353. 秒で落としてやる


「おはようございます。体調は如何ですか」

「んっ。この通り抜群よ」

「本当ですか? 目が死んでいますよ?」

「それはいつも通り……いやこんな悲しいツッコミある?」

「なるほど。すっかり元気みたいですね」

「仮にも風邪拗らせてた奴に向かって貴様……」


 翌日の放課後。二日置いたことで体調も元に戻り、早速フットサル部に顔を出すこととした。

 着替えを済ませ新館一階の談話スペースへ向かう道中、同じく支度を済ませた琴音と合流する。



 体調の悪いときにわざわざ押し掛けるのもと、愛莉の存在も相まってこの二日間は気を遣いなにも連絡を寄越さなかったそうで。


 それにしては労りの一言があっても良いのではとも思ったが、会話の節々と毎度お馴染みの無表情のなかに、ほんの少し安どの色が窺えるようで。気持ちちょっとだけ嬉しい。



「ああっ! ハルっ、ハル来たああああっっ!! ハルううううっっ!!!!」

「あらよっと」

「ブホエェ゛ェェェッッ!!」


 談話スペースに到着すると、既に着替えを済ませスマホを弄って待っていた瑞希の突撃に遭う。華麗に躱してみると、そのままソファーへと墜落。



「なんで避けんだよッ! 余りあるラブパワー受け取れやっ!!」

「物理に変換すっからだよ。うぜえな」

「ひーにゃん! ハルなんかおかしい! 前より冷たくなった! 熱出して人格変わってるかもしれん!」

「いつも通りの陽翔くんだと思うけどなあ~」

「むしろ瑞希センパイは二日で溜め込み過ぎでは」


 続いて現れた比奈とノノにわんわん泣きつく瑞希。


 あまりに大袈裟だ。確かに騒がしい奴だけど、ここまでじゃなかっただろ。顔出さないうちになにがあったんだよ。



「この二日間、びっくりするくらい静かだったんですよ。瑞希さん。そもそも貴方が居ないせいで活動自体お休みでしたし。お見舞いに行くと言って聞かなかったんですから」

「でも、止めたんだろ」

「移るのが目に見えているので」

「賢い」


 こんなときばっかり頼りになるお前。瑞希も瑞希なら、琴音も琴音で欠かせないよなあ。ホント。



「でも本当に良かったですっ。センパイが体調崩すとか想像出来なさ過ぎて、逆にノノが風邪引くところでした」

「因果関係無さ過ぎやろ」

「で、どうだったんですか? 愛莉センパイとの濃厚な二日間は。ええ!? ラブラブランデブーですか! 濃厚接触ですかッ! どうなんですかッ!?」

「だからなんもねえって、今朝も言うたやろうが」

「ムラムラしちゃったんですかぁッッ!?」

「琴音。コイツ摘まみ出せ」

「痛ァァ゛ァァッッ゛!!!!」


 スマホの角を使いヘッドショットを決める琴音。

 容赦なさ過ぎる。いやしかし見事。



「もうっ、二人とも乱暴はダメ」

「んだよ比奈。怒るなら琴音だけやろ」

「それは勿論だけど、陽翔くんも。優しくないっ」

「いや絶対ノノが悪いって」

「ノノちゃんはもっと簡単に懐柔できるよ」

「なに急に怖いこと言い出すん辞めえや」


 やたらハイテンションの瑞希やノノと違い、こちらは平常運転の比奈。それはそれで逆に怖かったりもするんだけど。


 どうせ「二日逢えなかった分、良いでしょ?」とか言い出して露骨にベタベタしてくるのだ。オンオフのスイッチをどこで切り替えるかだけが問題。



「やっぱり陽翔くんが居ると居ないとじゃ全然違うんだよねえ。みんなちょっとだけ元気無かったり、どこかおかしかったり……わたしも寂しかったな」

「……お、おう」

「朝会ったとき、久しぶりくらい言ってくれてもいいのに」

「それはまぁ、ごめん」

「元気で戻って来てくれたから、良いけどね」


 思わせぶりな態度に居心地の悪さも覚える。


 いや、思わせぶりもなんもない。

 もう全部知ってるんだけど。だからこそ恐怖。



「比奈。距離が近いです。離れてください」

「えー? 琴音ちゃんには迷惑掛けてないよー?」

「陽翔さんが困ってます」

「陽翔くん、困ってるの?」

「……え、じゃあ困るわ今から」

「ぶーっ。ケチっ」


 ビックリした。

 お前、いつの間に俺の右手握ってたの。

 全然気付かなかった。こっわ。



「まったく、比奈に限らず皆さん浮かれ過ぎです。そもそも活動は週に三日なんですから、少なくとも一日は間が空いているんですよ。それが二日間お休みしていただけで……」


 なにやらブツブツ言いながらそっぽを向く琴音。

 すたこらとコートへ出て行ってしまった。


 いきなり機嫌悪くなったな。珍しい。

 琴音にしては分かりやす過ぎる態度を取るものだ。

 


「……勘違いやったら悪いんだけど」

「うん、どうしたの?」

「お前と琴音、なんか仲悪くなってね?」

「えー? まさかー」

「前より明らかに二人で居る頻度減ってる気が」

「そんなことないよ? 昨日だって一緒に夜ご飯食べてるし、二人で遊びに行ったりするし……もし何か変わったとしたら、理由は一つだけどね」


 分かってることをいちいち聞くの、辞めた方が良いよ。そんな一言を残し、比奈もコートへと去っていく。



「まー、くすみんはあれな。性格の問題っしょ。やっぱひーにゃんとは違うし、なんてったってくすみんだからな。ちゃんとロンリテキ? に解決しないとダメなんじゃないかな」

「なんやいきなり、お前が真面目な話すんな」

「あたしの扱いだけ酷くね? なんなん?」


 元通りになった瑞希の苦笑いも、思いのほか的確なフレーズも胸には刺さらない。偶に核心突いて来るから嫌いなんだよ。好きだけど。



「やっぱ琴音センパイはあれですよ。猫です猫。あんなダサいキャラ気に入ってるから自分も猫になっちゃうんですよ」

「言ってはならんことを軽々しく……」

「え、ドゲザですよ? ダサくないですか?」


 なんの躊躇いも無くドゲザねこを罵倒するノノであった。本人の前で絶対に言うなよ。スマホ投げ付けられるどころじゃ済まねえぞ今度こそ。



「そうは言ってもアレですよねぇ。結局のところ、琴音センパイみたいな堅物をねこねこにしちゃう陽翔センパイが一番悪いんですよねぇ~!」

「ホーントそれな~」


 なんやねこねこにするって。

 意味分からん動詞作るな。



「ノノたちも不幸な身の上でございますねぇ~!」

「あたしもくすみんみたいになりたいなぁ~!」

「なに結託してんだよ……」


 派手髪コンビが頬を擦り合わせ何やらイチャイチャし出す。知ってるこの動き。ふしぎなおどりってやつだ。キモい。



「もういっそのことレズに転向した方が良いかも分かりませんねぇ~……瑞希センパイお相手どうですかぁ~?」

「いやぁ~~キッツいわ~~」

「あぁ~~ん待ってくださいましぃぃ~~!」

「うふふふ~~♪ きも~~い☆」


 気色悪い言葉遣いと無駄に華麗なステップを並べ、コートへと消えていく二人。いつも通りの意味分からんノリと言えばその通りなんだけれど。増してキモいな。



 まぁ、琴音の件は一旦置いておくとして。

 練習だ。久しぶりに。つっても三日ぶりだけど。


 ここ暫く色々あったとはいえ、すっかり堕落してしまった。身体もそうだし、メンタル的にも。いい加減に冬も本格的となってきた以上、これ以上の気の緩みは怪我に繋がりかねない。


 そう、気を引き締めるのだ。

 昨日のことはなるべく思い返さず……。



「ハルト?」

「…………お、おう。愛莉か。おはよ」

「朝も会ったでしょ」


 なんて言ってる傍から気が緩み始めた。昨日とは違い、見慣れたトレーニングウェアで現れた愛莉に分かりやすくキョドってしまう。


 が、向こうも向こうで似たようなもので。朝に教室で顔を合わせたときなんて、それはもう酷かった。声を掛けた瞬間、顔を真っ赤にして慌て出すのだから。



「…………どう? 落ち着いた?」

「多少……そっちは?」

「わたしもやっとって感じ……」


 お互い言葉に詰まる。なんてことはない、早く皆の待つコートへ向かえばいいのに。わざわざ二人きりになってどうしろというのか。


 …………なるほど。アイツらこれを見越してさっさと談話スペースから離れたな。琴音以外。クソ、余計なところで気を遣いやがって。癪だ。



「……みんなには話したのか?」

「話したって、なにを?」

「いや、その……昨日のアレコレ」

「まさかっ……比奈ちゃんにはすっごい聞かれたけどね。上手くはぐらかしたわよ。どこまで信じて貰えたか分かんないけど」

「そうか……ならええけど」

「だっ、だいたいね、いいっ、言えるわけないでしょっ!? 一日中抱き合ってイチャイチャしてたとかっ、何回もキスしたとかっ……!」

「いや、わざわざ思い出させんでええて」

「もう家に帰ってから我にも返ったって言うか!? ホントに大変だったんだから真琴にも変な目で見られるしお風呂でのぼせるし全然寝れないしっ!!」

「ええって言わんで」

「あんなの昨日だけだからッ! とにかく今日は絶対にしないからねっ!? あれが毎日続いたら頭おかしくなるからッ!!」

「だからもう喋んなッ!!」


 恥じるのか喜ぶのかどっちかにしてほしい。


 気持ちは分かる。俺だってこうして、お前と面と向かって話しているだけで結構な労力なのだ。けれどそこまでこんがらがっちゃいない。地頭の差だ。恐らく。



「…………ホント変な感じ。結局なにも変わってないのに、全部違って見える。これ慣れるまで時間掛かるかも」

「……慣れなくてもええやろ。まぁなんつうか、それぐらいの緊張感持って過ごした方が上手く行くんちゃうの。知らんけど」

「……アンタはアンタでいつも通りだしさっ」

「そうでもねえよ。普通にドキドキしてる」

「……ッ……まっ、またそうやってぇ……!」


 湯沸し器の如く秒で沸騰する顔面に、思わず変な笑いも込み上げる。まぁ、変わっていないと思うのならそれもその通りなのだろう。


 けれど、今までと同じはない。もう変わってしまったし、これから更に変わろうとしている。


 途中に居るだけだ。それが一生続くなら。なんて甘ったれたことも、少しだけ思っているけれど。



「行こうぜ。愛莉。みんな待ってる」

「……待ってるのはアンタのことだけでしょ」

「ところがそうでもない。知ってるだろ?」

「…………その余裕顔、いつまで続くか見物ね」

「ハッ。やってみろや」

「……秒で落としてやるから。覚悟してなさい」


 なるほど。いい面構えだ。

 なんて、人に言えるほど実際余裕でも無いが。


 ただ、本当にそう思ったのだから仕方ない。

 目の前にいるのは愛莉のようで、愛莉でない。


 俺の知っている彼女と、知らない彼女。

 けれど、一つだけ共通しているモノがある。



 すべてを欲する、エゴイストの瞳。


 そんな綺麗な目をしているお前だから。

 心から想えるのだと、そう思った。


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