380. 嘘を吐いているわけではない


(この辺りか……)


 フットサル部はそのまま現地解散となり、俺は一人、スタジアム付近の駐車場でスマホを眺めながらある人物の到着を待っていた。


 あの後、桐栄学園の選手たちもこちらのスタンドへ挨拶に来て。

 そのままアイツに「ここで待っていろ」と念を押されたために、渋々やってきた格好だ。


 暫くすると、エンジ色のジャージに身を包んだ集団が遠くに現れる。奥に留まっているバスへ乗り込むようだが、そのうちの一人が俺の姿を見つけ、中々のスピードで駆け寄って来た。



「ううおおおおっ!! ホンマに廣瀬やッ!!」

「他の誰だってんだよ」

「アホっ、こっちの身にもなれっちゅうねん! ビックリしたでえ、コウちゃんからセレゾン辞めた聞かされて飛び上がったわ。まさかこんなところで再会するとはなぁ」


 桐栄学園の背番号7番。

 元チームメイト、南雲亮介ナグモリョウスケだ。


 相変わらず身長は160と少しで止まっているようで、耳に残る粘着質な関西弁と、それに似つかわぬサラ髪も当時と変わらない。



「……で、用事は? 手短にしろよ」

「分あっとるわあっとる、ワイも時間無いねん、こっから帰って祝勝会もせんとミーティングやさかい、顔見れただけでも満足や」

「あっそ。なら帰るわ」

「ちょっ、待てやアホッ!!」


 うるさい。声がデカい。

 リアクションが大袈裟。ウザい。



「で、こんなところでなにしとるんやお前、まさかサッカー辞めたわけちゃうやろ? 廣瀬の実力で山嵜のベンチにも入れんわけあらへんし……」

「いや、辞めた。サッカーはな」

「……ハァッッ!? おまっ、ええっ!? 嘘やろッ!? アホちゃうかお前ッ!? プロ入り間違いなしの超天才がなに言うとんねん!」


 本当に声デカいな。控えろや。

 桐栄の連中もこっち見てるし。面倒くさ。



「ん? 待て。サッカーはってどないこっちゃ?」

「……フットサル、やってんだわ」

「フットサルぅっ!? なんでまた!?」

「色々あったんだよ。悪いけど、サッカーも、セレゾンも、戻る気ねえから。まぁ、内海と、大場と、あと財部タカラベさんには宜しく言っといてくれ。そこそこ元気に生きとっから」


 さも当然と言いのける俺を前に、目をパチクリさせている南雲。


 そこまで不思議なことは言っていない。まぁ、俺の現状についてはツッコミどころ満載なのは否定しないが。



「…………なんか、変わったな、廣瀬」

「あ? なにが」

「あん頃の廣瀬なん「お前にゃ関係ねえ、死ね」くらいは言うてはったやろ。性格変わり過ぎとちゃうか? そもそもホンマに廣瀬なん?」

「目を見ろ目を。血も涙も無い極悪人の目や。いっつも言うとったろお前」

「……いや、目もなんか変わったわ。あれや、人間の目になっとる。凡人の瞳やで」

「ならちょうどええわ。ようやく実力と性格のバランスが取れてきた頃でな」

「…………はえ~。ホンマ別人やなぁ……」


 言うほどだろうか。

 南雲が変わらなすぎるだけでは。


 一応、俺とて自覚が無いわけでもない。確かに南雲と一緒だった中学の頃までは、もうちょっと口も態度も悪かった記憶はあるけど。けど中身はそこまでだろ。



「んー…………まあな~っ。人の人生にアレコレ口出すのもアレやけど、せやかて、勿体ないわ廣瀬。怪我も治っとるんやろ? 江原のオッチャンと喧嘩したんも聞いたけど、そこは大人になろうや。今なら仲直り出来るんとちゃうか?」

「馬鹿言え。生まれ変わっても謝らねえよ。頭下げんのはアイツの方や」

「…………やっぱ変わっとらんわ。うん」


 どこで納得してんだよ。

 深々と頷くな。ムカつくわ。



「スマホ持っとるやろ。ライン交換しようや。フットサル言うても暇しとるんやろ? 関東なら堀ちゃんとトーソンもおるん、偶には顔合わせえな」

「やだよ。堀はともかく藤村嫌いやろ俺のこと」

「ツンデレっちゅうやつよぉ! 偶にでええねん、みんな心配しとるんやから。なっ? あとついでに隣におった女の子紹介してや、なっ!?」

「いつかな、いつか」

「おっし! 言質取った!」


 そういやこういう奴だった。

 美人には目が無いのだ。

 それも若干ロリコン気質。


 御覧の通り、誰に対してもフレンドリーで喧しい南雲は、俺たちの代のムードメーカーだった。

 基本的に人との関わりを持とうとしなかった俺へ声を掛けていたのも、この南雲と、内海と、大場くらいのものだ。


 SNSアプリのIDを交換している間も、南雲のお喋りは止まらない。



「しっかし、人生分からんもんやなあ。まさかワイが桐栄のレギュラーになっとるうちに、コウちゃんはA代表入り、クロとみやもっちゃんもトップデビューやろ? ほんで廣瀬がサッカーすらしとらんとか……一年そこらで変わるもんやなあ」

「……そうだな」

「まさか廣瀬よりもプロに近いとこおるなん中学の頃のワイには考えられへんで」

「もう誘われてるのか」

「おうよ。こないだブランコスの練習参加させてもろうたわ。やっぱええなあプロっちゅうのは。全国も行けて、アピールも出来て万々歳よ」


 やや意地汚いホクホク顔の南雲は、どうやら念願のプロ入りへ着実に準備を進めているらしい。


 今日の試合も桐栄のなかでは特に目立っていたからな。二年で名門校のレギュラー入りとなれば、注目されるのも当然か。



「で、フットサルやっけ? どれくらい本気でやっとるん? あれやろ、フットサルもプロチームあるんよな? 流石にそういうとこやろ?」

「……いや。普通に、部活」

「なら、そっちでは知られとるん?」

「別に。なんなら夏に出来たばっか」

「夏ぅ? なら半年も経ってないんか?」

「……それまでなんもしとらんかったからな」

「ふーん…………遊びの延長っちゅうわけか」

「遊び?」


 何気ない一言ではあったのだろうが、どうにも引っ掛かった。サッカー部の試合の前、林にも言われた言葉だ。



「遊びやろ。そらそうよ。本気でフットサルのプロ目指しとるわけちゃうんやろ? かといってサッカーにも戻らんて」

「…………割と本気でやってるつもりやけどな」

「んなん言葉だけやわ。やっぱなぁこういうのは結果残さな。いや、嬉しいで? 廣瀬がボール蹴るのだけは辞めてへんの、めっちゃ嬉しいんよ。せやけどなぁ。やっぱ廣瀬には相応しいステージっちゅうやつがあると思うんよ」

「…………そんなもんかね」

「あん頃の廣瀬なん、プロになれへんかったら死ぬくらいの悲壮感バチバチやったやん。そういうガツガツした感じが無いねん。今の廣瀬」


 どこか残念そうに首を振る南雲の言葉は、やや厳しさこそ窺えるものの本心から言っているソレであると、分からない筈もなかった。


 言われてみれば、とも思うが。

 こればかりは口で説明しても、な。



「……なら言う通りやな。俺は変わっちまったよ。サッカーだけが生き甲斐じゃなくなっちまった。もっと大事にせなアカンものが、増え過ぎたんだよ」

「…………そか。まぁ、それもええんとちゃう」

「んだよ。素直やな」

「丸くなったなぁ、思て」

「かもな」


 IDの交換を終えると、南雲の名前を呼ぶ声が遠くから聞こえて来た。そろそろバスが出発するのだろう。すぐに行くと一声掛け、南雲は改めてこちらを向いて。



「言うてワイは、廣瀬と一緒に代表で活躍する夢、まだ諦めてへんで。なんなら桐栄にも、トレセンにも、廣瀬より上手いと思えた奴はおらへんわ」

「……あっそ」

「ぶっちゃけ、顔合わすたび暴言オンパレードやった昔の廣瀬よりめちゃ喋りやすいし、性格はこのままでええけどな? やっぱサッカーやっとる廣瀬ともっかい会いたいねん。ワイがセレゾンユース行かへんかったんも、廣瀬のおるセレゾンブッ飛ばすためやからな」

「……そんな理由やったんか」

「あと、関東の方がべっぴんさん多いねん」

「アホくさ」

「あと高校選手権言うたらなっ! 大会公式マネージャーっちゅうのがおるねん! 毎年えらい可愛い芸能人の子が選ばれてなあ、全国行ったらお近づきなれるかも分からへんやろ!?」


 それはもっと知らん。


「まっ、ええけどな! たぶん今のワイなら、廣瀬よりも上手いしっ。このまま燻ってもらって大いに結構! 仮に戻って来たら、全力でブッ叩いたるわ!」


 あまりにも眩しい笑顔に、嫌味と捉えるにはやや抵抗があった。昔からこういう奴だ。軽薄な人間だが、実は誰よりも負けず嫌いで。


 俺に一対一を挑んで何度泣かされていたか。今なら、分からないだろうな。


 いや、きっと南雲には勝てないだろう。名門校で揉まれたコイツと、それほど高い負荷も掛けずに日々を送る俺とでは。


 

(…………悔しいとか、ちょっとは思えよな)


 もはや俺と南雲では、フィールドが違う。


 コイツに限った話ではない。

 内海も、大場も、堀も、藤村も。

 今の俺と比べるのも烏滸がましい。


 なのに、何故。

 このモヤモヤは、どうして。


 いつになったら消えてくれるんだ。 

 いつまで俺は、囚われ続けているんだ。



「ほな、また会おうな廣瀬っ! 連絡せえよ」

「…………おう。あ、それと」

「ん? どしたん?」


 言い掛けた言葉をグッと飲み込もうとしたが、吐き出さない理由も無いだろうと、ついぞ口を開いた。本気でそう思っていたのだから、間違った行動でもないだろう。



「頑張れよ。全国。まぁ、テレビくらい見たるわ」

「…………ホンマ変わったなあ。見違えたわ」

「中々悪くねえだろ」

「あん頃より男前やで」

「お前に言われても嬉しかねえよ」

「ハッ。まっ、ええわ。テレビでワイの活躍拝んでおせちでも食えや。選手権終わったらボールでも蹴ろうな」

「…………気が向いたらな」

「それでええ」



 バスに乗る直前まで手を振る南雲を見送る。

 駐車場を離れ、寒々しい空に俺一人が残った。



(…………本気、か)



 嘘を吐いているわけではない。

 俺が過ごして来た日々は。

 アイツらとの時間は、本物だ。


 けれど、忘れているモノもある。

 それもきっと、本物の俺だったのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る