378. 嫌いじゃないけどね
ウォーミングアップの時間が終了し、程なくして試合が始まった。県大会決勝ともなれば注目度もそれなりのようで、15,000人収容のスタジアムは八割近い観衆で埋め尽くされている。
俺たちが陣取る山嵜側のスタンドを除いて、ほとんどの客が桐栄学園へ声援を飛ばしていることに気付いた。全国でも優秀な成績を収める強豪校と、初めて決勝に進出した中堅校では無理も無いか。
「葛西センパーイ!」
「おらあっ! もっと走れ坊主ゥっ!!」
「マジ聞こえるから辞めろって」
ノノはサッカー部で親交のあったオミへ、瑞希は三年エースの菊池へと声援を送る。後者は面白半分だろうけど。仮にも先輩だろ。多少は気を遣え。多少。
水色のユニフォームを纏う山嵜高校はオミと菊池を最前線に並べ、一列後ろにキャプテンの林が構える3-5-2のシステム。かのフィリップ・トルシエが重宝した布陣だ。最近じゃあまり見ないな。
二年の谷口もスタメンに名を連ねている。あとは分からない。茂木はベンチスタート。授業で見た限りスピードで勝負するタイプだろうし、ウイングバックの交代要員なのだろうか。
対するエンジ色のユニフォーム、桐栄学園は中盤の底にアンカー置いた4-3-3のシステム。南雲も左サイドバックでスタメン出場している。全体的に背の高い選手が多いな。
序盤は桐栄学園がボールを握っていた。最終ラインから丁寧にパスを繋ぎ、山嵜のプレスを巧みに躱している。ポゼッション比率は桐栄学園が7割といったところ。
「なかなかチャンスにならないわね……」
「セカンドボールも拾えてねえな」
「サイドバックの位置取りが上手いから、取り処を限定出来てないって感じ。左の7番、すっごく良いパス出してる」
愛莉のご指摘通り、桐栄学園のサイドバックは中に絞った高いポジショニングを取っている。近年サッカー界でフューチャーされるようになった、偽サイドバックと呼ばれる戦術だ。
読んで字の如く、サイドのディフェンダーが中央に寄ることで数的優位を作り出し、円滑なボールポゼッションを実現させる。
ワンボランチの左右のスペースを埋めることになるので、ディフェンスの局面においてもカウンターの防波堤となるわけだ。
勿論、強みがあれば弱点も存在する。
単純に難しいというか、負担が大きい。
サイドの守備とオーバーラップからのクロスくらいしか目立った役割の無かった旧来のサイドバックに、いきなり中盤でゲームメイクをしろと言うのだから、結構な難題である。
中盤の選手よりも、高い技術と視野の広さが要求される。それでいて本来のサイドバックの仕事もこなさなければいけないのだから、誰でも出来る役割ではない。
(まぁ、アイツならな)
その点、桐栄学園の左サイドバックである背番号7番、
ジュニアユースまではもう一列前の選手だった筈だから、恐らく桐栄に来てからコンバートされたのだろう。
左足から放たれる精度の高いミドルレンジのパスに、山嵜のディフェンス陣は手を焼いていた。
「このままだとじり貧ね……」
「いや、そうでもねえ」
「えっ……でも、ずっと桐栄の時間じゃない」
「長すぎんだよ。攻めてる時間が。まぁ見てろ」
言っただろう。弱点はある。現代サッカーの最先端と謳われる偽サイドバックにしたって例外ではない。これも極めて単純な話。
中に絞って数的優位を作る。
なら、その間サイドには誰が居るんだ?
「おっ、奪った!」
「葛西センパイがフリーになってますっ!」
自陣ペナルティーエリア前でボールを奪った山嵜。あれは、二年の谷口か。センターバックの選手と聞いていたけど、今日はボランチで出ているんだな。なるほど、流石に対策済みか。
ピッチ中央の林へパスが渡る。
相手のプレッシャーを受ける前に反転。
素早く右サイドへロングフィード。
「抜けたっ! ビッグチャンス!」
「言わんこっちゃねえ」
興奮気味に立ち上がる愛莉を筆頭に、山嵜側のスタンドも色めき立つ。一気にカウンターの大チャンスだ。
抜け出したのはサイドに流れていたオミ。現代では重宝されなくなって来たツートップだが、状況によってサイドに移動したり、位置を入れ替えたり、縦に並んだりと応用が効くのもまた良いところ。
桐栄のディフェンス陣もツートップを捉え切れていないわけではなかっただろうが。
ボールを奪った谷口、その後サイドに展開した林と、彼らの縦への強い意識が僅かに上回った形だ。
(懐かしい顔しとんな……)
完全に裏を取られてしまった南雲が、必死の形相で自陣へ帰還していく。
アイツは昔からこうだ。技術もフィジカルもそれなりのレベルを持っているのに、守備の一歩目が致命的に遅い。
南雲の展開力の高さを最大限に生かすための偽サイドバック然り、4-3-3のシステムなのだろうが。これでは逆効果。攻め切れないポゼッションサッカーなどこの世で最も価値が無い。
サイドを疾走するオミ。中央に走り込んでいた菊池に向かってセンタリング。
大柄なディフェンスに囲まれた菊池は、ただでさえ背が低いのにますます小さく見える。どうにか先に触ったが、ボールは相手に当たってしまい反対サイドへ流れていく。
「いっけえ林センパーイ!」
セカンドボールは林の足元へ。
しっかり詰めていたな。偉い。
「ううぉおおおおーーっっ!! ダイレクトで決めてきたかっ! 結構やるじゃんデカいのっ!!」
「わぁーっ! すごーいっ!」
歓声の木霊するスタジアム。後ろの瑞希と隣の比奈も嬉しそうに飛び跳ねる。
右足を振り抜いた一発は、ゴールマウス左上隅へ見事に突き刺さった。中々難しい体勢だっただろうに、上手く合わせたな。
流石はキャプテン。
俺らから二点取っただけはある。
なんてな。
「あんなに攻められてたのに、一回のカウンターで……」
「攻め慣れてるとこういうことになるんだよ。偽だろうがなんだろうが、基本はサイドバックや。裏へのケアを怠れば当然穴になる。オミも菊池もすばしっこいからな。対策がバッチリハマったんだろ」
「なるほどっ……」
真琴はメモ帳を片手に忙しなくペンを走らせていた。勉強熱心だな。その調子で机にも向かってほしいところだが。本当は受験生が来ていいところじゃないぞ。
「って、お前らもかよ」
「ゴレイロの参考になるかと……」
「基礎の基礎から始めないとなあって……」
「いや別にええけどよ」
同じくメモを取る琴音と有希。
琴音を有希の指導係に任命してから、練習中や普段の様子を見ても結構仲良さそうにしている。フィーリングが合うんだろうな。真面目だけどポンコツなところとか。
「これ、もしかして勝てるかもっ……」
「どうだろうな。守り切れるとは思えんけど」
「えっ…………そうなの?」
「まだ25分やろ。先制出来ただけマシかも分からんけど、オミも菊池もプレスバックでもうかなり消耗しとるし……勇気持って攻め上がらんことには、愛莉が言った通りの展開になるで」
とは言いつつも、実際のところは少し保険も掛けている。
カウンターを恐れた桐栄学園のポゼッションが機能しなくなる可能性も十分になるし、逆に反骨精神から更に攻勢を強めるかもしれない。
ある程度の推測や予想は立てられる。
が、絶対や100パーセントは存在しない。
様子を見るだけだ。
この試合を楽しむことに集中しよう。
「なにニヤニヤしてんのよ。気持ち悪い」
「偶にはええやろ。偶には」
「……まっ、嫌いじゃないけどね。そーゆー顔」
満足そうに微笑んだ愛莉が、どうにも眩しくて直視する気になれなかった。簡単に笑いやがって。集中させろっつってんだろ。
(…………やっぱ、ええな。サッカー)
ちょっとだけ。
ちょっとだけ、俺も一緒にプレーしたいとか。
思ったり、思わなかったり。
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