントしてくれたものだ。俺の部屋から引っ張り出して来たのか。興味本位というほどでもなかったが、なんとなく手にして中身を見返してみる。


 まあ、ほとんど文香との思い出ばっかなんだよな。しかし無愛想な子どもだ。一枚も笑った写真が無い。



「あんまり怒るのも可哀そうだし、ちゃんと話すけどね?」


 そんな言葉と共に、食器の片付けを済ませた比奈がやって来て隣へ座る。

 やはり距離が近い。振り返ったら顔が当たる。既に頰が引っ付いてる。柔肌の暴力。



「文香ちゃんみたいな子が居たなんて、みんな知らなかったんだもん。急に陽翔くんのこと取られちゃった気になって、落ち込んでるんだよ。わたしもだけどね」

「……ホンマに忘れとったんやって」

「にしては受け入れるのが早いんじゃない?」

「…………どうでもええ存在やったんや。あの頃はな。でもちゃんと思い出したら、やっぱ違うんだよ。なんやかんやでいっちゃん近くに居った奴やからな」


 どうしても信じられないという顔で頰をプクっと膨らませる。これはこれで非常に可愛らしいものがあるが、今は置いておいて。



 本当に、これ以上弁明のしようが無いのだ。当時の俺はサッカーで頭がいっぱいで、それ以外のモノなんて心底どうでも良くて。人としての中身や、付随で身に着けた語学力も割かしどうでもいい部類。


  文香にしてもサッカーへ打ち込む俺を応援してはくれていたが、彼女が気に入ってくれていたのはそれ以外の要素が大きかったように思う。


 故に、彼女も同じだったのだ。

 足を引っ張るとは行かないまでも。



「やっと吹っ切れたっつうか、理解出来たんだよ。俺が馬鹿やったんや。馬鹿のフリしてた。勝手に自分のキャパ決め付けて、アイツの気持ちとか、分かろうとして来なかったんだよ」

「…………そっか。じゃあ本当にわたしたちって、心の隙間に上手いことすぽ一ん、ってハマっただけだったんだね。偶々陽翔くんが弱ってるときに近くに居ただけで……」

「極論な。でもそれだけじゃねえよ」

「ふーんだ。いじけちゃうもん」


 自分から宣言することか。

 なに可愛い子ぶっとんねん。可愛いな。



「…………なーんて、本当は分かってるけどね。わたしたちと過ごした時間のおかげで、陽翔くんも文香ちゃんのことを受け入れることが出来たって……でも結果的にライバル増やしちゃったんだもん。嫉妬するに決まってるよ」

「……なんて返したらええか分からんこと言うな」

「そこはありがとう、愛してる、でしよ?」

「ありがとう、愛してる」

「わー棒読みだー」


 おかしそうにケラケラと笑う。

 ああ、やっといつものペースだ。超落ち着く。



「……ごめんね。ちょっと意地張っちゃった。わたしが陽翔くんじゃきゃダメなのと同じように……陽翔くんもわたしたちじゃないとダメな理由、ちゃんと分かってる。この半年で沢山教えてもらったから。そこまで意地悪なこと言わないよ」

「…………ん。助かる」

「はぁー、そっかそっか……そうだよねえ、陽翔くん全然友達いないのに、女の子の扱いだけは妙に慣れてるから、おかしいと思ったんだ。文香ちゃんに鍛えられてたんだねえ」


 一人想像を膨らませウンウンと頷く比奈。

 すっげえナチュラルに酷いこと言うコイツ。


 まぁでも、言われてみればそうなのかもしれない。当時は内海も大場もチームメイトの域を出ない存在。


 日常生活のなかで気軽に接することが出来たのは文香ただ一人。俺から話し掛けることはほぼ無かったけど。

 最近はオミやテツのおかげで、同世代の男共とも普通に話せるようになって来たし……南雲相手でも会話出来てたからな。


 そもそも同性同士での人間関係が存在しなかったわけだ。凄い。世紀の新発見だ。辞めよう言ってて悲しくなる。



「つまり生まれながらの女の子キラーってわけですね。流石は陽翔センパイ、感服しました。ご褒美にノノをプレゼントします!」

「いらんいらん。重いから退け」

「シャラアアップ!!」

「オグオ"ッ!?」


 突然話に混ざって来たノノが勢いのまま膝へと飛び乗って来る。そして挨拶代わりの適当発言と、顎を打ち砕く強烈な頭突きアッパー。


 柔らかな身体つきを体重で味わう余裕も無く痛みに打ちひしがれる。比奈と違ってまだ少し怒っているようだ。



「なに当たり前のようにキスしようとしてるんですかっ! ノノとも済ませていないというのに! 普通ノノの後でしょうがッ! エエン!?」

「順番待ちちゃうやろ別に」

「というわけで、ノノは非常に失望してしまいましたっ! このままノノを抱き締めるかファーストキスを奪うか膜をブチ開けるまで絶対に許しません!」

「おい最後」

「あっと、それは有料でした。てへへ」

「フォローになっとらんわ」


 相変わらずノノの対処法はサッパリ分からん。本当は誰よりもしっかり者の癖に、こういうどうでも良いところで自分を安売りするからなあ……自己肯定感が低いのかどうなのか。



「おらよ……これでええか」

「んふふふっ……ああ〜チョロ過ぎるう~……!」

「お前がな」


 お腹周りに腕を回し抱き締める。

 それはもうだらしなく頰を緩めるノノであった。


 満足か。そりゃ良かった。キスはもう少し取っとけ。三つめは言わずもがな。



「…………またそうやって……」


 と、ここで琴音も合流。

 やはり不満そうに眉をひん曲げている。



「あれえ? 琴音センパイどうしたんですかぁ?」

「煽んな煽んな」

「本当に懲りない人ですね貴方は。このまま地球上すべての女性を手駒にするつもりですか。なんとも壮大で、不遜なお心持ちですね。感心します」

「んな大袈裟な」


 そんなことはない。お前らが特別なんだ。

 と言ったところで信憑性はゼロに等しい。


 よくよく考えたら、文香含めて仲良くなった女の子全員とこういうことしてるよな俺って。ヤバいな。見境無いな普通に。反省ってどうやれば良いんだろう。やっぱり土下座になるのか。



「市川さん、邪魔です。退いてください」 

「うぉっほ!?」


 大股でズカズカと近付き、膝上のノノを無理やり押し出して吹き飛ばす。派手に転げ落ちたノノへの心配も程々に比奈の反対側へ位置取った。



「言葉より、行動で示してください」


 腕を巻き付け小さな柔らかい身体をこれでもかと押し付けて来る。

 一部分だけ小さくないどころか暴力的にデカいが、この際考えないものとする。理性が持たぬ。



「……な、なんだよ」

「…………あまり遠くへ行かれても、困ります。ちゃんと傍に居てください。思い出してください。フットサル部の一員たる自覚を持ってください。良いですね」

「はあ……?」


 訴え掛けるような熱い眼差しと温い体温も、その真意を図り兼ねるまでには至らない。自覚も何もフットサル部じゃ無かったら何なんだよ。



「そうだねえ。前へ進んでいるなら、切り替えは大事だよねえ……んふふっ。でも琴音ちゃん、本当にそれで全部?」

「……取りあえず、今はこれで良いです」

「もう、素直じゃないんだから」


 俺を間に挟んで勝手に分かり合われても困る。


 デジャブもクソも無い。昨晩とまったく同じ状況になっている。何かが違うところがあるとしたら、昨日より拘束がガチガチになっている点。普通に痛いし。怖いし。なんなんお前ら。



「後で二人のこともフォローしてあげてね?」

「……お、おん」


 そのまま眠ってしまうのかと思うほど穏やかな微笑を垂らし、力無く肩へ寄り掛かる比奈。似たような顔で吐息を溢す琴音も加わり、立ち上がるにも勇気がいる。



 二人のことって、愛莉と瑞希にも同じようなことをしろと言うのか。思いっきり拒絶される未来しか見えないんだけど。


 まあ、やるだけやってみるか。

 別に今だって、何をしたというわけでもないけど。


 要するにいつも通りの俺で良いんだろ。

 それで苦労無いなら、構いやしないけどさ。



「で、ノノへのフォローは無しと」

「……どっか打った?」

「赤鼻のトナカイです。クリスマスだけに」

「ガムテープでも貼っときゃ治るやろ」

「えぇ~なんか扱い雑ぅ~……?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る