398. 自称な、自称
「あ゛ー……頭いてぇー……」
「酔うと記憶が無くなるって本当なのね……」
「はーい二人ともー、お水だよー」
正午を少し回った頃。廣瀬家で長い睡眠を取っていた4人もようやく目を覚ました。昨晩の後遺症が尾を引いている愛莉と瑞希は、気怠げに頭を左右に揺らし布団の上で目を擦る。
一足先に本調子を取り戻した比奈が台所から水を汲んできて、二人に手渡した。あっという間にそれを飲み干した愛莉は、壁に掛けられた時計へ目をやり深いため息を吐く。
「もうこんな時間なのね……お昼どうしよっか」
「昨日の残りとかで良いんじゃねー……?」
「大して残ってないから困ってるの」
「え゛ー……動きたくねー……」
「せっかくのクリスマスだってのに、酷い目覚めもあったものね……比奈ちゃん、お代わり貰える?」
「はいはーい」
すっかり開けてしまった衣服の乱れを整え、続いて台所へ向かう愛莉。が、ここで漸く残る二人が家から姿を消していることに気付く。
「あれ……ハルトとノノは?」
「先に出掛けたそうです。市川さんから連絡が」
「ええっ!? 置いてかれたの!?」
「一向に目を覚まさない私たちの責任です」
「あー、それもそっか……琴音ちゃん、どうしたの? 枕なんか抱えて、もしかして部屋寒い?」
「事情があります故……」
眠たそうな半開きの瞳は他の面々とそう変わりは無いが、スマホを握り締めながらギュッと布団に包まり、愛莉の視線から逃れる。
昨晩の記憶がごっそり抜け落ちている三人と違い、自身の仕出かした言動含め一部始終を何故かハッキリと覚えていた琴音。
本来の姿を取り戻すまで相当の時間を要することに、彼女たちが気付くはずも無かった。
「それじゃ、ささっと用意して二人と合流しよっか。天王寺駅の近くらしいから、電車ですぐだね。ほら瑞希ちゃん、そろそろ起きよ?」
「うぇ~~……怠いよぉ~……!」
「ノノちゃんと二人きりにしていいのー?」
「…………ダメだっ! 許さんッ!!」
「分かったなら早く着替えようねえ」
「うむっ。あれ、あたしメッチャ脱いでね」
あちこちに脱ぎ散らかしていたパジャマを回収し、そのまま下着姿でリビングを徘徊する瑞希。
陽翔が居ないからといって大胆なことをするものだと、愛莉の声にならない呆れ振りもそこそこに、誰かのスマートフォンに着信があった。
「誰の携帯?」
「あ、わたしの。ノノちゃんからだ」
「催促の電話かしら」
「そんなところかもねえ」
比奈は持ち合わせの櫛で髪を梳かしながら、スピーカーをオンにして電話を取る。
「ノノちゃん? ごめんねえ、ちょうどみんな起きたところなの。今どこにいる?」
『あー、おはようございます。えっと、ちょっとワケあって家まで戻って来ました。出掛ける前にセンパイが鍵閉めちゃったので、開けて欲しいのです』
「いいよー。あれ、でも観光は?」
『えーっとですねぇ……ノノも非常に困惑しているのですが、このお家に尋ね人と言いますか、憚らぬ用事と事情を抱えた方がいらっしゃったと言いますか……』
『なんやなんや、姉ちゃん以外にも女の子おるん? こりゃあエラいこっちゃなあ、ねちっこく話聞かせてもらわな』
スピーカー越しに飛んで来た聞き慣れない関西弁に、比奈は首を傾げた。
誰かと一緒なのだろうか。それも陽翔のものではない、ハスキーで舌足らずな撫で声だ。
声のトーンからして女性であることに間違いは無さそうだが、それも含めて比奈にとっては望外の一声である。
関西にはほとんど友達と呼べる存在がおらず、これといって誰かと会う予定も無いと話していた出発前の陽翔の言葉を信じる他ない以上、その声の主が何者であるか、検討がつく筈もない。
「とりあえずドア開けるね?」
『はいっ、お願いします』
『よろしゅう頼みますわあ』
「ひーにゃん? どしたの?」
「うんっ……えっと、お客さん、なのかな?」
「客? ハルの?」
「そう、なのかなあ」
どっちつかずな比奈の返答に瑞希も首を傾げ、残る二人も玄関へ赴く比奈に続いて後を追う。鍵を開け戸を開くと、外見的主張の激しい見慣れたノノの姿は無く。
「にゃっはー。まーたエラいべっぴんさん何人も侍らせとるなあ。大阪一の美少女たるウチの面目も丸潰れやな」
「えっと……あの、どちら様ですか?」
「なははっ。んな緊張せんでもええて、話聞いたらウチより年上なんやろ? ほらぁ、リラックスリラぁックス♪」
お得意の人見知りをいかんなく発揮する愛莉に対し、ニコニコと笑いながら特徴的な猫目をパチクリとさせるその少女。
身長は愛莉よりも小さく、瑞希より少し高い。腰まで届く薄暗いブラウンの巻き髪と、華奢な体格に準ずる小ぶりな胸部を揺らし、4人の下へ歩み寄る。
「ホンマびっくりしたでえ、なーんの連絡も無しに一人暮らしなん始めよって、ずっと困っとったんよ。したらさっき、いきなり、いきなりやで? その辺歩いとったらフラ~っと現れよって、また勝手にどっか行ってしもうてな」
「は、はぁっ……」
「ちゅうわけで、隣におったこのやったらおっぱいおっきい子に話聞いてな。ここまで連れて来てもろうて。まぁ行こう思えばいつでも来れるんやけどな。本人もおらんとさかい、押し掛けるのも迷惑やろ?」
マイペースな語り口でお喋りを続ける少女に、4人は困ったように顔を見合わせた。後ろで様子を伺っていたノノも神妙な顔つきでやり取りを眺めている。
気怠い話し方や身に纏うのほほんとした雰囲気は、どことなく瑞希やノノに近いものを感じさせる。
一方で、全身から滲み出る掴みどころの無いオーラに、5人はいつになく戸惑いを見せていた。
「あのさ。ハルの知り合いなのはなんとなく分かったんだけど…………要するに、ハルとどういう関係なん? ていうか、名前は?」
「んー。まぁ、一言で説明するには難しいモンやな。はーくんウチの言うことだいたい全否定やし」
「……はーくん?」
「そっ。陽翔やから、はーくん。中々ええネーミングセンスやろ? 数えて10年の年季モノやでえ?」
琴音の覚束ない呟きに、少女は臆せず自信満々に答える。自分しか使っていない、使うことの出来ない特別な呼び名。そして関係性を改めて誇示するように。
そうして、フットサル部はこの謎めいた少女の正体をついぞ窺い知ることとなる。同時に脳裏を駆け巡る、一抹の不安と地を這うような悪寒。
「ウチは
顔も合わせず、5人はまるきり同じことを考えていた。いかにも陽翔が不得意で、気を許しそうなタイプの人間だと。
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