379. お疲れさん
あっという間の80分が終了した。
先制ゴールを奪いペースを握るかと思われた山嵜イレブンだったが、守勢に回る時間が多いことに変わりは無く。徐々に、しかし確実に体力を消耗していった。
前半こそリードしたまま折り返したものの、後半開始直後にセットプレーから失点。ちなみにコーナーキックを蹴ってアシストを記録したのは、例の南雲だったりする。
その後、桐栄学園の攻撃もやや陰りを見せ、試合は一進一退の様相を呈した。
山嵜も何度かチャンスを生み出したが、ツートップのオミと菊池が決定的なチャンスを一つずつ逃し、スコアは動かず。
1-1のまま後半が終了。
決勝の行方はPK戦へと委ねられた。
先行、桐栄学園の四人目まで両チーム譲らずゴール。しかし続く山嵜のキッカー、林。
「んにゃああっ! ポストかあっ!」
「狙い過ぎたな……」
すっかり応援に熱の籠った瑞希が頭を抱えガックリと項垂れる。
ゴール右上を狙ったシュートは、ポストに直撃した。キャプテンの失敗に、山嵜の応援スタンドはため息に包まれる。
続く桐栄学園の五人目のキッカーは、冷静にキーパーの反対を突き難なくゴールイン。歓声を爆発させる桐栄学園の応援団と、ピッチで思い思いに喜びを表現するイレブンたち。
残念ながら決勝で敗退だ。
よりによってPK負けか。辛いな。
「……あと一歩だったわね」
「……負ける時はこんなもんや」
「センパイは悔しくないんですかぁ゛っ!?」
「ちょっとはな。ちょっとは」
「ううぅっ……まさかここまでサッカー部への思い入れが残っているとは思いませんでした……こんなにくやじいのひざじぶりでず……ズビビビビ」
「ノノちゃん、ティッシュ」
「ずびばぜん゛ぅ……!」
比奈からポケットティッシュを受け取り鼻水を回収するノノ。感受性豊かなのは結構だが、せっかくの感動が薄れるから控えろ。面白くなっちゃうだろ。
「……キャプテンさん、泣いてる」
「自分が外して負けは悔しいよね……」
有希と真琴もどこか潤んだ瞳でピッチを見つめている。
号泣しその場から動けなくなってしまった林を、菊池が起き上がらせていた。普段と逆の関係性だな。不思議なものだ。
オミも茂木や谷口らチームメイトから肩を叩かれ励まされているが、表情は浮かばれない。まぁ、結構なチャンスを外してしまったし、思うところもあるが。
「いま言うのもあれだけどさ」
「……んっ」
「今日、みんなで観に来て良かった。私たち、ここまでずっと良い調子で来ちゃってるからさ。まあ、試合もそんなにやってないけど……負ける悔しさとか、ちょっと忘れてたかも」
「……そうかもな」
「まだまだ大会は先だけど、もっと意識して頑張らないと。反面教師じゃないけどさ。やっぱり、最後の最後にああいう思い、したくないから」
悲喜こもごものピッチをジッと見つめる愛莉が、隣でそっと囁く。久しぶりに負けず嫌いな彼女の姿を見たような気がする。
俺との関係にああだこうだと振り回される愛莉も悪くないけれど。やっぱりこういう真剣な瞳が、お前にはよく似合うな。
「ほら、挨拶来るぞ」
たどたどしい足取りで、山嵜サッカー部がこちらのスタンドへとやって来る。皆揃って顔を真っ赤にして、人目も憚らず涙を流していた。
三年生にとっては、負けたら引退となる最後の大会だ。それも初めての県大会決勝、全国に行けるチャンスだったのだから、悔しさも相当だろう。
愛莉の人知れぬ決意に、俺も思うところがあった。嫌味でもなく、俺のサッカー人生のほとんどは敗北に縁が無い。挙げるなら世代別ワールドカップのあの一戦くらいで。
きっと俺には分からない。分かる筈もない。彼らが選手権へどれだけの思いを込めているのか。知る由も無い。そこに至るまでの情熱も、努力も。なにもかも。
敗北の味など知りたくはない。知ったところで、意味の無い感情だ。
けれど、大観衆の前で涙を流す彼らをこうして眺めていると。不思議と、悪くないような気もしてきていた。
グルグルと思いを巡らせて。
ようやく辿り着く。
勝った負けたではない。
どれだけ全力で向き合えたかが大切で。
「…………ありがとう、ございました……ッ!」
鼻に掛かった掠れるような林の号令を合図に、イレブンが一斉に頭を下げる。スタンドから惜しみない拍手と声援が送られた。
「…………林ッ! 顔上げろッ!!」
思わず柵に乗り出し声を上げていた。
驚いたようにこちらを見つめる林。
「ええゲームやったぞ! PKなんてな、外すときは外すんやっ! お前のせいじゃねえ! お前が作った最高のチームやろッ! 最後くらい笑えやッ!」
「…………廣瀬……っ」
「オミっ! シケた顔すんなっ! 来年あんだろうがッ! 次は全国まで観に行かねえぞッ! 茂木もテメェ泣いてんじゃねえよ! 出てもいねえだろうがッ! せめてお前のせいで負けてから泣けやッ!」
唖然とした様子で顔を見合わせる二人。
不思議だ。こんなこと言う柄でもないのに。
どうしてか、言葉が止まらなかった。
「来年、ぜってえ全国行けよッ!!」
意図せずとも言い切ると同時に、再びスタンドからは拍手が沸き起こった。イレブンは少し強引ながらも笑顔を作って、もう一度頭を下げる。
そうさ。これで終わりじゃない。
今年は駄目でも、来年がある。
そうやって、何年も何年も受け継がれる血潮。
これからも続いていくのだ。
こんなところで立ち止まっている場合じゃない。
「廣瀬ェェっ! 俺にはねえのかァーッ!!」
「アアっ!? ねえよ! お疲れさんッ!!」
「もっとあんだろ!! ありがとなッ!!」
ボロボロの顔で絶叫する菊池を筆頭に、選手たちは客席に手を振りながらベンチへと戻っていく。涙で濡れた芝生は太陽の光と合わさって、また少し空へと伸びているようだった。
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