414. Boyhood 2-9


 内海や財部の思惑を他所に、陽翔と同世代たちの差は日に日に開いていく一方であった。


 彼らが中学3年生になりAチームの主力として定着した頃。陽翔は正式にセレゾン大阪のユースチームへ飛び級で昇格を果たした。


 すぐ隣のグラウンドでトレーニングを重ねているとはいえ、カテゴリーが異なれば顔を突き合わせて会話を図る機会にも恵まれない。



 同様の懸念は、彼の一つ年下。幼馴染の文香にも露見していた。世代別代表にも頻繁に招集されるようになった陽翔は、遠征で学校を欠席する回数も増えていた。


 小学校の頃以上に、学年の差による距離感は顕著に現れる。偶に学校へ顔を出しても、露骨に文香のことを避けるようになった彼に対して、文香は打開策を見出すことが出来ない。



『それでねえ、その先輩がぁ……』

「ああ、すまんなユリちぃ。ちょいと入り用や」

『えー? もしかして、また先輩の試合?』

「今日が準決勝。ユリちぃも一緒に応援せえへん?」

『もう遅いじゃーん。最近文香その話ばっかりー』

「なははっ。まぁええやん、ウチの色恋沙汰ぜーんぶ教えとるようなもんやろ?」

『そうだけどー。じゃあ明日ね?』

「はいはーい。遅刻せんようになぁ」

『そっくりそのまま文香に返しまーす』



 軽口を叩き通話を切ると、文香は一階のリビングへ駆け下りてテレビの画面を付ける。父に頼んで加入させて貰った、安くはないサッカー専門の有料チャンネル。


 深夜二時を回り、家族は皆寝てしまった。本格的な冬が近付く昨今。平日の真夜中に行われる大会は、文香だけに留まらず日本中のサッカーファンを寝不足にさせている。



(おっし、間に合った)


 イングランドで開催されている、17歳以下のナショナルチームによるワールドカップ。U-17日本代表は歴代最高となるベスト4へとコマを進めていた。


 若い世代の躍動に胸を躍らせるのはサポーターの常だが、この大会に限っては、日本人のみならず世界中のサッカーファンが若き天才の一挙手一投足に目を輝かせている。



(んっ、今日も入っとるな)


 両国の国歌が流れ、ブルーのユニフォームに身を包んだ11人がピッチへ駆け出していく。テレビには今日のスターティングメンバーが映し出されている。


 昔からちっとも変わらない、色味の薄いやさぐれた瞳と無造作な黒髪。それなのに、画面越しに見るだけでも、随分と遠い世界の人間のように思えてしまう。



(やっぱ青、似合わへんな。はーくん)


 歴史的な一戦を前に、彼を見つめる文香の瞳は複雑な感情で入り乱れている。自分自身、何に違和感を覚え、何を恐れているのか、ハッキリとした理由を説明することは、文香には出来なかったが。




『U-17ワールドカップイングランド大会セミファイナル、日本対ドイツの一戦をご紹介します。実況は蔵屋敷クラヤシキ。解説はお馴染み風原カザハラさんです』


『よろしくお願いします』


『勝てばこの大会では史上初となる決勝進出を果たすこととなります。注目のスターティングメンバーですが……吉竹ヨシタケ監督、四日前のポルトガル戦と同じ11人を起用してきました』


『リカバリーも十分に出来ているでしょうし、当然の判断でしょう。怪我人も居らず順調に来ていますね』


『注目はやはりこの人。今大会既に5つのゴールと4つのアシスト、全チームの登録メンバーで最も若い14歳7か月、23番を背負う廣瀬陽翔です。一つ上の年代を相手に堂々たる活躍を見せています。準々決勝ポルトガル戦では圧巻の四人抜きゴールを始め2ゴール1アシスト』


『試合を重ねるに連れてマークも厳しくなっていますからね。今日が正念場でしょう。ドイツも非常に守備が堅いので、チームとしてどう崩していくかですね』


『間もなくキックオフです。吉竹ジャパンが新たな歴史の扉を開くか、注目していきましょう。FW秋元がボールを戻し、さあ試合が始まりました』

 



*     *     *     *




(無理か……ッ)


 ピッチ中央でくさびのパスを受けた陽翔は背後から迫るディフェンスの気配を察知し、ワンタッチで最終ラインまでボールを戻す。


 開始15分。ゲームは膠着していた。

 互いに攻め手を欠く時間が続いている。



(だからサイドは開けってあれほど……)


 味方のポジショニングを確認し、陽翔は不満げな面持ちを隠そうともせず舌打ちを響かせる。大柄な相手選手に視界を遮られ、プレーもままならない。


 すると、思いもよらない角度から試合が動く。


 陽翔のバックパスを受けたセンターバックが左サイドへ展開するも、相手からプレッシャーを受けボールを失う。一気にカウンターのピンチを迎えた。



『左サイド小暮、ボールを奪われる! そのままクロス、中央にはシュルツ! 合わせていく! キーパー横村ナイスセーブ!』


『ああ上手いですねえ』


『あー、しかし零れ球! 決まりました、ドイツ先制ゴールゲット。決めたのは左サイドのベッカーでしょうか。ベッカーです。ドイツ代表、期待のダブルエースが存在感を見せます。日本ここで痛い失点』


『しっかり詰めていましたね。攻守の切り替えが素晴らしかったです。日本が少し前掛かりになっていたところを上手く突いてきました』


『リプレイが出ます。結果的にディフェンスの連係ミスから失点する形となりましたが……風原さんこれをどう見ますか?』


『前線と最終ラインの意思疎通が上手く行きませんでしたね。センターバックの立石は一気にラインを上げるつもりで縦パスを出したと思うんですが、廣瀬が簡単に下げてしまいましたから。スペースが無くなって、どん詰まりになってしまいましたね』


『廣瀬の判断が悪かったんでしょうか?』


『いや、どちらかと言えば立石が攻め急いだからでしょう。とはいえ、どちらのミスとも言い切れないですね。縦に急ぐかしっかり繋いでいくか、改めてコミュニケーションを取る必要があると思います』


『ありがとうございます。今大会すべての試合で先制ゴールを挙げて来た日本代表ですが、ここに来て初めて先制点を奪われる形となりました』


『巻き返したいですね。まだ時間はあるので』


『さあ再び最終ラインからボールを組み立てていく日本チームです……あぁー、また嫌な位置でボールを奪われます。続けざまの失点は避けたい!』


『シュルツがフリーですね』


『グラウンダー性のクロス、シュルツ撃っていく! 小田切のナイスブロック……あぁー! またしてもベッカーの足元に零れる! シュート! ゲットー、ドイツ二点目! 強さを見せます! 日本手痛い二失点目、逆境に立たされます……!』


『最終ラインがちょっと浮足立ってますね。早く攻め込みたい攻撃陣と息が合ってないと言いますか』


『あぁー、廣瀬が何か大声で捲し立てていますね』


『ここまでほとんど良い形でボールが入って来てないですからね。フラストレーションも溜まっていると思います』


『これまでの五試合のようには行きません、若きエースにも大きな壁が立ちはだかっています……!』


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