382. 酒の湖、肉の森
「恋人がサンタクロ~~ス♪ 手の早いサンタクロ~~ス♪」
……………………
「クーリスマスが今年もやぁーってくるー♪ 楽しかった、出来事を、消し去るように~♪」
……………………
「ジングルベール、ジングルベール、すっずっはーらくーん♪」
「ちょっと黙って」
「え。なに。気持ちよく歌ってんだけど?」
「私が不快になるのよ」
つまらん奴だ! と棘を飛ばして談話スペースのソファーに寝転ぶ瑞希。
英断だ愛莉。俺も聞くに堪えないと口を挟むところだった。誰だよ鈴原くん。
「まぁそんなわけでクリスマスですよ皆さん」
「なんなんお前。会話の入り下手くそか」
「うるせーなっ! ハルに言われたかねーわ!」
やたらとご機嫌の瑞希に合わせスマートフォンでカレンダーをチェックする。言われてみれば三日後にはもうクリスマスイブだ。今年終わりか。早いな。
二学期の終業式を終えたフットサル部一同は今日も今日とて練習に励み、流石に寒すぎると一時間ちょっとで切り上げ、いつも通り下校時間まで談話スペースを占拠していた。
なんでも冬休みの間はこの新館だけを締め切ってしまうそうで、いつものテニスコートに集まって練習ということ自体が出来なくなるのとのこと。
せっかくやる気になったのに、と愛莉が文句を垂れていたことを思い出す。
「そういえばみんな、年末年始はどうするの? わたし、今年はずっとこっちにいるから、みんなで初詣とか行きたいなあって。あ、ウノ」
「悪くないご提案ですねえ。まぁでも、それよりも先にクリスマスですよ、クリスマス。瑞希センパイの誕パみたいに集まったりとか、ノノ的には予定が出来て嬉しいんですけど。ドローフォー。青で」
「皆さんが集まるなら…………あ、パスで」
「え、またですか? 琴音センパイ10枚近く持ってません? 流石に弱すぎませんか?」
「私もそう思います……」
背丈の低いテーブルにカードを広げ某有名ゲームに興じる比奈、琴音、ノノの三人。凄いな琴音。減ってないどころか枚数どんどん増えてる。クソ弱い。ウケる。
聞くところによると、皆も年末年始は特別な用事は入っていないらしい。唯一両親の実家が遠い比奈も、今年は帰省せずに自宅で過ごすようだ。
恐らく比奈とノノの言った通りになるんだろうな。コイツらフットサル部以外にロクな交友無いから。友達と集まるイコール、いつものこのメンバーだし。って、それは俺も一緒か。
「じゃあみんなで集まりましょっか」
「ほーん。それでいいの長瀬?」
「え。なにが?」
「ハルと二人がいいーとか言い出すんかと」
「なぁっ……!? そっ、そそそ、そんなわけないでしょッ!? それくらいの分別は付くわよっ! どうせみんな言い出すんだから、わざわざ私から言わないだけっ!」
……………………
「今の発言どう思います。比奈センパイ」
「うん。凄いよね愛莉ちゃん」
「まるで言い訳になっていませんね」
うむ。同じこと考えてた。
先日の買い物前に敢行されたデート擬きを発見されて以降、もはや愛莉の動向はフットサル部においても公然の秘密と化してしまっている。秘密ってなんだよ。とは思うが。
4人それぞれと様々な出来事を得た今もなお、このメンバーとの関係性はそれほど進展していない。多少遠慮が無くなって来たという程度で、相も変わらずの仲良し軍団だ。
パッと見は、だけど。
俺と二人きりになるとまた話は別。
「今回は陽翔くんのお家がいいな。愛莉ちゃんと琴音ちゃんだけ行ったことあるの、ズルいもん」
「あっ、それナイスひーにゃん! あれでしょ? ハルのアパートもうハルしか住んでないんでしょ? オールしよオール」
「おっほ! そりゃ良いですねえ! センパイ、酒池肉林ですよ! 酒の湖、肉の森ですよ!」
「なんでお前が一番興奮してんだよ……」
良からぬ妄想を膨らませるノノは放っておくとして。やっぱりこうなるのか。どうしても。
別にいいんだけど、それはそれで気苦労が増えて面倒やな。そろそろ真面目に貞操が危うい。
そう。瑞希の言うように、あのアパートには本当に俺しか住んでいないらしい。
こないだ大家さんに連絡取って確認してみたら、9月には俺以外みんな退居済みなんだとか。
だからなんだって話だけど。
駄目だ。浮かれてるわ。
強くあれヒロセハルト。
それに、何の抵抗も無く受け入れるわけにはいかない。こんな俺でも、一応には年末年始の予定なら予め作ってあるのだ。
「……あのさ。後出しで悪いんやけど」
「なに? 都合悪かった?」
「いや…………イブから俺、実家戻るんだわ」
「…………えっ?」
愛莉の呆気に取られた呟きを最後に、静寂がひた走る談話スペース。そこまで変なことは言ってないだろ。ただ帰省するってだけだぞ。
「…………マジで?」
「マジで」
「……ほーん。へー、そっか。まーそれならしゃーないけど…………え、ごめんハル。めっちゃ空気読めないこと言うけどさ。ハルって地元超嫌い人間じゃなかったっけ? なんでわざわざ?」
敢えて言い出しにくいことを先んじて口にしてくれた瑞希のおかげで、皆揃って似たように頷く。なるほど。それを気にしていたというか、驚いていたのか。
「……まぁ、心境の変化っつうか。そんなとこ。別に逃げ出したわけちゃうけど、今ならもう少し余裕持って周りも見れっかなって、そんだけ」
「…………そう。なら、仕方ないわね」
「悪いな。せっかく提案してくれたのに」
「ううん。ハルト、いっつも家の話するときちょっと辛そうな顔してるしさ。良いタイミングだと思う。応援してるわ」
「別に応援されてもな」
「とにかく、大丈夫だからっ」
気丈に振る舞う愛莉の優しさが嫌に恥ずかしかった。俺、そんなに辛気臭い顔していたのか。知らないうちに気を遣わせていたんだろうな。なにやってんだか。
「あー。なるほどなるほどっ……フットサル部でご家族の話があまり出て来ないのって、陽翔センパイが理由なんですね。別に聞きたいわけじゃないですけどっ」
「愛莉さんの仰る通りだと思います。鉄は熱いうちに打てと言いますから、貴方がそうしたいと思ったのならば、最良の時期ということなのでしょう。そもそも、人にアレコレ口出ししておいてご自身がおざなりというのも問題ですが」
「口出しされたの? 琴音ちゃん」
「…………ノーコメントで」
「ふふっ、かーわいー♪」
「抱き着かないでください。暖かいだけです」
「秒でイチャつき始めたこの人たち……」
真面目な雰囲気かと思ったのに。
ノノ。お前は悪くない。安心しろ。
そんなこんなで、俺は年末年始を地元、大阪で過ごすこととなっている。とは言っても相変わらずあの人たちは仕事で家にいないので、俺一人であることに変わりは無いけれど。
南雲との再会やテツの話に感化されたわけではないが。今一度しっかりと、生まれ育った街を見つめ直してみたいと、自然と思うようになったのだ。
逃げ出したわけではない。
なんて、本当は嘘も良いところで。
一刻も早く街を離れたくて、結果的に山嵜へ編入したのだ。そんな場所に敢えて帰ろうというのだから、なかなかリスキーなことをしようとしている。
けれど、帰らなければ分からないこと。
自分の目で見なければ、納得出来ないことがある。
それに、フットサル部で過ごしていくうちに手に入れたモノを、俺が離さず持ち続けていることが出来るのなら。それほど辛い帰省にはならないだろうと、どこか赦す気になれた。
「うーん。でもそっか……陽翔くん、暫く逢えないんだね。理由は納得できるけど、やっぱりちょっと寂しいかも」
「仕方ないですよ、比奈。まさか陽翔さんのご実家に着いてくわけにもいきませんから」
「え。待ってくすみん。今なんて言った?」
「……はい? ですから、ご実家に……」
「それだァっ!!」
どういうことかと頭を捻る比奈、琴音を置き去りにして、意気揚々と立ち上がる瑞希。大発見だ、と言わんばかりに指を突き立て目を輝かせる。
「みんなで行けばいいんだよっ! ハルの地元っ!」
……………………
「ついでに大阪観光だッ! なっ、ハル!!」
「なっ、じゃねえよ」
この展開見覚えあるんだけど。
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