427. Boyhood 3-11
『ふむ……今日はウツミを左のエストレーモに置いたか。まぁ彼は高い位置でノビノビとプレーさせるべきだな。守備の負担が少なければ少ないほど真価を発揮する。オオバも同様だ。右サイドは適正では無いだろうが』
『トップと同じ形ですね。何かエハラに助言を?』
『私はただ「全員の個性を活かした戦い方をして欲しい」と言っただけだ……ピボーテにカタギリとオサダ、ミヤモトは右のラテラルか。興味深いな』
『タカラベの進言でしょうか』
『恐らく。トモナガも一度、左ラテラルでのプレーを見てみたかった。守備も悪くないし、両足で正確なパスが出せる。チーム全体で彼をコントロール出来れば、面白いモノが見られるだろう』
スタジアムのVIPルームに腰を下ろしたトラショーラス。通訳から受け取った今日のメンバー表を片手に、自慢の顎髭を擦り目を細める。
その隣に座る通訳。どこか意図的にも見える彼のシステム考察に苦笑しつつも、トラショーラス自ら視察を希望した「お目当て」の名を挙げる。
『ヒロセに触れないのはわざとですか?』
『わざわざ指摘する必要があるのか? ……ヒロは生まれながらにしての10番だ。二枚のピボーテとスリートップ、この莫大なスペースにたった一人身を置くことで、その真価が発揮される』
『随分と高く評価しているのですね。本来ならトップ下はマルティネスのポジションだというのに』
『シーズン半年で三度目の負傷離脱だ。全幅の信頼を置くことは出来ない。彼のタフネスな一面もトップの人間には大きな刺激となるだろう』
記念撮影を終えた両チームのスターティングメンバーがピッチへ駆け出し、スタンドから歓声は大きな歓声が上がった。
ユースの大会にもかかわらず、ゴール裏はセレゾンのチームカラーであるピンクで埋め尽くされた。反対サイドにも青と黒で彩られるガンズ大阪サポーターが多数集結している。
『実に素晴らしい雰囲気だ』
『ええ。サポーターたちにとっても、再来週のウォーミングアップにはこの上ないでしょう』
『あまり過剰な期待は寄せないで欲しいが』
ホイッスルが鳴り響く。
黒川がボールを自陣へ戻し試合がはじまった。
(キミの持ち合わせるすべてを、このピッチで披露してくれたまえ。なに、恐れることは無い。いつも通り、楽しませておくれ。ヒロ)
* * * *
「内海ッ、じっくり!」
「分かってる!」
左サイドを起点に攻め上がるセレゾンユース。
今日はサイドバックとして起用された友永。珍しく左ウイングでのプレーを言い渡された内海へ鋭い縦パス。
振り向くフリをして、簡単に中盤へと預ける。ボランチの一角で起用された二年の長田は、U-23でもプレーしているスキルフルな司令塔だ。
落ち着いて周囲を確認し、逆サイドに張る宮本へピッチを横断するロングフィード。再び最終ラインを中心としたポゼッションが始まる。
(うーん、やっぱり警戒されてるな……)
この数週間、ユースは新しいシステムを想定したトレーニングに励んでいた。トップチームが採用している、中盤の三人を三角形に見立てた4-3-3。
これまでチームの基本システムだった4-5-1と比べ、ウイングが幅を取ることでサイドアタックがスムーズに行える半面、トップ下が剥き出しになり負担が増大するという難点がある。
圧倒的な「10番」無しには成り立たないシステムと言える。そしてその10番こそ、背中に同じ番号を背負った陽翔の役割であった。
(どうにかマークを分散させたいな……)
ピッチ中央で何度も動き直しを図る陽翔を横目に捉える。彼の後ろには、マンマークに着いていると思わしきガンズ大阪のディフェンダーがピッタリと張り付いていた。
(でも、陽翔なら……)
とっくの昔に理解していることだ。
陽翔が輝けば、自分も輝ける。チームと自分自身。そして彼が更に上のステージへ到達するために、決して避けては通れない道のり。
出来ることはたった一つ。
チームを信頼すること。
(よしっ、行ける……ッ!)
最終ラインから鋭い縦パス。
内海は裏のスペースへと走り出す。
「今日はこの辺でようお会いしますなァ!」
「うるっさいなお前さっきから……」
こちらはピッチ中央での攻防。
陽翔がゴールに背を向け縦パスを受けると、彼に負けず劣らず長い髪の毛を揺らした背の高い少年がガッチリと肩を掴みボールを奪いに掛かる。
ストッパーとしての類稀な能力は勿論、左足から繰り出される高精度のパスで攻撃を司るチームの心臓。
世代別代表にも召集されている、陽翔と並び大阪きっての有望株として知られている選手だ。
「いやぁ、まさかこのオレがユースの試合でマンマークを任されるとはねぇ! 本当ならオレがされる立場なんやけどなァ!」
「よう喋るな。舌噛むで」
「そらお互い様ってヤツやろッ!」
ファール上等の激しいチャージ。
陽翔は一旦ボールを後ろへ戻す。
甲斐は全国の名だたる猛者たちと相見えて来た陽翔も認めている、数少ない実力者であった。本来はDFの選手だが、今日は一列前、4-4-2のボランチで起用されているようだ。
「聞いたでぇ? なんでも再来週の大阪ダービーで最年少デビューらしいな。いやぁ感慨深いのぉ。同じ世代でガッツリやり合って来た戦友がついにプロ入りとは、あの純也さんさえも驚き桃の木ですわ」
「言うてお前もデビュー近いんやろ」
「せやなぁ。流石にトップは難しいかも分からへんけど、この大会が終わったらU-23に合流らしいな。まっ、今日の続きはプロの舞台でジャギっとやったりましょかッ!」
「アホ抜かすな。お前がトップに上がった頃には、俺はもう日本に居ねえよ。思い上がるなクソサブカルパーマ野郎」
「ドアホッ! 天然やっちゅうねんッ!」
「……だから、喋り過ぎなんだよ」
陽翔は一気にギアを上げ、左サイドへ斜めに駆け出す。友永から供給されたパスが中盤の長田へ収まり、一瞬の余裕が生まれたまさにその瞬間であった。
「あっ、やっべ!!」
慌てて後を追う甲斐。パスを受ける陽翔、足裏を巧みに用いクルリと反転。
必死に足を伸ばす甲斐だが、淀みの無い陽翔のトラップが僅かに上回った。左脚から繰り出されたスルーパスが、ガンズ大阪ユースの右サイドを切り裂く。
(お前なら当然追い付けるよな、内海ッ!)
一瞬のアイコンタクト。
陽翔が見逃すはずもない。
サイドを疾走する内海、タッチラインギリギリのところでどうにか拾い切り、ゴール前を見渡す。
エリアへ走り込む黒川。
その奥から飛び込んで来る大場の二枚。
だが内海はクロスを選択しなかった。
単に枚数が足りないという問題もあったが。
「自分で来るぞッ! コース絞れッ!」
相手選手の絶叫が響き渡る。ディフェンスの戻りが遅く、暫し自由の時間を与えられたことも内海のチャレンジ精神へ火を着けた。
一気にペナルティーエリアへ侵入。ゴール下右隅を狙い、左脚を振り抜く。シュートともクロスとも呼び難い絶妙なコースだ。
「クッソ!」
ファーサイドから飛び込んだ大場だったが、相手選手と交錯する。先に触れこそしたが、相手の足に当たりセカンドボールはゴール前で高く舞い上がった。
待ち構えていた黒川、同じく長身のディフェンダーと激しい空中戦。だが一瞬の遅れが仇となり、エリア外へとヘディングでクリアされてしまう。
「陽翔ッ、拾える! そのままッ!」
内海がその名を叫ぶよりもずっと前に、陽翔は反応していた。誰よりも早く落下地点を予測し、身体を投げ出さんとする勢いでボールへ飛び込む。
自由にはやらせまいと、甲斐も激しく当たりに行く。ペナルティーエリア僅か外で繰り広げられる壮絶なポジション争い。
どうにかボールを収めた陽翔だが、再び甲斐が後ろからしっかり身体を寄せ前を向くことが出来ない。二次攻撃を目論みボランチ二人がフォローに入るが。
「やれるもんならやってみろやッ!!」
今にもバランスを崩しピッチへ倒れようとしている。体格差では劣る陽翔、流石にここは甲斐のハードタックルが上回る。
かと、思われた。
「なァッ!?」
「うっそ、なにそれスゴッ!!」
裏返った甲斐の絶叫。
目を見開く大場の歓声が重なる。
甲斐が足を伸ばしボールを奪おうとした瞬間。陽翔は右足の踵を彼に向かって蹴り上げ、大股を空けていた彼の足元を通過させる。
残った左足で地面を蹴り込み、素早く反転。その場で転倒した甲斐と一瞬で入れ替わってしまった。
(わざと体勢崩しやがったなァ!?)
そのままゴールへと突き進む陽翔を横目に、甲斐は一連の動きの正体を悟った。敢えてこちらへ体重を預けバランスを崩し、自分が足を開くタイミングを、陽翔はずっと窺っていたのだ。
カウンターへのリスクマネジメントを第一に考えるべき状況で、陽翔は甲斐を出し抜く術を冷静に探し続けていた。
敵はおろか、味方でさえも想像出来ないゴールへの執着心。
技術、フィジカル、戦術眼。
そのどれもが、彼には余計なモノ。
すべてはゴールのため。飽くなき結果への焦燥と心の渇きこそが、彼をセレゾンユースの10番たらしめる絶対的根拠であった。
スタンド、ベンチから絶叫が轟く。
左足インサイドから放たれたコントロールショットが、キーパーの伸ばした右腕から逃げるようサイドネットへと収まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます