381. めっちゃ崇めるよ
初の県大会決勝へ進出し健闘を見せたサッカー部の面々はそれから一週間、文字通り学校中の主役であった。クラスのオミを始め行く先々で注目を集め、気分は芸能人と言ったところか。
一方で渦中のオミは「傷口に塩塗られてる気分」と良い顔をしていなかった。
友達と顔を合わせる度「俺が外して負けたから声掛けるな」と全力の自虐を飛ばしていた。メンタルが強いのか弱いのか。
「で、オレも大変なわけよ」
「ほーん。試合出てねえのにな」
「めっちゃ言うじゃん。つら」
フットサル部の連中がクラスの友人らに捕まってしまい、珍しく一人で昼休みを過ごすこととなった俺は、ほんの気紛れで食堂へと足を運んでいた。
無論、愛莉の弁当持参で。
甘えている。悪意は無い。日常。
するとテーブル席の片隅に同じく一人ぼっちで定食を囲う茂木の姿を見つけ、声を掛けてみたという次第。
特別仲が良いというわけでもないけれど、体育の授業やセレクションで互いに何かと世話になっている手前、あまり抵抗も無く受け入れてくれた。
普通に言っているけど、凄いことだからな。俺がその場のノリで誰かを飯に誘うとか。奇跡。
「ヒロロン的にあの試合どうだった?」
「なんやヒロロンて」
「え。あだ名」
「んなこと聞いてねえよ。分かれや」
「いーじゃん別に。ヒロロンも堅いんだよ。気軽にてっちゃんって。若しくはてちてちとかでもいいよ。テツは元カノに呼ばれてたからNGね」
「いらんいらんその情報」
連れないなあ、と白米を掻き込みながらケラケラと笑う、見た目サブカル色の強い細身な茂木。そういや下の名前、哲哉だったっけ。忘れてたわ。
チャラいと適当をミックスしたこの感じ、どことなく瑞希に似ている気がする。
いや、決して瑞希が男っぽいとかそういうわけではなく。完全に否定するのもまたアレだけど。
あまり気を遣う必要も無い飄々とした性格という点で、この学校の知り合いではフットサル部を除いて接しやすい人間の上位には入る。フィーリングが合うのだろうか。分からんが。
「テツはどう思ったん」
「ちょっと、マジで辞めてって」
「いいから教えろよてちてち」
「うわあ。めんどくさヒロロン」
妙に馬が合う。
俺も適当加減で言えば相当だったわ。
「まぁなんて言うのかね。流石に受け身過ぎたかなあって。3-5-2使ったの初めてだったんだよね」
「ぶっつけ本番か」
「前から対策っていうか、練習はしてたけど。実質6バックだよアレ。ボランチ一人が一列落ちて、センターバックがワイドに開くから。ウイングとサイドバック対策ってハンチョウ言ってたけど、反発力無さ過ぎてちょっとね」
試合中に抱いた感想とおおよそ似たようなことを茂木も考えていたようだ。
カウンターが綺麗に決まったから良かったものの、後半は南雲を自由にさせ過ぎてほぼ守備の時間だったし。
「つっても、それをカバーするためのアレやろ。谷口やっけ。中盤で使ったんじゃねえのか」
「あー。あれね。キャプテンのアイデア。ハンチョウ最後までずっと反対してた。準々決勝でハンチョウに内緒で、キャプテンがダイゴに「一列前でやれ」って言って、それが機能しちゃったから。暗黙の了解ってやつ?」
「なんだ。仕事してねえじゃねえか」
「うん。ハンチョウなんもしてないよ。基本」
先制ゴールは谷口の高い位置取りでのインターセプトが起点になっていたが、どうやら偶然の産物だったようだ。
となると、桐栄相手にあれだけ善戦出来たのも半ば奇跡のようなものだな。
「馬鹿にするわけじゃねえけどよ」
「ハンチョウ? いいよ別に」
「人望無さ過ぎやろ」
「無いよ。普通に」
茂木にまでボロクソ言われてるあの人。
そう。だからこそ疑問なんだよな。
「この辺りのレベルよう知らんけど、割と強い方やろ。山嵜。なんでアイツが顧問っつうか、監督やねん。他に居らんのか」
「ウチがスポーツ推薦とか始める前からずっとやってるらしいからね。偶々実力のあるメンバーが揃って、中途半端に結果出しちゃったから、変えるに変えられないんじゃない?」
「面倒な仕組みしとんのな」
「去年もそうだったよ。基本的にシステムとかは決められるけど、守備の形とか攻撃のパターンとか、だいたい歴代のキャプテンが決めてるっぽい。で、ハンチョウがしゃしゃり出るとだいたい負け」
「悪循環じゃねえか」
「ヒロロン監督やる? めっちゃ崇めるよ」
「ライセンスあったら考えてやるわ」
特に深刻な様子も見せずヘラヘラと笑う茂木であったが、あまり馬鹿にも出来ない案件だ。
いくら優秀な選手が揃っていようとも、兵を動かすのは将軍の仕事。一人ですべてを片付ける飛び抜けたプレーヤーなど早々居ないのだから。
聞けば聞くほど、アイツに似ているな。
体型といい選手への扱いといい。
ハンチョウにはこれといった戦術の拘り等は無いようだが、アイツに関しては「従わない人間は使わない」とわざわざ名指しで扱き下ろしてくるものだから、俺に限らず皆困っていた。
明らかに揃っている選手の特徴を活かし切れない戦術だと、アイツ自身も理解していただろうに。
それでも貫く辺り、本当に好き嫌いで起用していたんだろうな。
思い出したくもねえ。どこにでも理想論だけで現実の見えていない指導者は居るものだ。
「話変わるけどさ。ヒロロン桐栄の南雲に声掛けられてなかった? 知り合い?」
「ん……まぁな。元チームメイト」
「あー、南雲ってセレゾン出身なんだ。いやでも、ヒロロンって本当にすげえよね。南雲もそうだけど、
やたらキラキラと輝いた目で語るものだ。仮にもサッカー部なだけあって、流石に知っているか。
内海功治。黒川隼人。
共にセレゾン大阪ユースでプレーしている、この世代の代表格とも言える選手だ。まぁ、内海はもうトップチームに合流しているけど。
そしてこの二人も、高校一年まで共にユースでプレーしていた元チームメイトである。
内海は小学生のジュニアチーム、黒川はジュニアユースからだから、少なくとも共に三年以上の付き合いがある。
「この話も何度目やけど、なんで俺のこと知らねえでアイツらなんだよ。自慢じゃねえけどイングランド大会見てねえの? アシスト王だぞ?」
「いやあ。だって二年前でしょ? ぶっちゃけ同世代の活躍とか興味無かったし、世代別のワールドカップまではチェック出来ないって」
「解せぬ……」
ユースの実績は俺の方が上なのに。謎。
「なに? もしかして仲悪かったん?」
「……内海はそうでもねえけど、黒川はな」
「うわっ。それめっちゃ気になるんだけど」
「面白い話ちゃうで。単純に張り合ってたってだけや。まぁアイツが一方的にやけどな」
「へぇー……世代ナンバーワンFWが意識するくらいだったってことかー。やっぱ凄いねヒロロン。今からでもサッカー部入りなって。新チームになったら即10番だよ」
「だから嫌だっつってんだろ」
「へいへい。分かってますよん」
茂木ののほほんとした雰囲気に呑まれて、余計なことを喋り過ぎてしまった。
向こうでのことはなるべく秘密にしないとって、ずっと気を付けていたのに。油断ならないなコイツも……。
「まー、ヒロロンも色々あるだろうししょうがねえけどさ。でもやっぱ、気になるわけですよ」
「あ。なにが」
「オレもちょっと調べちゃったんだよ。なんでヒロロンがセレゾンユース辞めたのか。でも具体的な理由とかどこにも載ってないんだよね」
「…………まぁ、言い触らすことでもねえし」
「じゃ、その気になったら今度教えてーね」
食器を片付け先に席を立つ茂木。
あまり深掘りする気は無いようで安心した。
理由は、本当に色々だ。少なくとも残り五分の昼休みでは、とても話し足りない。勿論、話す気も無いけれど。
かといって、忘れてしまうのもどうかと、やはり思っていた。南雲に言われた言葉がどうしても引っ掛かっていて。
「じゃあまたねヒロロン」
「おう。じゃあなテツ」
「ねーだからそれ辞めてって」
「トラウマ克服にはちょうどええやろ」
「うわー。悪びれもしないで」
とは言いつつも楽しそうに笑ったままのテツであった。
不思議な奴だ。オミも負けずの好漢だけれど、アイツはアイツで良く分からない何かがあるな。
(…………トラウマ、か)
もう何度目になるのだろう。
どれもこれも、自分に必要なことじゃないか。
二度と帰りたくない故郷。
願わくば忘れてしまいたい過去。
しっかりと向き合うべきなのだろうか。
だとしたら…………悪くない時期なのかもな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます