424. Boyhood 3-8
これまでの貯金やライバルチームが勝ち点を落としたこともあり、残りの春季リーグを1勝2敗と躓きながらも優勝を果たしたセレゾン大阪ユース。
7月中旬から開催されるプロチームの下部組織による全国大会、クラブユース選手権ではグループリーグを免除されるシード権を獲得している。
もっとも、陽翔がこのユース選手権に出場することはもう無いだろうと、大方のメディアは予想を並べている。
昨年、彼が14歳だったときには既に出場を果たしており、世代別ワールドカップへ招集される呼び水となった大会だ。
ユース世代でこれ以上やることは無い。
廣瀬陽翔というプレーヤーへの共通認識である。
「ジュリー! シンプルに!」
内海の掛け声と共に、チームのなかでもひときわ目立つ色黒の少年がサイドのスペースへ飛び出す。タッチラインを割り掛けたが、恐るべきスピードでボールを拾い出した。
「クロスっ! ニアサイド!」
大場がディフェンダーと激しくやり合いながらボールを呼び込む。
視線を重ねた彼はニヤリと白い歯を輝かせると、対峙していたマーカーをアウトサウドの細やかなタッチで振り切り、ペナルティーエリアへドリブルで侵入。
「ちょっと、そうじゃないって!」
「雅也それじゃ通じない! ポルトガル語!」
「んなのもっと分かんないよ!?」
慌てる大場へは目もくれず、そのままディフェンダーを振り切りシュート。豪快にネットを揺らし得点が生まれた……が、これに納得の行かない様子の江原。
「違うカトウッ!! さっき説明しただろっ! 一度ポストに当てて、そこからサイドだ! 勝手なことをするなッ!」
「…………??」
「だから日本語をさっさと覚えろと……! この調子じゃ試合では使えんぞ、分かったな!」
「……
「……絶対適当に返事してるよね」
「うん。たぶん褒められてると思ってる」
呆れ顔の内海と大場である。
江原に怒鳴られている褐色の肌が特徴的な少年は、名をジュリアーノ・カトウという日系ブラジル人。年齢は陽翔らと同じ15歳。あだ名はジュリー。
母国のチームをクビになったことをきっかけに一念発起。家族の協力を経て僅かな財産を売り飛ばし、飛行機代を捻出。ルーツのある日本へたった一人で移住を決断したという、特異な経歴の持ち主だ。
晴れてセレクションに合格しセレゾンユースの一員となったジュリーだが、来日して数ヶ月とだけあって未だ日本語は話せず。江原やチームメイトたちを困らせている。
だが実力は折り紙付きだ。内海以上のスピードと、陽翔にも匹敵すると称されるテクニックを兼備し、サイドを自在に突破する典型的なドリブラー。
一方で、守備面で手を抜きがちな陽翔以上に気紛れなプレーが目立つ。好不調の波が激しく言語の問題もあって、指導陣からすれば起用するには少々勇気のあるプレーヤーである。
「問題児ばっかり増えてるな。まったく、同じユニフォーム着させられるこっちの身にもなってほしいものだよ」
「ホンマっすよねえ」
水分補給をしながら様子を眺める黒川と宮本。
言っていることとピッチで見せるプレーがどうにも釣り合わない点はともかく、彼らも新たなライバルの台頭に頭を悩ませている。
セレゾンユース史上、最強の黄金世代。
彼らがこの手の枕詞で呼ばれ随分と経つ。
一年生の選手たちが中心となり構成されたユースチームが、全国の強豪ひしめくU-18リーグの一部で優勝を果たしたことは、専門誌だけでなくサッカーメディアでも大きく取り上げられた。
セレゾン大阪のようにU-23チームを結成しプロの三部リーグへ参入しているチームは、同じ大阪に本拠地を置くガンズ大阪や東京のクラブ合わせて四つしかない。
若手の実戦経験の機会を増やすために設けられた特例だが、どこのクラブでも同じことが出来るわけではない。
若い有望な選手がトップとユース合わせ数多く所属していることが、暗黙の参入条件となっている。セレゾンの育成力がサッカー協会からも認められていた末の結果であった。
三年生の多くをU-23チームに吸い上げられても、一年主体のチームがユースの大会で結果を残している。メディアが過剰な期待を寄せても不思議ではない。
更にこの世代には、世代別代表にも選出されている選手も多い。内海もすっかりU-16代表の常連だし、黒川もエースとして活躍を見せている。既にセレゾンを離れた南雲も名を連ねている。
大場と宮本は当落線上。ジュリーやその他のスタメンクラスの一年生も、トレーニングキャンプへは呼ばれている。これだけの選手が同じチームのユースへ集まるのは非常に珍しいことだった。
何より、廣瀬陽翔。
彼らのことを一括りに「廣瀬世代」と呼ぶメディアまで現れていた。サッカーファンだけでなく、彼の名前がライト層や一般市民へ知れ渡るのも、もはや時間の問題であった。
(結果的にゴールなっとるやろダボが……あんなカチコチの限定的なパターン練習でジュリーが活きるかよ)
そんな状況でも、江原による冷遇は続いている。
自身の信奉する戦術へ異様なまでの拘りを見せていた江原と、彼の提示する凝り固まった戦術練習や起用法に不満を隠さない陽翔。
時間はなにも解決してくれない。
関係は軋轢を増す一方である。
結局、陽翔はスタメンを外された春季リーグの一戦以降、一度も公式戦で起用されていなかった。偶の練習試合でも控え組に回され、希望するトップ下でのプレーもままならない。
これまで一度も経験したことの無いセンターバックでのプレーを命じられたときは、流石に怒りを抑え切れなかったのか。
試合開始直後から怠慢な動きを繰り返し、僅か10分で交代を告げられるという事件まで発生する。
様々なポジションを経験することでプレーに幅が生まれる。クラブの首脳陣から追及された江原はこのように躱していたが。
明らかな私怨に近い感情が影響していることは、もはや誰の目から見ても明らかであった。
「廣瀬、次だッ! 準備しろっ!」
「こんなワンパターンの練習に意味あるかよ」
「おいッ! 聞いているのかッ!」
「脚、傷めたっぽいんで。ちょっと抜けます」
江原はまだ怒声を飛ばし続けていたが、陽翔は気にも留めずトレーニングから抜け、クラブハウスへと姿を消してしまう。
そんな彼の姿を、セレゾン大阪の強化部の人間らがスタンドから様子を伺っている。現場とのコミュニケーション不足がサポーターからさえも指摘されている、あまり評判の宜しくない面々。
「やはり、練習態度には少々問題があるな」
「二年前トップに居たエルナンデスみたいだね。彼も気紛れで怪我だなんだと言い訳して、よく練習を抜け出していたよ」
「実力はともかくなぁ……」
元々は江原の下で働いていた現在の強化部。個人的理由で歪曲された情報を鵜呑みにしている彼らは、陽翔のトップチーム昇格に二の足を踏み続けている。
とはいえ陽翔にも原因が無いわけではない。
春季リーグではラフプレーで何度か退場処分を食らっていたり、大勢が決した試合で明らかな怠慢を見せたりと、日に日に募らせていくストレスが彼の評価を揺らがせていたのは事実。
ユース世代では飛び抜けているが、プロで通用するには時間が掛かるだろう。強化部の目はそう読んでいた。節穴も良いところだと財部をはじめ現場関係者も業を煮やし続けていたが。
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