423. Boyhood 3-7


「全員揃ったな。先発はキーパー関口、DF右から横尾、宮内、奈良沢……」


 春季のU-18リーグも佳境へ迫っていた。

 圧倒的強さで首位を独走するセレゾンユース。


 並行して行われているプロ三部へ参戦するU-23チームに、既に三年生の多くが合流していた。現在のユースチームがは多くが一、二年生がスタメンを占めている。



「ボランチ片桐、宮本。右サイド内海、左に友永」


 江原の野太い声を響かせるなか、ロッカールームで着替えや軽いウォーミングアップに勤しむ選手たち。


 だが次に呼ばれた名前は、その場に居た選手全員を驚かせた。



「……トップ下、都築。ワントップ黒川」

「…………は?」


 誰もが顔を見合わせ驚きを隠せないなか、端で靴紐を結んでいた陽翔は不満げに眉をひん曲げ、声にならない声を挙げる。


 この春季リーグ、陽翔がスターティングメンバーから外されたことは一度も無かった。それもその筈、ほとんどの試合でゴールかアシストを残し、文字通りチームの原動力として活躍していたからだ。



「なんでこのタイミングで都築さん……?」

「もう春季リーグも終わるってのに……」

「ほぼ優勝決まってるし、テストなんじゃね?」

「都築さんも二年じゃ出れてない方やしなぁ……」

「だからって廣瀬を外してでも起用するか……?」


 ベンチ入りを果たせなかった面々もロッカールームへ合流しており、彼らは口々に陽翔がスタメンから外された理由を言い合った。


 内海は思わず、テーブルに置いてあった今日のメンバー表を手に取り噛り付くように目を通す。基本的にスタメンは江原の裁量で任せられているが……これには内海も納得が行かない。


 だが、それ以上に不満な選手が一人。

 勿論、廣瀬陽翔その人である。



「なんで俺がベンチやねん。なあ」

「……今日の試合に勝てば、春季リーグの優勝はほぼ確定だ。夏にはトーナメントの大会も始まるし、U-23からの吸い上げもある。今のうちに試しておきたい選手は大勢いるし、付随してシステムも変えて行かなきゃならん」

「ならせめて優勝決めてからやろ」

「もう決めたことだ。不満があるならベンチに入る必要も無いぞ、廣瀬。お前の代わりなら向こうで突っ立っているなかに幾らでもいる」


 声色こそ冷静だが、サングラス越しに陽翔を見下ろす江原の視線は厳しい。内容だけなら真っ当な江原の説明に、陽翔は露骨に不満げな顔で履き掛けていたスパイクを脱ぎ捨てる。



 陽翔と江原の確執は日に日に表面化している。


 ユースの絶対的な司令塔としてタクトを振るって来た陽翔だが、試合の大勢が決した後半20分過ぎにはベンチに下げられることが多かった。


 ユース世代を取材しているメディアの多くは、8月の大阪ダービーで最年少デビューが噂されている陽翔をあまり酷使しないよう、トップからお達しが出ているのだろうと考えている。


 現状のユースでの活躍ぶりを考えれば、成績の芳しくないU-23チームへ既に合流していても何らおかしくはない。メディア受けも考えて、よほど大事に扱われているのだろうと踏まれていた。



「……流石にどうよ内海くん」

「そう、だね……」


 江原に聞こえないよう、ロッカールームの端で密談を繰り広げる内海と大場。スタメン入りを果たした内海の表情も冴えない。


 

 守備を固めて、最前線へくさびを当てサイドからの素早いカウンター。


 徹底したリアクションサッカーをテーマに掲げる江原にとって、中盤で時間を掛ける陽翔のようなボールプレーヤーはとにかく相性が悪かった。


 それだけならポジションの是非をはじめ起用法次第でどうにでもなる問題だが、自身の戦術へ批判的な態度を取る陽翔に、江原は沸々とフラストレーションを溜めていた。



 意思に反する不満分子と化していた彼へ厳しい態度を取り続け、陽翔も反発を繰り返す。確執は遂に今日、明確な形となって現れた。



「雅也も相変わらずベンチスタートか……」

「まぁ黒川くんよりポストプレー下手だし、しょうがないよ。ワントップに不向きな身体なのは自分が一番よく分かってるし……」


 同様の苦難は大場にも訪れていた。


 練習中は誰よりも多くのゴールを重ねる大場だが、体格とポストプレーの精度で劣る同業の黒川にポジションを明け渡している。


 とはいえ江原も、陽翔や大場の才能を認めていないわけではない。一番の理由は、自身の戦術に合致しないというシンプルなものだ。

 戦術に合わない人間をチームへ融合させる、指導者に最も求められる柔軟性。これこそが、江原に最も欠けている要素であった。



 規定時間を告げるベルが鳴り響く。


 スタメン全員で円陣を組み、キャプテンマークを巻く二年生の選手を中心に声を揃え、入場口へと向かった。ベンチメンバーやスタンド組も続々とロッカールームを離れる。



「……陽翔。気持ちは分かってる。でも、今日は我慢だ。ベンチスタートでも出来ることはたくさんある。しっかり準備してくれ」

「…………分ぁっとるわ、んなもん」


 ロッカールームに最後まで残った陽翔へ、財部が声を掛けた。言葉だけ取れば素直なものだが、納得が行かないのは表情を見れば明らかだ。


 財部にしても同じ心境だ。春季リーグでの圧倒的な強さも、陽翔が攻撃の指揮を担って来たからこそ結果。


 彼も彼で対立を繰り返してきた結果、江原に距離を置かれている。



(いくら強いチームでもユースはユース、結果より成長が大切だ……こんなところで拘ってる場合じゃないだろうに……)


 ようやくロッカールームを離れた陽翔を見送り、財部は一人ため息を吐いた。陽翔の居ないチームは。江原の理想通りに組まれたメンバーは、どのような結果を残すのか。


 正直に言えば、結果は見えていた。


 財部だけではない。他の選手たちも理解している。どうしたってこのチームは、陽翔が中心なのだから。






「フリーだっ!」


 右サイドに張る内海。

 声を飛ばしボールを呼び込む。


 中盤でキープしたボランチの選手が首を振り、素早く展開。パスはやや後方に流れたが、滞りなく繋がれた。カウンターのチャンスだ。


 左足でボールを運び敵陣へ攻め込む内海。

 だが、状況は芳しくなかった。


 味方の攻め上がりが遅く、あっという間に相手に囲まれてしまう。パスを出そうにも最前線の黒川はぴったりマークされている。



 陽翔の代わりにトップ下で出場していた二年の都築は、久しぶりのスタメン出場で地に足がついていないのか。或いは後半半ばを過ぎて、既に体力の限界なのか。


 次々とボールが陣地を往復する早い展開に、まったくと言っていいほど着いて行けていない。



「内海っ、もっとシンプルにやれよっ!」

「都築ィっ! 切り替えしっかりしろ!」


 前線で頭を抱える黒川、ベンチサイドで顔を歪ませる江原、二人の声が重なる。


 試合は膠着していた。

 後半20分を過ぎて0-0のスコアレス。



(いや、このドン詰まりでどうしろと!?)


 未だゲームに入れていない都築は論外として、内海に言わせれば黒川のポジショニングにも大いに不満があった。


 一度収めてしまえば屈強なフィジカルを武器に強さを見せるが、それを理由にペナルティエリアからあまり動こうとしない。


 ポストプレーヤーとして当然の心理ではあるが、パス回しもロクに機能していない状況。少しでも下がってボールを貰いに来てほしいのは内海も他の面々も同様。



「アッ!?」


 ボールを奪った相手チーム。


 ペナルティーエリアへ斜めのパスを出すと同時にマークへ着いていた宮本が対応するが……ワンフェイクで簡単に振り切られてしまう。


 時間的余裕が生まれ、相手選手は冷静に一列前のFWへパス。釣り出されていたセンターバックはこれに反応出来ず、フリーで簡単にシュートを撃たれてしまう。



「あぁー! なんでそんな簡単に……!」

「流石に守備が軽すぎるなぁ……」

「完全に内海が逆起点じゃねーか」

「そもそも切り替えが遅いんだよ」


 ゴールネットが揺れ動き、相手チームに先制点が生まれた。


 歓喜に沸く選手たちとは対照的に、すぐ近くのスタンドから見守るセレゾンユースのベンチ外組も肩を落とす。



「そろそろ都築さん代えた方が良いんじゃ……」

「後半始まってからフラフラだもんな」

「やっぱり廣瀬がいないと……」



 肩を上下に揺らし俯くセレゾンの選手たち。スタンドの声に応えるように、ベンチで動きがあった。


 ユニフォームに着替えた選手が交代の準備を進めている。今日三人目の交代要員、最後の一手だ。江原の指示を受ける選手。


 その姿を、陽翔はウォーミングアップゾーンから覚束ない足取りでベンチへ戻りながら、険しい表情で見つめていた…………。


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