415. Boyhood 2-10


「落ち着け、まだ時間はたっぷり残ってる! まずはしっかりボールを回す、時間を掛けて攻める! ずっとやって来たことだろう! そうやってここまで勝ち上がって来たんだ! 自信を持てッ!」


 ベンチサイドからは、監督の悲鳴にも似た絶叫が響き渡る。


 必死の身振り手振りで煽り立てる監督とコーチ陣だが、選手たちからの反応は乏しい。出場選手の大半が厳しい表情を浮かべ息を切らしていた。



 後半開始直後にも一点を加えられ、0-3で迎えた後半35分。ゲーム開始前の活気と闘志に溢れた姿はどこにも無い。ピッチは既に試合が終わってしまったかのような静寂に包まれている。



 意気揚々と決戦の地へ望んだU-17チームであったが、圧倒的な実力差を前に誰もが冷静さを失っていた。


 体格差で劣るドイツ相手に苦戦を強いられることは予想の範囲であったが、その差は彼らが想像した以上のものがあった。簡単なパス交換さえ、素早い寄せとフィジカルでままならない。


 ほんの僅かな気の弱みがミスへ繋がり、いとも簡単にチャンスを作られる。目ぼしいチャンスも生み出せず、一方的な展開に終始していた。



「縦やッ! 縦に出せッ! 俺に預けろッ!! んなチンタラしたパス回しで崩せるかッ!」


 そんななか一人闘志を失わずピッチを駆け回る陽翔。あまりの迫力に、ボールをキープしていたセンターバックの小田切は言われるがままパスを出してしまう。



「結局こうなるんじゃねえかよッ!!」


 枯れ気味のハスキーな声で捲し立てる陽翔。着慣れない23番のユニフォームを靡かせ、ワントラップで反転すると一気に中央からドリブルで切り込んでいく。


 すぐさまディフェンスの激しい寄せに遭うが、巧みに身体をぶつけコースを切り開いていく。二人目のマーカーが近付いてきたところで、左サイドへ展開。


 そのままリターンパスを受けようとペナルティーエリアへと走り込む。しかし準備が出来ていなかったのか、パスを受けた選手はトラップに失敗。ボールを奪われてしまう。



「っっざけんなこの野郎ッッ!!」


 怒りを露わにする陽翔。全力ダッシュで守備へ戻り中央でボールを受けた相手選手に激しく身体を当てる。素早い攻守の切り替えだが、主審の笛が鳴りファールが宣告された。



「アア!? どこがファールやクソ野郎ッ!」

「落ち着け廣瀬っ!」

「カード出るぞっ!」


 怒りに身を任せ主審に詰め寄る陽翔。

 チームメイトが身体を掴み必死に嗜める。


 審判団や相手選手とも外国語で冷静にコミュニケーションを取ることが多い陽翔が、日本語でなりふり構わず捲し立てるのは珍しい光景だった。



「放せやクソがッ!」


 主審から口頭で注意を受けると、陽翔は静止の腕を強引に振り解く。チームメイトの方へ振り返り、次々に非難の声を飛ばした。



「なんで俺がわざわざ戻って守備してんだよッ! お前らの仕事やろがッ! 疲れとるん相手も同じやッ! 少し身体張ればもっかい攻められたやろッ!」

「ご、ごめんって廣瀬……」

「3点差やぞッ! ただのビハインドちゃう、攻められて、攻められ続けての3点差やッ! このまま終われるかッ! 死んでも追い付くぞッ!!」


 鬼の形相で声を荒げる陽翔に、チームメイトは言葉を失う。激しい肉弾戦の跡が残る、土汚れで茶色く滲んだユニフォームはあまりにも痛々しい。



 残り時間で3点差をひっくり返す。あまりにも難しいミッションだ。試合を通してこれだけの実力差を見せつけられたとなれば、猶更である。


 それでも、陽翔は諦められなかった。

 脚を止めるわけにはいかなかったのだ。



(負けて堪るかよ……ッ!)


 青筋立った額から滲む焦燥は、単にゲームの勝敗だけを指しているわけではない。


 この試合でも、陽翔の存在感は群を抜いていた。果敢なドリブルで何度も敵陣を突破し、あと一歩で決定機という場面を度々作り出している。


 しかし、最後の最後で壁を打ち破ることが出来ない。ただでさえ一世代上の外国人を相手に、いつも通りの軽快なプレーを発揮するには至らなかった。


 頼みの綱と託したボールも、大柄な相手選手にすっかり委縮しているチームメイトはパスの一つも返してはくれない。



(なんで……なんで誰も……ッ!)


 本来の役目を完全に放棄し、盲目的にボールを追い続ける陽翔。決して守備が上手いとは言えないが、底抜けの体力で相手のボール回しを執拗に追い掛け回す。


 だが、ボールは奪えない。

 巧みなパス回しに翻弄される。


 陽翔を除く日本代表の面々は、ここに来て完全に足が止まっていた。どれだけ陽翔が効果的なプレスを掛けていても、それに連動する動きが無ければ相手のポゼッションを分断することは出来ない。



「走れよッ!! 取れるか取れないかじゃねえっ、良いから走れって言ってんだよッ!! 勝つんだろッ! 世界一になるんじゃねえのかよッッ!!」


 千切れるような絶叫も届かない。


 サイドからクロスが上がる。身長で劣るドイツFW陣に競り合うだけの体力も残されていない。ゴールネットが揺れ動き、スタジアム中に歓声が広がった。



「………なんでだよ……ッ」



 疲労で眩む視界の先に、また一つオーロラビジョンへ刻まれた失点シーンが映り込む。




*     *     *     *




『決まりました、ベッカーこれでハットトリック……ドイツ4点目が入りました。後半39分、マルティン・ベッカーのゴールです』


『ちょっと厳しいですねえ』


『U-17日本代表、完全に足が止まっています』


『廣瀬くらいですかね。まだ走れているのは』


『今大会通しても平均走行距離は短い廣瀬ですが、この試合は非常に走っていますね。先ほどの守備と言い、まだ気持ちが切れていません……本日の走行距離をご覧頂いています。トップが日本の廣瀬、12.24キロです。しかし、あまり効果的な一手とはなり得ていません』


『前線で何度も動き直している一方で、効果的な縦パスがほとんど入りませんからね。無駄走りになっています。いざチャンスの場面というときに動き出せないのでは逆効果ですが、そういった場面も見受けられません』


『今大会ここまで非常に好調だった日本チームですが、厳しい一戦となっています。アディショナルタイムは1分です。短いですね』


『交代枠は使い切っていますが、アウトプレーも少なかったですし、この点差では仕方ありませんね』


『日本のゴールキックから再開されます。シュルツと小田切が競り合って……ここで試合終了の笛。日本対ドイツの一戦、0-4でドイツが勝利を収めました。吉竹ジャパン、決勝進出はなりません』


『残念ですが、ここまで良く戦ったと思います』


『ここで勝てばブラジルとの決勝戦が待っていましたが、あと一歩及びませんでした……画面には廣瀬の姿が映し出されています。あー、立ち上がれませんね。チームメイトが身体を起こしています』


『ここまでチームを引っ張ってきた原動力ですからね。責められないでしょう。今日も孤軍奮闘の活躍ぶりだっただけに、悔しさも残るでしょう』


『敗退した日本チーム、3位決定戦へ回ることとなります。三日後のウルグアイ戦に向けて気持ちを切り替えたいですね』



 ……………………


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