438. この体たらく
たった四人でのミニゲームだというのにハーフコートでやろうと大場が言って聞かなかったものだから、ついぞそうなってしまった。疲れるわホンマ。明日も練習試合なのに。
かといって手抜きをするつもりは無い。流してプレーしてもコイツらには敵わないだろうし、何より自分自身が許せない。
別に現段階での本気を見せつけてやりたいとか、そういうのでもない。
全力でやりたいから、全力でやる。
以上。それだけ。他意は無い。
「亮介から聞いたよ。いま、フットサルやってるんだっけ。しかもチームメイト、女の子ばっかりなんだって?」
遠方でボールを軽く突きウォーミングアップを進める内海が声を飛ばす。
あの野郎、そんなことまで喋ってるのか。二度とライン返してやらんアイツ。
「おう。なんか問題あっか」
「そうじゃないけど! 本当に、あの頃の陽翔からじゃ考えられないなって。陽翔って基本女の子嫌いでしょ? なに考えてるか分からないって、よく言ってたよ!」
「いつの話だよ」
「覚えてない? 一年のとき、同じクラスだったのにさ! まー、陽翔から話し掛けてくれたことは一回も無かったけどね!」
無駄にテンションが高い。
それもちょっと根に持ってるなアイツ。
セレゾンのユースに所属している人間は纏めて同じ高校に通うことになるから、内海も大場も一応は元同級生。
当時の高校生活に関しては、本当に記憶無いんだよな。授業中も寝てばっかだったし。
「そうそう、こんなことも言ってたよね! 女にかまけているような奴は絶対に大成できないって、女子に囲まれてる黒川見て、すっごい嫌味な顔してさ!」
「それはホンマに覚えとらん……」
「つまり、当時の陽翔の言葉を借りるなら……今の僕たちに、陽翔に負ける要素は一つも無いから!」
「そうだそうだー!」
「悔しかったら本気でぶつかって来なよ!」
「そうだそうだー!」
よう分からん内海の主張に大場も賛同する。なんだ、あれでも挑発しているつもりなのか。下手くそにもほどがある。根っこが良い奴過ぎるんだよお前らは。
まったく、無駄な心配してくれるモンだよ。
言われなくても本気で勝ちに行くから。安心しろ。
ついでにもう一つ。
当時の俺を真っ向から否定してやる。
「悪いけど、あれ、嘘やわ。嘘やった。女に囲まれっとな、よう分からんパワーが漲って来るんだよ。だから大人しく彼女の一人でも作れ、非モテ脳筋共」
「内海くん! 喧嘩! 喧嘩売られたっ!」
「よしっ! ブッ殺そう!」
んな可愛げのある顔してブッ殺すとか。
おもろいな。揃って俺の影響受け過ぎ。
さっさと捨てろ、忘れろ。
「うし。やっぞ」
「怪我しないようにね」
「お互いにな」
内海からボールが返ってきて、そのままドリブルを始める。財部は右サイドへ大きく開いた。取りあえず一人でやってみろってか。上等よ。
「悪いけど、ぜんぶ止めるから!」
「やれるモンならなッ!」
すぐさま内海がストップに入る。
ゴールは一つ、ポゼッションが入れ替わったらそのまま攻守交代だから、あまりリスクを負い過ぎると一気に不利な状況に追い込まれてしまう。
多少広く使ってでもボールに触れさせないことが大事だ。明らかに服装のハンデが大き過ぎるのは、もうなんでもいいや。その程度で埋められる差ではない。
「ううぉっ!」
「ハッ! 守備は下手くそなままやなッ!」
足裏で小刻みにボールを泳がせると、途端に内海はバランスを崩す。ユースに上がってからはウイングでの起用ばっかりだもんな。守備は今でも不慣れな筈だ。
上半身が内側へ傾いたタイミングを見計らい、一気にサイドへ蹴り出す。そのままゴール前へ侵入しようと左足を踏み込むが。
「やっぱり、遅くなってるねッ!」
「チッ……!」
駄目だ、カバーが早い。
これではサイドへ追い出されただけだ。
シンプルな足の速さに関しては、元々内海に分がある。ユース時代も唯一勝てなかった項目だ。そう簡単に出し抜くことは出来ないか。
ならば手数で勝負と行こう。出来なくなったこと、衰えたものは多いが、その分フットサル部で学んだことだって沢山ある。
「クッソ、速いなっ!?」
「舌噛むでッ!」
足裏でボールを泳がせ、晒しては引き戻す。蹴り出すフリを何度も重ね、崩す。崩す。とにかく重心をブレさせる。
この辺り瑞希に受けた影響は大きい。コートが狭いフットサルでは、より確実に相手を抜き切らなければチャンスは生み出せない。一対一の勝負となれば尚更。
考え方としてはあの頃から変わっていない。ただ、相手の心をより強く、しっかりと折るためには、もっともっと手間暇を掛けなければならない。
「ちっとは上手くなったみたいやなッ!」
「よりによって陽翔に褒められると、最高だね!」
だが内海も簡単には倒れない。腰を深く落とし、どんなスピードにも対応出来るよう注意深く動きを観察している。中々スキが生まれない。
さて、頃合いか。
逃げてばかりじゃドリブラーの名も廃るってな。
「あれっ、もうおしまい!?」
「馬鹿言えっ!」
内海へ背を向け、右の足裏で弧を描くように半回転。再び向き合ったところで、素早く左のつま先で突き振り切りに掛かる。
一瞬だけボールの居所を隠し、僅かに晒す。喰い付いたところで、緩急で抜き去る。ブラインドターンとも呼ばれるフェイントだ。
「まだまだッ!」
完全に振り切ったと思ったが、思いのほか立ち直りが早い。
一度止まって中へ切り込む素振りを見せて、伸ばして来た脚の間を狙い、エラシコで股抜きを試みる。
「そう来ると思ったよ!」
「クッソ、駄目かッ!」
が、これは読まれていた。
しっかりと足を閉じ塞き止められる。
ボールを奪われたところで攻守交代。早速ケリを付けようと、右足を地面に叩き付け縦へ仕掛ける内海。
反発ステップとも呼ばれるもので、踏み込んだ勢いでトップスピードに乗ることが出来る、簡単だが非常に有用なテクニックだ。
内側に踏み込むこと自体がフェイントになっているので、よーいドンの形で一気に相手を置き去りにすることが可能となる。
ただでさえスピード自慢の内海がこれを繰り出すのだから、簡単には着いて行けない。だから何度も言っているだろう。守備は本業じゃないんだよ。クソが。
「雅也ッ!」
スライディングで阻止に掛かるが、僅かに出遅れてしまった。中央で待ち構える大場へクロスが上がり、ヘディングでいとも簡単にゴールへ突き刺す。
財部も一応マークには付いていたようだが、この辺り大場も上手い。
何度も何度もステップを踏み直し、ファーサイドへ逃げるフリをしてクロスのタイミングで一気にニアへ走り込む。ストライカー然とした卓越な動き出しだ。
「やっぱり、技術は衰えてないね。それどころか、前より上手くなってると思う。でも……キレは無くなってる。身体がイメージに着いて来れていない」
「……言われんでも分かっとるわ」
「いや、分かってないよ。今のだって、スライディングじゃなくて本気で僕を潰しに行くことも出来た。ていうか、あの頃の陽翔ならそうやってたと思う」
涼しい顔で問い掛ける内海。あれだけ長い時間守備に回っていたというのに、大したスタミナだ。
俺とて疲れているわけでは無いけれど、やはり目に見えない差がある。
余裕綽々ってわけか。
ウザいな。内海の癖に。ウザすぎ。
「……いいよ。怪我させたって。だから陽翔、本気で掛かって来てよ。死に物狂いでやってよ。スニーカーじゃ大変だろうけどさ。でもそんなの関係無いだろ? 陽翔なら」
「…………後悔しても知らんで」
「本気の陽翔と戦えないままの方が、よっぽど後悔するよ…………陽翔、気付いてる? 今の陽翔も確かに上手いけど……怖くは無いんだよ。そういうの、陽翔一番嫌いでしょ」
「……言ってくれんじゃねえか」
「あの頃の陽翔が、僕に散々注意してくれたことだよ。だから、頑張れたんだ。ただ上手い選手じゃなくて、相手から……味方からも恐れられるような、怖い選手にならないとって。産みの親がこの体たらくじゃ、失望しちゃうよッ!」
ボールを蹴り返し、力強く掌を合わせる。
もう一度掛かってこいと、そういうことか。
「来いよ、陽翔っ! 叩き直してやるからッ!」
「…………上等やッ!!」
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