428. Boyhood 3-12


「おっしゃあ! ナイッシュー廣瀬!」

「ハットトリック狙っちまえ!」

「ナイスゴール、陽翔!」

「流石だねえ廣瀬くん!」


 前半28分。試合開始早々の離れ業に続き、陽翔の左脚から得点がもたらされた。ゴールから距離にして24メートルほどの位置からフリーキックを直接叩き込む。


 内海、大場を中心にピンクのユニフォームを纏うチームメイトたちが歓呼の声と共に彼を祝福する。が、やはり顔色一つ変えずにハイタッチのみでさっさと自陣へ駆け戻る陽翔。



「クッソ……あの位置から撃たれちゃもうどうしようもねえ……おいみんな、切り替えや切り替え! 攻撃力ならこっちも負けてへんでッ!」


 一気にテンションを下げるチームメイトを必死に鼓舞するガンズの心臓こと甲斐純也だが、表情は浮かばれない。

 まだ前半の半ば、夏場にしては比較的涼しい気候だというのに、額からは大量の汗が零れ落ちている。



(春季リーグで戦ったときはこんなに連携良くなかったやろ……! 廣瀬中心っちゅうか、ウイングが開くだけでこうも違うチームになるんか……!?)


 公式戦や練習試合も含め今年に入ってから何度も戦っている両チームだが、以前との明らかな違いを甲斐も感じていた。


 彼らはトップチームが採用しているポゼッションに比重を置いたサッカーを踏襲しているが、セレゾンユースは江原の就任以降、カウンターを主体とした戦術へシフトチェンジ。


 だがこの試合に限ってはボール支配率、チャンスの回数もセレゾンが大きく上回っている。2-0というスコア以上の差を見せつける内容だ。



(アカン、アカンわこれ……!どうにか早く廣瀬を潰さな、前半で試合が終わっちまう……! 何点差付けられるか分からへんで……!)


 次第に増す焦燥も他所に、試合は再開される。

 ガンズは自陣でゆっくりボールを回すが……。



「雅也ッ! 取れるよ!」

「はいはいはいッ!」


 左サイドバックがコントロールでもたついている間に、大場が素早く身体を寄せボールを奪う。一気にカウンターのチャンス、押せ押せの展開だ。



「廣瀬くん、逆サイド!」


 ワンテンポ遅れて走り込んた陽翔へ横パス。これにも甲斐は反応していたが、陽翔の足裏を用いた軽快なコントロールに守備の一歩を踏み出せない。


 流石に痺れを切らしたのか、左脚を伸ばしボールを奪いに行く。が、やはりそのタイミングを見計らっていた陽翔。


 細やかなタッチでボールを引き戻すと、ダブルダッチで簡単に振り切り背後のスペースを解放させる。もう一人のディフェンダーが寄せて来たところで、一気に逆サイドへ展開。



「出たーっ! 十八番のラボーナ!」

「黙って走れボケッ!」


 浮かれる大場を一喝し、ペナルティーエリア内へ走り直す陽翔。軸足の後ろから蹴り足を交差させボールを放つ、ラボーナと呼ばれる曲芸だ。


 小さなモーションにもかかわらず、ボールはペナルティーエリアを縦断し反対サイドの内海へピタリと収まる。スタンドにはざわめきに似た歓声が広がった。



 一般的に試合中は使われないテクニックであり、技術を誇示するために用いられることがほとんどなラボーナ。だが陽翔は、相手の守備のタイミングを狂わせる目的でこれを多用する。


 その理由は「わざわざラボーナをやるだけの余裕がある」と相手へ精神的な圧力を掛けるためだ。これは彼自身しか知り得ない事実であった。



「そういうの試合が決まってからやりなって!」


 やや呆れた様子の内海ではあったが、表情は晴れやかなものだ。これを冷静にトラップしドリブルを開始。


 既にカウンターと呼ぶには味方も相手も揃い過ぎているが、浮足立つ今のガンズ守備陣を相手にすれば、それほど難しい作業にはならない。



「仕掛けて来るぞッ!」

「二度も同じ手でやらせるかよっ!」


 カットインを図る内海。慌ててサイドバックの選手が対応に入るが、スピードに乗った内海を捕まえ切れない。堪らずセンターバックが身体を寄せに掛かるが。



「英斗、スイッチ!」

「分かってるよ!」


 二人のディフェンスが喰い付いたところで、内海は左足を残しバックヒール。

 これを走り込んで来た友永が拾い、一気にスペースへ抜け出す。


 ワントラップからニアサイドへの低いクロス。

 待ち構えていた黒川が飛び込むが……。



「違うッ、ファーサイドだ!」

「クソッ、また囮かよッ!」


 友永の狙いは黒川ではなく、遅れてペナルティーエリアへ走り込んでいた大場だった。逆サイドに人数が集中し、完全にフリーになっていたのだ。


 先ほどに続き中々良い場面でラストパスを貰えない黒川。苛立ちこそ隠せないが、結果的に相手ディフェンスを欺く上で重要な役割を果たす形となった。



「おっしゃ」

「雅也、ナイスゴールっ!」


 これを難なくインサイドで流し込み、三点目。スタンドから地鳴りのような歓声が響き、ピッチでは大場を中心にまたも歓呼の輪が広がった。


 前半だけで三点差。絶望的なスコアだ。


 更なる追加点を目指そうと活気に満ち溢れるセレゾンとは対照的に、すっかり静まり返ってしまったガンズ大阪の面々。流石の甲斐純也もこれには掛ける言葉も見つからない。



「……アカン、これ以上は……ッ!」


 プロにも見間違う流暢なパスワーク。

 起点となったのは、やはりどうしても廣瀬陽翔。


 それも自分が彼を捕まえ切れなかったが故の失点だ。甲斐はやるせない心境を丸ごと飲み込み唇を噛んだ。



(メッチャ悔しいけど……認めざる得ないわな。手段を選らんどる場合ちゃう……!)


 ガンズのキックオフで試合はインプレーへ戻る。前半終了まで残り5分ほど。なんとか一点だけでも返そうと、パスを受けた甲斐はディフェンスラインから一気にロングボールを供給。


 幸いガンズのFW陣は、セレゾンのDFたちよりも背の高い選手が揃っている。前半からパワープレーを仕掛け危険性は彼も重々承知していてたが、沸々と心を覆い隠す焦りが甲斐の判断を鈍らせ始めていた。






「…………ん? 雨か」

「予報では試合が終わった頃から降り出すって話でしたけど……ちょっと早かったですね」

「まぁ、大勢に影響は無いだろうがな……」


 こちらはセレゾンユースのベンチサイド。テクニカルエリアで戦況を見守る江原と財部、小刻みに肩を叩く雨粒に気付き天を見上げる。


 意固地になっていた江原も、ここまで圧倒的なゲームを展開させられては何も指摘できまいと、すっかり口をつぐんでいた。財部も満足そうに眼を細め試合を眺めている。



「後半からどうしましょうか。隼人がちょっと合ってないですね。雅也を中央に動かして、ジュリーを右に入れてみては?」

「…………王様の気紛れに付き合うのはこの試合限りだ。黒川は動かさない。あともう一点入ったらいつものシステムに戻す……昨日話し合っただろう」

「でも見てみたくないですか? 功治とジュリー、そして雅也の快速スリートップを自在に操る陽翔。あれだけ長いボールを蹴って来れば、ここからはカウンターし放題ですから」

「…………考えてはおこう」


 これだけ新戦術の有用性を見せつけられては、江原も認めざるを得なかった。自身の拘りを捨て切れない側面はあったが、彼も一介のサッカー人。


 身内でさえも興奮させる魅力的なアタッキングスタイルに、江原も少しずつ考えを改め始めていたのだ。



「カードか」

「甲斐ですね。さっきから激しく当たっていましたし、流石に取りましたか…………あれ、隼人大丈夫かな」

「おい、様子を見に行け」


 強引なタックルを受けピッチへ倒れ込んだ黒川を、両軍の選手たちが囲んでいた。江原の指示でチームドクターが派遣され、同時に担架も運び込まれる。


 少し間を置いて、黒川は立ち上がった。やや足を引き摺っているが、どうやら軽度な打撲程度で済んだようだ。



「怪我だけは気を付けて欲しいですね……ここの芝生、ちょっと硬いですから。しかも雨まで降って来ると……ガンズも少し荒れて来ていますし」

「この調子じゃ自滅して終わりだろう」


 一方的な展開になったことで、集中が切れて来ているのか。あまり興味無さそうに首を回す江原を尻目に、財部は手前サイドの大場を呼びつけ簡単に指示を送り、ピッチを見渡した。



(そう言えば、さっきから陽翔も運動量少ないな……状況も状況だし、省エネペースってところか)


 自分に関係の無い場面ではほとんど守備に回らない陽翔だが、ここ数分は自陣へ送り込まれるロングボールを歩きながら眺めているだけの陽翔。


 いつも通りの光景ではあるが。

 この胸のざわめきはいったい。



 雨は次第に強さを増していく。


 

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