337. それでいいんだよ
実際のところ、どうなんだろう。
俺にとってサッカーは、もう過去の思い出でしかない筈だった。勿論それらすべてを忘れてしまったわけではなく。こうしてフットサル部の連中と紡いでいる日々の土台として、今も奥底で息衝いている。
一方でどうしても後悔のようなモノが残っているのは、否定しようのない事実だった。
心のどこかで「またプロの舞台を目指したい」「このピッチでプレーしたい」という葛藤が、今に至るまでずっと続いている。
中途半端にサッカー部と関わりを持ったり、南雲と再会してしまったのが、良くも悪くも影響を及ぼしていた。わざわざこうやって舞洲を訪れている時点で言い訳のしようもない。
俺はまだ、過去の思い出の延長線上を生き続けているのだろうか。割り切っているつもりだっただけで、本当は……。
「…………分っかんねえ。いや、今の生活に不満もクソもねえんだけど。ただ、ふとした瞬間に思い出すんだよ。怪我しねえであのままサッカー続けてたら、どうなってたんかなって」
「……未練は残ってるんだね」
「そうかもな。でも、こういう気持ちそのものがアイツらに失礼だって、そんな気もするんだよ。フットサルじゃなきゃ……あのフットサル部じゃねえと意味が無かったんや」
フットサル部での活動とアイツらと過ごす毎日は、切っても切り離せない関係だ。だから、忘れる努力だけはしていた。
いつまでもサッカーに、過去の自分に囚われているのは、みんなを裏切ることなのだと。結局は当時の埋め合わせをしているに過ぎないと認めてしまうのが、あまりに恐ろしくて。
そうではない。俺がフットサル部で掴んだ信頼は。愛情は。決して継ぎ足しではなく、俺自身が望み、一から作り上げたものだ。それだけは否定したくなくて。
サッカーに。あの頃の俺に囚われ続けていたままでは、辿り着けなかった領域だ。とっくに分かっているし、当たり前のことなのだけれど。
「あれや。ハンパに調子ええから困っとるねん」
「……どういうこと?」
「ここまで来れば徹底的に、サッカーに戻れん身体なった方が良かったのかもしれんわ。或いは、二度とプロになりたいなんて戯言ほざけんくらい、ボキボキに折られるくらいによ」
サッカー部戦での勝利も、大会での優勝も、体育の授業でサッカー部中心の相手に圧勝したのも。思い返せば真琴のセレクションのときだってそうだ。
フットサル部の勝利であると同時に、サッカープレーヤーとして培ってきた、過去の遺産がもたらしたに過ぎない結果。
プレーヤーとしてもっと分かりやすく劣化していれば、余計なことを考えずに済んだのだ。でも、それを為されるがままに受け入れるわけにはいかない。
フットサル部だって最終的には全国の舞台を目指しているし、俺のプレーが大勢に影響を及ぼしてしまうのはもはや免れない運命。俺たちはいつだって、勝利を目指している。
サッカーのおかげでここまで来れたのに。
それを捨てようとしているから。
いつまで経っても煮え切れないままなのだ。
「……心はまだサッカー選手なんだね。そういう状況で、フットサルを続けるのが陽翔にとっては「裏切り」だと思っている」
「つまるところな」
「なるほどねー…………うん、確かに難しい問題だ。フットサル部での活動は、いま陽翔が抱えている大事なモノと、全部リンクしているから……尚更そう思っちゃうんだよね」
腕を組み難解げに首を回す財部。
分かりやすく完璧に説明するな。恥ずかしいな。
「要するに、敗北を知りたいってこと?」
「めっさ簡単に纏めたな」
「でもそういうことなんじゃない? 今の充実した生活を受け入れるのに、頭はともかく、心が追い付いていないんだ」
財部の言う通りなのだろう。これも無用に膨れ上がった中途半端なプライドのせいだ。ボール一つ隔てなければ、俺は何も出来ないまま。
折り合いは付けた筈なのにな。
人間そう簡単に変わらんわ。
「なるほどなるほど……………じゃあ、ちょうど良いんじゃない? そろそろ二人ともこっち着くと思うから」
「二人?」
スマートフォンを取り出し、誰かからの連絡を待っているようだ。何のことかと首を傾げると。
「廣瀬くーーんっ! わーお、本当に廣瀬くんだぁー! 内海くん、マジマジ! 本物だよっ!」
「分かったって雅也っ! 腕引っ張らないで!」
遠方から何やら俺の名を呼ぶ声が聞こえて来る。振り返った先には、あの頃よりほんの少しだけ背の伸びた、見慣れた顔が二つ立ち並んでいた。
「…………は? なんで居るねんアイツら」
「家で暇してたらしいから、呼んでみた。二人ともクリスマスだってのに彼女の一人も居ないんだから、こっち来てトレーニングでもすればって」
「それは知らんけどよ」
チームのトレーニングウェアに身を包んだ内海と大場が、グラウンドへ現れた。
色味の薄い能天気な甲高い声と、試合中に限ってよく響く爽やかな声色が舞洲に響き渡る。
「あははっ……久しぶり、陽翔」
「……脅かすなや。なんなんお前ら」
「いきなり財部さんから連絡来てさ。陽翔が自主練付き合ってくれるとか、ビックリして飛び上がっちゃったよ」
「んなん一言も言うとらんわ」
「だろうね……普通の格好だし」
どことなく頼りない顔でいつもヘラヘラ笑っていた内海だが……前よりほんの少しだけ顔回りがほっそりしている。一年も経たないうちに随分と大人びたんだな。
「へぇ~、廣瀬くんの私服って初めて見たかも。前よりちょっと痩せた? 脚は昔から細かったけどー……あー、でもそんなに変わってないかなぁ?」
「お前も相変わらずやな……」
辺りをぐるぐる回りながら俺を観察する。
見世物ちゃうぞ。無礼な奴め。
大場も大場で小さいままだ。でも身体つきはだいぶガッチリして来たな。
プロ入りを控え本格的に筋トレでも始めたのか。まぁ内海にしろコイツにしろ、言動は特に変わり無いか。
「なんだろう。普通にグラウンド居るし、なに喋ればいいのか分かんないや。ただ陽翔に会えるっていうモチベーション一本で来ちゃったから」
「ならもう帰ってええで」
「勘弁してよ……うん、でも、元気そうで良かった。ていうか、すっごい表情柔らかくなったね。簡単に笑うタイプじゃなかったでしょ?」
「お前までそんなこと言うのかよ。どんだけ俺のこと気にしてんねん。恋する乙女か。キショいな」
「中身は変わってないね。でも棘は取れた?」
「喧しいわアホ」
南雲も財部も、榎本にも同じことを言われたな。で、揃いも揃って嬉しそうな顔するんだから、やってられねえわ。
「ホントホント。こうやって練習以外で廣瀬くんと喋るのすっごい新鮮だよ。仲良くなれる前に居なくなっちゃったからさ。感動の再会だね」
「言うてお前とそこまで関わり無かったやろ」
「あははっ、確かに。でも南雲くんの言ってた通りだね。なんていうか、憑き物が取れたって感じ? そーゆー笑った顔の方が、廣瀬くんカッコいいよ」
「大場に言われてもな」
「えー? でもなんか嬉しそう」
「幻覚や、幻覚」
二人して似たように笑う。そこまで死にそうな顔してたのかよ俺って。自覚が無いわけでもないけど、言うほどやろ。
…………悪い気は、しないけどな。改めて顔付き合わせて喋ってみたら、存外ただの同級生なんだから、不思議なものだ。あの頃の俺に聞かせてやりたいよ。
「さてと……メンバーも揃ったし、ただボール蹴るだけじゃ陽翔もつまらないんでしょ。ちょっと本気出してみなよ。この二人相手なら不足は無いだろ?」
「まぁウェア着て来とる段階で予想は付いとったけど……仮にもオフシーズンやろ。アップもせんと怪我の元やで」
どうやら財部は二人と勝負させたいらしい。
乗り気ではなかった。こんなの負け戦も良いところだ。現役バリバリ、内海はプロ契約済みで、大場もトップ昇格が内定しているようなもの。今の俺に勝てる相手ではない。
だからこそ、この二人なのか。こんな話になるのを見越して呼んでいたのだとしたら、先見の明にもほどがある。
いや、そこまで深くは考えてないか。
面白がっているだけだ、コイツは。
「ちゃんと毎日身体動かしてるし、その辺りは心配しなくていいよ。オフに身体を休めるのは30歳越えてからで十分って、陽翔が言ってただろ」
「……覚えとらん。言うたっけそんなこと」
「とにかく、気にしなくていいから。ちょっと勝負しようよ。僕と雅也、陽翔と財部さんで2対2」
「いいね、いいねっ。一回ぐらい廣瀬くんボコボコにしてみたかったんだ。いっつも負けてばっかりだったし」
「……ほーん。今の俺なら余裕で勝てると?」
駄目だ。さっき思ったのと真逆のこと言ってるじゃねえか。芯というものをしっかり持て。
いやでも、仕方ないだろ。
別にコイツらがどれだけ上手くなったとか、俺が下手になったとか、ぶっちゃけ関係無いんだよ。んな簡単に白旗上げて堪るか。そこまで軟なプライドは持ち合わせてねえんだよ。
クソ、我ながら単純すぎて呆れる。
財部の思惑通りじゃねえか。
「……そうそう。それでいいんだよ。陽翔」
「あ? ブツブツ言うな。準備しろ」
「はいはい。さて、俺も本気出しちゃおっかな!」
悪いみんな。だいぶ帰り遅くなるわ。
当たり前だろ。勝つまで続けんだから。
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