442. だから、今度こそ


「にゃはははっ……まあそのぉ……奇妙な縁もあるもんやなあ~……」

「相変わらずタヌキ面やな。ちっとは美人になったって風の噂で聞いたけど、なんも変わっとらんやんけ」

「なっ、なにをぉっ!? これでもおっぱいは大きくなってんねんで!? あとお尻っ! たっぷたぷのプニプニやっ!」

「デブっただけやろ。要するに」

「ひどい!?」


 柵を飛び越えスタンドへ乗り移る。

 本格的に部外者しか居ない。榎本か管理人につまみ出されるのも時間の問題だ。取りあえず敷地からは出ておくか。ここじゃ落ち着いて話も出来ない。



「久々やな。100年ぶりくらいか」

「アホつ……99年多いわ」

「心の距離や」

「せやったら分からんでもないなあ」


 どこか気怠げで舌っ足らずなハスキーボイス。

 ブラウンの巻き髪と華奢な身体つき。


 両親は共に関東の人間だが、幼稚園の頃にお笑い番組の影響を受け、妙ちくりんな関西弁を使い出し以降それが定着してしまった残念な女。


 一つ年下の癖に敬語を使う気はサラサラ無く、四六時中ベタベタ引っ付いて彼女まで自称する変な奴。なのに顔ばっかり一人前に整っている、掴みどころの無い美少女。


 世良文香。

 俗に言う、幼馴染。だった奴。



「……あれえ?」

「どした」

「…………ホンマにはーくん?」

「他の誰だってんだよ」

「だ、だって……中学上がってからこっち離れるまでこんな仲良うしてくれへんかったやん。ツンデレのデレがどっか行ってもうた人やろ?」

「ツンやなくて嫌いなだけや」

「えー、それは普通に傷付くわぁ…………いやでもなんか、全然ちゃうやん。そんなペラペラお喋りする人やなかったやん。改造でもされたんか?ダイジョーブ博士の手術受けたんか?」

「だとしたら失敗してるけどな」


 アイツ基礎能力上げるだけで性格は直してくれないだろ。しかも成功率メチャクチャ低いんだから。何か特殊能力付けられたとしたら通院で治せるタイプのサボり癖だよ。



「……で、なんでコイツと一緒に居るん」

「ノノが街中で声掛けられました。その後まあ色々とありまして……恐らく舞洲に居るだろうと総出でお迎えに来たわけです」


 苦笑いのノノが代表して答える。となると、天王寺付近で別れたところを文香が目撃していたのか。やっぱ狭いわ大阪。油断ならねえ。


 文香もコミュニケーション能力だけは抜群だし、性格的には瑞希やノノと似たようなものだからな。俺をダシに交友を深めていたとしても特に不思議には思わないが。だとしても結構な確率だけど。都合良過ぎるけど。



「こんなに会話続いたの、幼稚園の頃以来とちゃうか? あれか、逆に幼児

化してもうたんか?」

「成長したって選択肢はねえのかよ」

「だってはーくんやもん。あり得へんわ」

「お前な」

「にゃはははっ」


 相変わらず特徴的な笑い方をする奴だ。

 猫っぽいのは琴音だけで十分なんだよ。


 しかし文香の言う通り、こうして長々と顔を突き合わせるのも久しぶりだ。小学校高学年になる頃は、俺の方から文香を避け続けてい たし。


 何故かと言えば、単純に絡まれるのが面倒だという嫌悪そのものだった筈なのだけれど。こうして向き合うと、特にこれといった感情は湧き出て来ない。


 普通に懐かしい顔を見て。

 ああ、文香だなあ。と。

 それしか出て来ない。何故か。



「……場所、変えよか。普通に練習観に来るのもおもろいねんけどな、あっこから見える海も綺麗でええもんやで」

「んなんお前よりよう知っとるわ」


 なるほど。面白いものだ。


 一つハードルを飛び越えただけなのに。

 こんなにも心が軽くなるものか。




*     *     *     *




「はーくん、汗臭い」

「しゃあないやろ。我慢せえ」

「でもその匂いが好き」

「知らんがな」 



 舞洲は何もセレゾン専用の私有地というわけでは無く、プロ野球の施設やバスケチームのホームアリーナなど、様々な施設が複合され ている総合公園である。


 規模としてはスタジアムのある永易公園より少し狭いかどうかというところ。海沿いというか人工島なので、しっかりとした用事が無いと気軽に足が向かないのが観光地として難点ではある。


 馬鹿みたいに長い舗道を突き進み、セレゾンのグラウンドからおよそ15分。海沿いまで出ると天保山方面を一望出来るプロムナードがある。

 更に奥へ進むと噴水広場があって、ここからの景色は日本の夕陽百景にも名を連ねるのだとか。



「……ホンマ不思議やなあ。この景色をはーくんと一緒に見れるなんて、昨日まで思ってもみなかったわ。何回デート誘っても断るんやから」

「まぁ、興味無かったし」

「それ、ウチと夕陽、どっち?」

「どっちも」

「ひっどお」


  文香を隣に引き連れ散歩道を練り歩く。


 フットサル部員共は何故か数メートルほど距離を開け、コソコソと俺たちの後を追っている。尾行するのか放っておくのかハッキリし て欲しい。


 近くで賑やかしてくれた方がマシだ。

 今更コイツと何を話せばいいのか。


 言いたいことは、一つだけあるけど。

 んな簡単には出て来ねえよ。



「…………なあ、はーくん」

「どした」

「……なんで普通なん?」

「意味分からん。何がや」

「ウチのこと、嫌いやないの?」



 声は震えている。

 視線はどうしたって重ならない。



「分かっとんねん。はーくんにとってのウチは、幼馴染でも、友達でも、ましてや恋人でもなんでもなかったんや。ただちょっと距離が近くて、図々しいだけの……他人でしかなかったやろ?」

「…………そうかもな」

「普通に話し掛けて来てビックリしたわ。そのままハーレムさんたち引き連れてどっか行ってまう思たから……」

「ハーレムさんて」

「あれ、ちゃうの?」

「ノーコメントで」


 大つぴらに公言するのもまた違うとは思う。

 いやそんなことはどうでも良くて。



「……無視するわけねえだろ。まあ、言うてもあれや。忘れとった。実際のところ。忘れようとして、ホンマに忘れとったわ。お前のこと」

「それはええねん別に。ウチの存在は、昔の嫌な思い出と……この街とセットになっとるんやから。ウチのことなんて、忘れるべきや」


 瞼の奧に深い哀愁を斿え。

 さざ波で揺れる水面をジッと睨み付ける。


 お前のこういう偶に見せる寂しそうな顔も、俺は苦手だったんだ。まるで自分自身を鏡に映しているようで、吐き気がするんだよ。



 概ね彼女の推測通りではある。幼少の頃から人付き合いの苦手な俺と唯一接点を持ち続けていた文香の存在は……ある種の支えのようで、重しでもあった。


 誰とでもフレンドリーで笑顔を絶やさない。人懐っこい性格も含め、俺とはまるで正反対。そんなお前に憧れような感情を抱いたことも、あるにはある。


 俺みたいな人間に固執しなくても、文香は一人で自由に生きていける。俺の近くに居ることで、お前まで腐らせるわけにはいかない。そうも思っていた。


 本当に嫌いなら、とっくに距離を置いていた。

 少なくとも他の相手には、俺はそうしていた。



 でも、お前は違ったんだよ。

 何が違うかなんて、今更覚えてねえけどな。



「俺が悪かったんだよ。全部」

「…………はーくん?」

「お前が俺のこと気に入ってるなんとっくに気付いとったわ。怖かったんだよ。たかが一つ違いの幼馴染を信用し切って、預けられるほど強くなかった」

「…………ウチのこと、嫌いやないの?」

「あの頃はな。今は別に、なんとも思わん」

「にゃははっ……好きでもないってわけな」

「好き嫌いもなんも、一年も顔合わさんと人の評価もクソもあるか……元々ペラッペラの関係性がただでさえ薄なっとんねん」

「せやなぁ……」



 結局、俺たちは何でもなかったんだよ。

 偶々早い時期に知り合っただけで。

 どこにでもいる、普通の他人。


 けれど、文香。

 お前はそうじゃなかったんだよな。


 だから、今度こそ。

 しっかりと向き合いたいんだよ。



「なあ、文香」

「うん?」

「一からやり直さんか。友達から」


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