426. Boyhood 3-10
セレゾン大阪がホームグラウンドとして使用している、永易公園敷地内の陸上競技場。そのすぐ近くで建設工事中の球技専用スタジアムから歩いて数分。
永易第二とも略される、セレゾンの冠スポンサーの名が付けられた陸上競技場。これがセレゾン大阪ユースのホームグラウンド。
収容人数は10,000人にも満たないが、メイングラウンドにも劣らぬ大型オーロラビジョンと美しい芝生を兼ね備える、セレゾンのクラブ規模を窺わせる現代型のスタジアムだ。
「廣瀬選手、今日の試合について一言!」
「大阪ダービーでの最年少デビューが噂されている件について、どのようにお考えですか!?」
「廣瀬くーん。偶には取材にも応じてくれよー」
「おい、押すなって!」
「カメラ見てくださーい!」
トップチームとの唯一にして最大の違いは、スタジアム内にプレスルームと呼ばれるメディア向けのエリアが存在しないこと。
基本的に自宅から現地集合であるユースの選手たちは、関係者エリアまで野ざらしの状態になってしまう。
ユース選手の取材など普段は静かなものだが、世代別ワールドカップで活躍し、プロデビューが噂される陽翔ともなれば、メディアからの注目度も段違い。
永易駅に降り立ち公園の敷地内へ足を踏み入れると、瞬く間に陽翔は多数の地元メディアを中心としたインタビュアーに囲まれてしまった。
「はいはい、通してくださいっ! そーゆーのはクラブの広報を通してからでお願いします! 取材の機会は試合後にも設けますから、すみませーん!」
慌てて施設内から走って来たクラブの男女二人の広報が、十数人に及ぶメディアの群れへと飛び込み陽翔を捕まえる。そのまま腕を引っ張って関係者エリアへと連れ込んだ。
「こうなることくらい分かってたでしょ! ていうか昨日伝えたよね!? ここに来るまでセレゾンのジャージ着ないで、ちゃんと眼鏡掛けるなり変装しろって!」
「なんも喋らんわ別に。問題あらへんやろ」
「その辺は廣瀬くん信頼してるけどさ……もしメディアに囲まれて怪我でもしたらどうするんだよ。自分だけの問題じゃないんだから!」
なんでアイツらのペースに合わせなアカンねん。アホくさ。そんな一言を残し、陽翔は広報担当の男の声を振り切ってロッカールームへと向かう。
関係者エリアの手前では、多数のメディアに囲まれた片割れの女性が質問攻めに遭っていた。よほど陽翔の取材をしたくて堪らないのだろう。
まだ15歳の少年に寄ってたかって過剰な期待を寄せる。日本のスポーツメディアも昔から変わらないなと、陽翔への心配も他所にため息を漏らす広報担当である。
小学生の頃からほとんどのカテゴリーを飛び級で消化して来た陽翔は、関西きっての天才サッカー少年として何かとメディアの注目を集めている存在だった。
世代別ワールドカップの前まではそれなりに真面目な態度で取材に応じていたが、やはりその大会での活躍が大きかったのか。日に日に増えていくメディア対応に陽翔もストレスを溜めている。
無愛想な態度と忖度の無い言葉選びが根本ではあるが、何かと発言を曲解されて記事にされてしまうのも、陽翔からすれば不満を溜める要因ではある。
先の大会で、試合後のインタビューにいきなり英語で答えはじめ勝手に切り上げるという珍事はネットニュースでも配信され、SNS上でも話題になった。
不器用な人となりと、マスコミの悪い部分が見事に調和した結果。メディアを通じてしか彼を知らない一部のサッカーファンからは「調子に乗っている」「実力はともかく人間性に問題がある」などと理不尽な批判を浴びせられることも多い。
一概にすべてが間違っているとは彼らも断言出来なかったが、あくまでそれは陽翔という人間の一部分を切り取った断片的な要素だ。
当人はあまり気にしている素振りを見せないが、こうした出来事も広報の頭を悩ませる問題の一つであった。
「またメディアに追い掛けられてた?」
「まぁ、そんなとこ」
「最近多いよね。やっぱり注目されてるなあ」
ロッカールームに到着すると、一足先にトレーニングウェアへ着替え簡単な準備運動で身体を暖める内海と合流した。どうやら陽翔が一番遅い到着だったようで、既に他の面々も姿を見せている。
すると二人のやり取りを遠巻きに眺めていた黒川が不快げに鼻を鳴らし、小馬鹿にするような笑みでこう切り出した。
「良いご身分だな。メディアに囲まれてスター気取りってところか?」
「勘違いはしたくないっすわなあ」
続けて宮本も憎たらしい顔で黒川に同意する。
江原がユース監督に就任し、戦術的な要素もあって何かと重宝されるようになった二人だ。
ここに来てようやく陽翔を追い越すことが出来たと感じているのか、敵対心は前にも増し鋭利さを孕んでいる。
「……ホンマ変わらねえのな、お前ら。俺一人抜けただけで急に負け越すような下手くそ共が、なに調子乗っとんねん」
「アアっ? なんだとテメェ……ッ」
「まぁまぁ、落ち着けよ宮本……でも廣瀬、そろそろ現実ってものをしっかり見た方が良いかもしれないぜ。お前はたかがユースの10番。俺たちはこの大会が終わったら正式にU-23の仲間入りだ」
「へぇー……そうなんだー」
自慢げな黒川の発言に素朴なリアクションを取る大場。彼の言う通り、黒川と宮本、そして内海もこのユース選手権を最後に、U-23チームへの本格的な合流が内定していた。
「トラショーラスのお気に入りはお前だけじゃないんだよ。オレも宮本もトップの練習には参加してるし、目を掛けて貰ってるんだ」
「クロはすげえぜ。この調子でいけばU-23でもデビュー出来そうやからな。俺も期待してるって、トラショーラスに言われたよ」
「お前が単なる早熟の天才に過ぎなかったってことを、このユース選手権でたっぷり証明してやるよ。まっ、お前がそもそも試合に出られるかは分からねえけどな」
「媚びの一つも売らねえでプロでやってけるわけねえやろ。お前と違って、俺らはチームのためにプレー出来るんや。精々ユースでお山の大将やってろ」
交互に口を挟み悪意丸出しでほくそ笑む黒川と宮本。陽翔がU-23チームへは合流していないこともあって、よほど自信を深めているらしい。
それにしたって大事な初戦がもうすぐ始まるというのに、相変わらずチームの雰囲気は最悪だ。
内海は一人肩を落とした。この状況を打破するだけの発言力を持たない自分自身へも、猶のことが腹が立って仕方がない。
「うーん……でもさ二人とも。昨日のネットニュースとか見てないの? 廣瀬くん来週の大阪ダービーで……」
大場がそこまで言い掛けると、ロッカールームのドアが開く。いつもと変わらぬ尊大なオーラを振り撒き、江原が現れた。続けて財部も姿を見せる。
「10分後、Bルームでウォーミングアップだ! すぐに支度をしろ! 一秒でも遅れたら今日の試合で出番は無いと思え! 良いなッ!」
どうにも苛立っている様子の江原。まだ誰も怒らせるような真似はしていないというのに、今日は一段と機嫌が悪い様子。
すぐにロッカールームから姿を消した江原の代わりに、作戦ボードを小脇に抱えた財部が苦笑交じりにその正体を語り明かす。
「……朝からずっとメディアに追い回されてご機嫌斜めなんだよ。今日こそスタメンで使うのか、最近の起用法はどうなんだって……流石にここまで来たら誤魔化しは効かないだろうからね」
「なんのことですか?」
「まぁ色々とあるのさ。ほら、準備してみんな」
財部の要領を得ない返答に、質問主である友永は首を傾げた。ユースではSNSの使用が基本的に禁止されている。彼も直近の陽翔を取り巻く現状をあまり知らなかったのだろう。
「…………やっぱり、そうなんだね」
「さあな。取りあえず勝ちゃええんやろ。勝ちゃ」
内海の真剣な眼差しもどこ吹く風。
一人飄々と準備を進める陽翔である。
試合開始まであと3時間。それぞれの思惑を胸に、キックオフのホイッスルは刻一刻と近付いている。
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