383. 見るまえに跳ぶだけ
こうなると事態はとんとん拍子で進んでいく。
その日の夜。カップ麺を啜りながら忙しなく動いているフットサル部のグループチャットへ適当に返事をしていると、真琴から電話が掛かって来た。
高校受験本番まであと一ヶ月と少しということもあり、流石に例の公園での練習は控えるようになった。姉と似てSNSの類は得意じゃないとのことで、わざわざ連絡を寄越すのは珍しいことだ。
「あいよ。どした」
『こんばんは。姉さんから聞いたんだけど、冬休み地元に帰省するってホント?』
「んだよもう話してんのか」
『それで、ちょっとお願いがあって』
伝達が速い。この様子では有希にも話が通っているのだろう。まさか自分たちも着いていくとか言わないだろうな。幾らなんでも受験に響くぞ。
『前に話したでしょ。先輩のフットサル部』
「あー。例のアオカン通ってる奴か」
『……その言い方控えて欲しいんだケド』
「悪い悪い。で、それがどしたん」
真琴が以前所属していた女子クラブの先輩が、同じく男女混合のフットサル部を立ち上げたって話か。世にも珍しい、俺たちと似たような境遇のチームだ。
『年末にさ。名古屋の高校呼んで練習試合するんだって。26日。それで、もし良かったらこっち来ないかって。誘われた』
「なんその完璧なタイミング」
『うん。びっくりした』
実に都合の良い話だ。クリスマスの間はまぁ適当に過ごすとして、練習試合こなして、アイツらだけ先に帰して、俺は年始まで留まると。ちょうどいいプランニングではなかろうか。
8月のアマチュア大会を境に実戦から遠ざかっている現状。来夏の公式戦までロクな機会に恵まれない先行きを考えれば、受けない理由も見当たらない。
「名古屋の高校って?」
『
「……聞き覚えあんな。なんやっけ」
『あれでしょ。愛知ミュートスと提携してる』
愛知ミュートスとは、日本のプロサッカーリーグに所属しているクラブのことだ。フットサルチームも運営していて、夏に愛莉とセントラル開催を観に行ったとき、このチームも試合を行っていた。
トップチームの実力はそこそこと言ったところだが、ユースは結構強かったっけ。同地域の高校とも連携しているから、生え抜きの若い選手が多い印象だ。確か瀬谷北高校はその提携校の一つだったはず。
「あそこもフットサル部あるんやな」
『ちょっと調べたんだけど、男女それぞれでフットサル部があるらしいよ。男子は全国でかなり良いとこまで行ってるみたい。今年から混合チームも出来たんだってさ』
なるほど。元々強豪として知られているんだな。で、新しく出来る男女混合の部に合わせて新設チームもあると。
今更だけど、サッカーの知識はともかく、フットサル部はどこの学校が強いとか、そういう情報なんも持ってねえんだよな。少しは勉強しないと。
「んな強豪がようアオカンと試合するな」
『サッカー部どっちも強いからね。繋がりがあるんじゃないかな。あと、その呼び方やめて』
「んだよ。興味あるのか?」
『姉さんに言いつけるよ』
「ごめんて」
やや不機嫌そうな真琴にはまた謝るとして。ともすれば、一気に山嵜高校フットサル部の顔と名前を売るチャンスというわけだ。
同じ年代の強豪チーム。今の立ち位置を測るうえで、絶好の試金石となるに違いない。ただなんとなく一緒に帰って観光させるよりもよっぽど有意義だ。
「そっちにも話通しておいてくれるか?」
『了解。じゃあ姉さんに連絡取らせるね』
「ん。頼むわ」
『……本当は自分も行きたいんだケドね。流石に止められちゃった。模試判定Aだったのにさ。油断してるとすぐ駄目になるって、姉さんが言っても全然説得力無いのにね』
「まぁ馬鹿やからなアイツ」
文武両道の妹と違い、愛莉の成績は綱渡り状態も良いところ。前回の試験も辛うじて追試を免れるほどの惨状であったし、見た目と性格とのバランスが取れていない。なのに家事は万能とか。謎。
『あ、有希にも後で連絡してね』
「文句垂れてたか」
『先輩だけズルい、ってブーブー言ってた』
「真琴はともかくアイツを野放しにゃ出来ん」
真面目な癖して学力そこそこだからな。有希。推薦入試ならそこまで根気詰める必要も無いだろうけれど。受験生の自覚がまったく無い。この期に及んで。
『じゃあ、暫く姉さんのことよろしくね』
「おう。任せとけ」
『先輩たちに囲まれてるからって、浮かれちゃだめだよ。兄さん。ただでさえ最近の姉さん、四六時中ニヤニヤして気持ち悪いんだから』
「その辺にしとけって」
愛莉も愛莉で周囲に言い触らしているわけではないだろうが、やはり動向で色々とバレてしまっているらしい。いや、別に困るようなことは無いけれど。困るのはアイツだけだけど。
そう。それは良いのだ。フットサル部としての活動を充実させるうえで、この大阪遠征とも言えるイベントは間違いなく俺たちにとってプラスになる。
ならなにが問題かというと。
俺の実家に泊まる気満々。アイツら。
どうせあの人たちとは顔を合わせないにしても、当然のように男の家に入り浸ろうとしている辺り、もう色々と感覚が麻痺している。
予定外のアクシデントで同部屋になってしまった夏合宿とは、また少し意味合いが異なる。向こうで発生する数々の難題に、今から頭を抱えるばかりであった。
真琴との通話を切り、荷造りを始める。
俺は年始までの滞在だから、それなりに多めの荷物が必要だ。あっちにも多少の私物は残っているとはいえ、ほとんど着なくなった服や役に立たないものばかりだろうし。
着替えと、日用品と、あとはあれか。練習着とユニフォームも持って行かないと。
そう言えば、練習試合の場所って室内なのだろうか。なら内履きも持って行かないとな。そもそもアイツら、室内用のシューズ持っているんだろうか。
比奈は初めての買い物で一通り揃えていたけど、今まで屋外でしか練習して来てないし、改めて周知しないと。せっかくの機会だし。
「…………これは要らねえか」
クローゼットの奥に追いやられている、街中で着用するには少々派手過ぎるデザインの、ピンクのユニフォーム。
ローマ字で象られた俺の名前。
そして、背番号10番。
こっちのブルーのユニフォームはサッカー部との試合で着ていたけれど、流石にこれは、着る勇気は無いな。
若しくはその資格が無い、といったところか。
部屋着程度の使い道はあるかと、上京直前に箪笥から引っこ抜き持って来たのだ。結局、目にするのも億劫で放置したままになっている。
今更「ならどうして」とか考えることもない。
冷静に顧みれば分かることだ。
一刻も早く現実から逃れたかったあのときでさえ、俺は消化し切れない未練をずっと抱えていた。心のどこかで「またこのユニフォームを着れる」「あのピッチに戻れる」なんて。
ありえない妄想を、しょうもないプライドでひた隠しにして。
今でもそれほど変わりは無いのだ。ただ隠し方が少し上手くなって、そのままの世界に慣れてしまって。ずっと居心地が良くて。
(で、何しに行くってんだよ)
忘れたい。
折り合いを付けたい。
納得したい。
すべて、清算したい。
どれをとっても、実はしっくり来ない。
本当のところは、まだ憧れている。
でも、引き返せない。
三日後。俺は故郷に帰る。
馬鹿だな。本当に。あのとき、ノノにも、愛莉にも、似たようなことを言っておいて。覚悟が出来てないのは俺の方だ。
結果どうなるかなんて、関係ない。
とにかく前に進まなければ。
酸いも甘いも俺次第。
後先は考えず、見るまえに跳ぶだけ。
「…………連絡しとくか。一応」
鍵は掛けたままで良いと先日伝えたばかりだ。
このままでは家に入ることさえ出来ない。
スマホの電話帳を降る指先さえ、震えている。
一筋縄ではいかないだろう。気付かぬうちに作られた障壁は、あまりにも高い。
それでも、越えなければならない。
俺が俺であるために。
そして、アイツらのために。
今度は俺が乗り越える番だ。
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