384.ノーパン派なんだよ


 この街にやって来て以来、久しく訪れていなかった大型ハブステーション。下りの新幹線を待つ改札前、早朝6時。


 夏合宿を境に使う機会も無かったボストンバッグを片手に、残るメンバーの到着を待ち焦がれている。しっかり着込んで、屋内だというのにこの肌寒さはなんだ。苛々する。



「というわけで、今日からフットサル部は大阪遠征に出発しまーす。およそ一年ぶりの凱旋とゆーことで、ハルさんや、心境のほどはいかがでしょー」

「……なに撮ってんだよ」

「んー? 思い出」


 すっかり録画魔になってしまった瑞希。

 スマホをこちらへ向け何やらコメントを求めて来る。



「SNS上げんなよ」

「えーっ? モザイクでもダメ?」

「メっ」

「ぶーっ。ケチっ」

「ちくわ」

「しりとり?」

「りんご」

「勝手にやんなし」

「シクラメン」

「あ。終わった」


 適当なノリを続け残りの到着を待つ。

 

 この手の類で俺が一番乗りなのは当然として、今日は珍しく瑞希が早い到着だった。ノノはもうすぐで、愛莉、比奈、琴音は少し遅れるようだ。


 なんとなく。なんとなくではあるが、琴音が寝坊して愛莉と比奈が起こすのに手間取っているんだろうな。そんな気がする。比奈の家に三人で前泊しているらしい。なに楽しく女子会しとんねん。羨ましいな。



「そっか。今日イブか。忘れてた」

「サンタコスでもしてくるかと思ってたわ」

「あ、去年バイトでやったそれ。上大塚でケーキ売ったんだけどさ。去年めっちゃ雪降ってて、しかもミニスカなん、マジで死ぬかと思った」

「写真とか残ってねえの?」

「んー? あるけどどーしよっかなー。ハルぜったいおかずにするもんなーやだなー」

「生足なら見慣れってから心配すんな」

「えっ? 気持ちわるっ。死んで?」

「ほう。なら等価交換と行こう」

「なんであたしがハルのちんちん見たいみたいになってんの」

「それもそうか。顔真っ赤にしてたしな」

「はっ? うざ。調子乗んな」

「乗るのはベッドの上だけだもんな」

「うえーん。ハルが変態になっちゃったよー」

「ウソ泣き下手くそか」


 お前に磨かれた口八丁だ。光栄に思え。


 早く来ないかなー、と欠伸を一つ挟み、キャリーケースに跨って足をぶらぶらと揺する瑞希。胸元では例のペアリングが煌びやかに光っている。


 そんな俺も、ちゃっかり首にチェーンを巻いていた。指先は冷えるから手袋装備だし、こっちの方が失くす心配も要らない。何だかんだでいっつも着けている。普通にお気に入り。


 今日は久々に、あまりベタついて来ないな。

 まだ眠くてスイッチが入っていないのか。



「ハル。寒い。ギュってして」


 言った傍からお前な。


「……やだよ。人いるだろ」

「お願いお願いおねがいっ!」


 ぴょこんと飛び上がって背中を預けて来る。琴音ほどではないにしろ彼女も小柄だ。理想的な男女の高低差と思えばそんな気もするが。

 


「んへへっ。独り占めーっ♪」

「……偶に可愛いから困るんだよなお前」

「ああっ? いっつも可愛いだろっ!」

「アイツら来るまでには離れろよ」

「えーっ。むしろ見せつけたくねっ?」

「朝から修羅場は勘弁してくれ」


 とか言ってる割にちゃっかり抱き締めている俺も俺だった。


 彼女を律することも出来ない程度には抵抗が無くなってきている。スキンシップにしては過剰だろうか。


 いや、もう、考えるの辞めよ。

 瑞希が満足で、俺も満足だし。

 後先など知らん。


 はー。あったか。



「ア゛ーーーーーーッッッッ!!!!」

「うっさ」


 猛スピードで飛び込んで来る金色の物体。

 馬鹿みたいにデカい声。

 間違いない、ノノだ。



「って、なんその恰好お前」

「アア゛ンッ!? サンタに決まってんじゃねえですかっ! いやもうそんなことどうでもいいんですよっ、なにノノの出落ちコーデおじゃんにしてくれてんですかっ! 離れてください瑞希センパイっ!!」

「出たな悪党めッ! ハルは渡さねえぞ!」

「成敗してくれるわァーッ!」


 プロレスごっこをおっ始める金髪コンビ。

 煩いな。早朝から元気過ぎるだろ。

 そこそこ人通りあるんだぞ。控えろ。



 出落ちコーデとはつまるところ、分かりやすくサンタクロースのコスプレであった。瑞希と話していたら本当に着てくる奴がいるとは。ノノ以外ありえないけど。


 ヤバイよお前。

 今日その恰好で出歩くつもりなの。


 というかここまで電車乗って来るのにサンタだったの。おかしいよ。羞恥心バグってるって。



「ほっほーん! スパッツ仕込みのミニスカサンタとぁ、舐めた真似してくれんじゃねーか!」

「ちょっ、捲るのは無しですっ、ナシ!」

「残念だったな! ハルはノーパン派なんだよ!」

「な、なんですとぉッ!? 初耳だ!!」

「俺を巻き込むな」


 頼むから黙ってください。

 覚えの無い性癖撒き散らかさないでください。



「……で、なんでサンタなんだよ」

「そりゃあれですよ、戦闘モードというやつですよセンパイ! せっかくのユニバなんですからコスプレの一つや二つ当然でしょう!」


 得意げにフンスと鼻を鳴らすノノ。

 何がせっかくなのか本気で分からぬ。



 ……そう。今回のフットサル部大阪遠征であるが。俺が家に戻るタイミングと、練習試合までそれなりに日にちが空くということで。


 初日となる今日は、大阪きってのアミューズメントパーク「ユニバーサルスタジオニッポン」略してユニバ、若しくはUSNへ遊びに行く予定となっている。


 あくまでそれは練習試合のついで。とグループチャットで散々言っていたにも拘らず、コイツらと来たら当日まで「園内のどこを回るか」「何を食べるか」「お土産はどうするか」と聞く耳さえ持たなかった。


 それなりの覚悟と度胸を持っての帰省だというのに、まるで緊張感が生まれない。その辺の切り替えの上手さは重々に知るところだが、やっぱりちょっと不安。


 

 チケットはまぁまぁ高かった。


 交通費も合わせれば貧乏性の愛莉には大打撃なので、少し余っていた夏の合宿代、もとい原付を売って出来た金で埋め合わせをしている。めっちゃ喜んでた。


 言うて俺もまぁまぁ楽しみ。


 偶には良いだろ別に。

 ミニ○ン結構好きなんだよ。文句あるか。



「みんなお待たせ~」


 とか言っている間に残る三人も到着。

 先頭の比奈が駆け足で手を振る。


 良かった。誰もコスプレしていない。良かった。



「……琴音どうした? 寝てんのか?」

「全然起きないからこうするしか無くて……」


 苦笑いの愛莉は、横に倒したキャリーケースの上に体育座りで乗っかっている琴音の背中を押しながらこちらへ近付いて来る。


 凄い。この状況でまだ寝続けているのか。

 完全に絵面が出荷直前だぞ。ドナドナかよ。


 あとその面白さ全振りのアイマスクはなんだ。

 朝から情報量多すぎるんだよ。カオスか。



「もう大変だったんだよ~。琴音ちゃんいつもに増して赤ちゃんみたいで凄かったの。愛莉ちゃんのおっぱいちゅうちゅう吸って離さないんだから」

「ちょっ、比奈ちゃんッ! んなこと言わなくていいからッ!」

「なるほど。出荷は出荷でも牛か」

「だァれが乳牛じゃあッッ!!」


 素晴らしいぞ愛莉。

 そのツッコミは100点満点だ。



 いやしかし酷いな。まだ6時やぞ。

 このテンション今日ずっと続くのか。

 キツイわ。まともなの俺しかいねえ。


 おっかしいな……状況が状況なだけに、もうちょっと真面目な展開へ傾くかと思っていたのに。


 いつも通りなどころか、普段より騒がしさという一点で悪化している。



「おっし! 全員揃ったし、しゅっぱつじゃい!」

「ユニバっ♪ ユニバっ♪ やっぽぽっぽぽーい!」


「琴音ちゃーん。新幹線乗るよー」

「…………ぁぇ……っ?」

「ちょ、よだれっ!? わたしのキャリーがぁ!」



 …………まぁ、いいか。


 これくらいのアホさ加減がちょうど良いかも。

 痛みを和らげるのにこの上ない目眩ましだ。


 それに、単なるカモフラージュでもない。お前らといると、どんなことも怖くなくなっちまうんだから不思議だよな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る