439. 誰だと思ってやがる


「縦やッ! 寄越せッ!!」

「はいはいっ!」


 ボールをキープする財部を後ろからオーバーラップ。そのままパスを要求する。ここでも内海がマークに付いて来た。


 今日何度目かも忘れてしまった。

 右サイドでの激しい攻防。



「ほらほらっ、そんなゆっくりしてたら二人目が戻って来るよ! 一対一の場面なんて試合で数える程度だって、誰かさんが言ってたよね!」

「だからッ、覚えてねーよ!」


 左つま先で方向転換し中央へ切り込むが、素早い寄せに遭い前を向き切れない。ならば更に深い位置へと、ボールへ乗り込みクルリと一回転。


 流石に内海も意表を突かれたのか、やや出足が遅れる。距離が空いたところで縦へ仕掛けると、やはり喰い付いて来た。一度足裏でボールを引いて、右脚で踏み込む。


 残った軸足でボールを弾き、走り抜けた反対側を通過させる。裏街道と呼ばれるフェイントの応用だ。



「ううぉっ!?」

「いや、それは上手すぎッ!」


 ようやく完全に抜き切ることが出来た。驚嘆の声を挙げる二人を置き去りにして、ゴールネットに向け左脚を振り抜く。



「……ハァーー……!」

「お疲れ。これで4点差だね」

「分かっとるわ……ッ!」


 ニヤニヤすんな殺すぞボケ。

 内海の癖に余裕顔すんな。死ね。



「立てる?」

「…………ちょっと待ってろ」

「いいよ、いつまでも待ってる」


 流石に疲れも溜まってしまい、蹴り込んだ勢いでピッチへ倒れ込む。本当に苦労した。前言撤回。二人ともメチャクチャ守備上手くなってる。敵わんわ。曲芸一つでも混ぜないと対抗出来ん。



 これでスコアは7-3。

 一方的な展開だ。


 ここまで差が開いているとは思わなかった。振り切ることは出来ても、最後の最後で身体を寄せられてゴールへ繋がらない。

 何度かゴールこそ奪ってはいるが、抜き切らずに遠目からシュートを撃ってなんとか決まったという形がほとんど。


 守備に回ってもシンプルにスピードで置いて行かれる。A代表にも選出された内海の技術とクイックネスは、もはや当時の俺を軽々と上回るものだ。


 

 ムカつく。ホンマ苛々する。

 コイツらじゃない。自分自身に。

 下手過ぎるわ。下手過ぎて、笑える。


 悔しいとすら思わない?

 もう俺とは別世界の人間?


 馬鹿言うな。嘘も大概にしておけ。

 死ぬほどウザイ。というか、死にたい。


 駄目だわこれ。敗北を知ったところでなんの意味も無かった。苛々と焦燥が募るばかりで解決もクソも無いわ。こんなことならはよ帰れば良かった。ウザ過ぎる。

 

 

「今のは上手かったね。でも、実戦では難しいよ。抜き切った後にカバーが入るから、シュートまでのスピードをもっと上げないといけない……昔の陽翔ならやらなかっただろうね。効率が悪すぎるって」

「ご察しの通りで……うしっと」


 財部の腕を引き立ち上がる。

 なんでもお見通しってか。ムカつくわ。



「……うん、俺も勘違いしてた。陽翔、プレースタイル自体はもうフットサルに特化し始めてる。重心をズラして、ズラしてっていう動かし方は変わってないけど……スペースの使い方が全然違う」

「そらそうやろ……コートもゴールも馬鹿みてえに小せえんだからよ。一人じゃどうにもならん。多少大袈裟でも完全に外し切らなアカンからな」

「なるほどね……でも、もっと効率化は出来ると思うよ?」


 ちょっと実践してみよう。そんなことを言い出して、財部はゴールから離れ大場と1対1を始める。


 なんだ、いきなりレクチャーか。

 そこまで頼んだ覚えは無いぞ。



「こうやって細かいタッチでボールを泳がせて……ゆっくり、ゆっくりね。ここで時間を掛けるのは構わないけど……ほらッ!」

「わおっ! 速っ!」


 半歩だけステップを踏み大場を引き離すと、その場から右脚で力強いシュートを放つ。豪快な一発に大場も声を挙げ驚いていた。


 いやお前、現役引退して何年経ってるんだよ。

 それも利き足じゃない右でようエグイの撃つな。


 ……あぁ、忘れてたわ。財部も現役の頃はゴリゴリのアタッカーだったんだよな。それも俺以上に守備しない、走らない、身体張らないの三拍子揃ったお気楽なファンタジスタで。


 俺のテクニックと内海のスピードを足して二で割ったような、そういう選手だった。映像でしか見たこと無いけどな。怪我が無かったら代表入り間違いなしとまで言われていたほどの名手。



「さっき功治が「怖さが無くなってる」って感じたのは……たぶんシュートまでのスピード感と、手数の多さが故だと思うんだよね。ゴールより相手を見過ぎてるんだよ。初めから相手を騙すのありきでフェイント使ってない? だからだと思うよ。功治があんまり苦労なく対応出来ちゃうの」


 あぁ。言われてみればそんな気はする。


 フットサル部での練習中も、俺はフリーマンに入ったりパス出しを担当することが多いから……ミニゲームでも自分でシュートを撃ったりすることがあんまり無いんだよな。


 俺一人で完結させようとすると、流石にアイツらじゃ止められないし。

 他の面々の練習にならないから敢えてそうして来たけれど……怖さが無くなったって、そういうことか。



「本命が見えちゃうんだよ。どれだけ綺麗にボールを操っても、ブラインドになってないんだ。うん、功治の言ってたことすっごい分かる」

「あ。なにが?」

「ゴールへの執着っていうか、ガツガツした感じっていうか? 功治を抜き切るのに全力過ぎて、ゴールまでのイメージがおざなりになってる……って言うのかな?」


 汗を拭いながら、内海も大場も似たように頷く。


 そういや、南雲にも同じこと言われたな。

 前までのガツガツした感じが無いって。



(意識の問題……ってだけでもねえのか)


 なんというか、ここ最近の日常生活にも繋がっているような気もする。


 アイツらが望んでいることが俺にとっての望みであるとそう信じていたし、今もそう思っているけれど。全部が全部そうってわけじゃない。やっぱり俺だけが持ち合わせている欲求もあって。


 気付かぬうちに余計な気遣いをしていたということなのだろうか。もっともっと、俺自身の拘りを、色を出して行けと。



 はぁ。分からんなホンマ。

 深過ぎて頭回らなくなって来るわ。


 誰やねん、サッカーとは人生そのものであるとか言い出した奴。その通り過ぎる。結局、必要なことは全部ボールとピッチに詰まってると。逆に単純か。



「こないだ、ちょっと調べたんだけどさ。フットサルも男女混合の選手権が始まるんだって? 女の子と一緒にやってるってことは、それに出るのが目標でしょ?」

「……まぁな」


 そんなことまで調べてるのか内海の奴。

 どんだけ気に掛けとるねん。ハズいな。



「陽翔が居るだけで十分勝ち進めると思うけどさ……いや、だからこそ陽翔が頑張らないと。全体のレベルとか、チームメイトの上手さはよく知らないけど……サポート役に回るだけじゃ限界があると思う。陽翔が全部出し切らないと。ていうか、勿体ないよ。普通に」


 お前まで、そんなことを言うのか。


 ったく、敵わんわ。

 どいつもコイツも分かった顔しやがって。


 そんで実際のところ、俺も気付いている。

 この街へ帰って来たのが、何よりの証拠。



 忘れられるわけがない。捨てることなんて出来ない。俺はこれからも、サッカーから逃げることは出来ない。過去は過去のまま、永遠に背負い続けて生きていかなければならない。


 言われた通りや、全部。

 頭で理解していても。

 心が追い付いてねえんだよ。



「陽翔。折衷案だよ」

「……あ? どゆこと?」

「チームのためだけじゃない。自分のために、使えるものは全部使うのさ。もっともっと、エゴイストになりなよ。陽翔のエゴが、チームを救うんだ。元祖エゴイスト、財部雄一の有難い助言だよ。素直に聞いておきなって」

「……調子乗んな、アホ」



 …………エゴ、か。


 似たようなことアイツらにも言ったな。

 で、やはり同じことを言い返されて。


 いやホントに、死ぬほど難しいこと言ってる自覚はあるのかねコイツら。それが出来ねえからここまで散々悩んでんだよ。


 期待しやがって。

 余計なモノ勝手に預けやがって。

 全部ぜんぶ、重いんだよ。



 やったるわクソボケ。

 それでええんやろ。


 そういう俺が、お望みなんだろ。

 お前らも、アイツらも。


 そして誰よりも。

 俺自身が、望んでいるんだ。

 


「次のゴール、100点な」

「え?」

「だから、決まったら100点。俺らが決めたら103-7で俺らの勝ち。あぁ、お前らは200点でええわ。207-3でお前らの勝ち。ちょうどええハンデやろ」

「今までの積み重ねは?」

「知らん。ええから付き合え」

「……じゃ、200点差付けて勝っちゃおうかな!」


 笑ってられんのも今の内やぞ、内海。


 俺を誰だと思ってやがる。和製ロベルト・バッジョ。セレゾン史上最高の逸材。日本サッカーの至宝。天才ファンタジスタ様。まぁ、呼び名はなんでもええけどな。


 要するに、廣瀬陽翔なんだよ。

 今も昔も、これからもな。


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