338. 早く来ねえかな


 下校を促すチャイムに助けられ、なんとか貞操喪失の危機から脱出することに成功し帰途に就く。


 スクールバスのなかでも最後尾で二人に囲まれ、他の生徒からだいぶ白い目で見られていた。俺のせいじゃない。絶対に。



 そのまま駅前で解散。今日は真琴も練習に誘ってこなかったので、久々に一人で過ごすゆったりとした夜だ。近くのスーパーで総菜を買ってさっさと家に引き籠る。


 なんとなく付けたパソコンでネットサーファインに勤む最中、瑞希が主に管理している例のSNSサイトに飛んでみる。前に見たときより更にフォロワーが増えているな……そろそろ5000人か。



 夏休みに投稿した瑞希のリフティング動画なんて、未だに再生回数もリプライも増え続けている。


 最初の方は「上手い!」「女の子なのに凄い!」みたいなコメントが多いけど、最近は「可愛い」「可愛い」「パンツ見えそう」「可愛い」「パンツ」のオンパレード。煩悩の塊め。



 ここのところは練習の様子を撮影した動画も上げているようで、比奈とノノが一緒に映っている動画もやたら反応が良い様子であった。普通に可愛いからなアイツらも。人気も出るわ。


 そんななか、頑なに露出を拒み続けている愛莉と琴音。そして俺である。


 アイツらは性格的にSNS向きじゃないだろうし、俺は俺で顔出しすると余計な火種を生みそうで。特に俺と愛莉なんて、名前で検索すれば普通に本名すべてと顔面が出て来てしまうのだ。



(…………ん?)


 なんとなく自分の名前を入れて検索してみると、比較的新しいニュース記事が見つかった。


 夏休み前に低俗な雑誌で取り上げられていたような内容がまたフューチャーされているのか。面倒くさ。


 が、読み進めているとそういうわけでもないらしい。

 懐かしい名前と顔が記事のトップに躍り出る。




【セレゾン大阪U-18、壁にぶち当たる黄金世代。

 MF内海「廣瀬がいれば、とは言われたくない」】


【11月15日(日)。セレゾン大阪U-18は、2年ぶりのを目指していたU-18チャンピオンズリーグ(クラブ、高校混合の全国リーグ)の最終節、ガンズ大阪ユース戦に1-5で敗北。リーグ最下位が確定し、来季からの二部リーグ参戦が決定した。

 夏に行われたユース選手権でもまさかの一回戦負けに終わった黄金世代が、再び屈辱を味わうこととなった。



 序盤からガンズ大阪ユースのハイプレスに苦しんだ。前半5分に最終ラインでの連係ミスを突かれあっさり失点を喫すると、その後も守備の乱れを立て直せず続けざまに失点。負ければ降格が決まる一戦にもかかわらず、今一つ攻守に迫力が生まれない。


 立て直しを図った後半開始直後にも早々に失点。39分に途中出場のFW大場(2年)のファインゴールが生まれ反撃を試みたが、直後にMF宮本(2年)が自陣でボールを失い、カウンターから再び失点。同郷のライバル相手に、あまり悔しい敗北となった。


 

 クラブ史上最年少でのトップチームデビュー、A代表選出を果たし、久しぶりのユース大会出場となったMF内海(2年)は「個人としては勿論、チーム全体として前へ押し上げる勇気が足りない。リスクを掛けて攻めに出れなかったのがすべて」と受け身に回ったゲームを悔やんだ。



「前半に点を返すチャンスはあった。ここでボールを受けられればというシーンもあったが、結果的にパスが来なかった。自分自身がまだまだ、そういうボールを呼び込む力が足りていないし、チームメイトにも求めて行かないといけない部分」

「そこで自分が怯んで、自陣まで降りて行ってしまったのも、結果的に攻めに出る勇気が足りなかったということ」



 中盤でボールが回らず前線の選手が自陣深くにまでパスを受けに戻るため、攻撃のリズムが作れないシーンが目に付いた。


 今シーズン多くの試合で見られたチームの課題であるが、最後まで改善することが出来なかった。インタビュー後、常に前向きな発言でチームを奮い立たせる内海にしては珍しい、弱気なコメントも印象的だった。



「ジュリー(4月に帰国し母国クラブへ移籍したジュリアーノ・カトウ)がいれば自分一人で持って行ってくれるし、チームとしてもっと楽になるんだろうな、とは思いました」

「あとはやっぱり、廣瀬(3月に契約条項に違反する秩序風紀を乱す行為があったとしてチームを退団)みたいな中盤で自信を持ってボールを捌いてくれる選手が居れば……まだまだ自分なんかじゃ、彼のレベルには及ばないなと」


 世代別代表としてプレーし、U-17ワールドカップでも活躍したかつてのチームメイトに頼りたくなるほど、内海の精神は厳しい闘いのなかで擦り切れているようだった。しかし彼も、今やトップチームの未来を左右する存在。



「廣瀬が抜けてからチームの調子は良くない。でもそれを言い訳にはしたくないし、廣瀬がいればとは言われたくない。来シーズンを二部で戦うのは自分たちの責任。トップでの経験を活かして、必ず一部に戻りたいです」】




(…………なんだ。降格したのか)


 目前の多忙に追われ動向をチェックするのも覚束ない日々であったが、聞けば古巣は俺が抜けてから随分と調子が悪いらしい。


 内海も夏休みの頃までは代表入りまでしてイケイケだったというのに、今一つ調子が上がらないようだ。相変わらずフットボールの流れは進歩も退化もスピードが速すぎる。



 彼らの不調ぶりを前に「ざまあみろ」なんて馬鹿なことは考えない。少なくとも内海やジュリーを筆頭に、俺のことを気に掛けてくれていた仲間のことは今でもしっかり覚えている。


 憧れのクラブで、憧れのユニフォームを着て。憧れのエンブレムを付けて闘った日々は、俺にとって大きな財産だ。それは時間が経ち過去の話となった今でも変わることは無い。



 けれど、過去は過去。今は今。

 忘れなくても良いけれど。

 捉われる必要は無い。


 俺たちが直面している問題にしたって同様のこと。ただの仲良し集団だったフットサル部の関係は少しずつ。しかし確実に大きな変化を遂げている。


 そんな流れに着いて行けていない奴が一人。必ずしも良い方向への舵取りだとは思っていないが、結果的に不利益を被っているのなら、手を差し伸べる必要はある。



 俺も俺で、やることやらないとな。

 取りあえず愛莉に電話でもするか。

 そろそろバイトも終わっただろうし。


 迷惑なら迷惑で、構いやしない。

 俺がそうしたいからするまでだ。



(…………出ねえ)


 何度かコールを待ってはみたものの、彼女が電話に出ることは無かった。上手く行かないものだ。


 こんなときばかり、お前は俺の傍にいてくれないのか。自分勝手な都合だと理解しているけれど。



 無性に愛莉のことが恋しく思えて来る。


 いま持っているものを大切にしなければいけないのに、届かないもの、手にしていないものばかり追い求める。


 いつまで経っても変わらない、俺の悪い癖。

 


 少し身体が重たい。長い時間パソコンの前に座り過ぎたのか。だとしたら節々の劣化も良いところだけれど、無理も禁物だ。今日も珍しく咳き込んでしまったし、季節の変わり目ほど油断できないものもない。


 スマートフォンを手放しベッドへ身体を投げ出す。驚くほど簡単に睡魔が襲って来て、視界は闇で染まる。


 その間、何度か着信が来ているような気がしたけれど。腕を動かすにも億劫でそのまま眠りに就いてしまった。




*     *     *     *




「8度5分……マジかよ……」


 嫌な予感は的中するものだ。

 思いっきり風邪を引いてしまった。


 熱を出すなんていつ振りかも覚えていないほどで、身体の丈夫さだけは取り得みたいなものだと思っていたのに。いよいよメンタルはおろか健康まで脅かされるとは、先立つものも無い。



 取りあえず担任にだけは連絡しようと思ったが、そもそもあの人は俺が夏休み以降、しっかり授業に出ている現状を把握しているのだろうか。そう考えると、必要性に駆られない。


 アイツらはなんも無しに休めば心配するだろうし、フットサル部のグループチャットに一言添えていくだけで十分か。



「…………愛莉?」


 簡潔に「熱出した休む」とだけメッセージを送ると、愛莉から個人宛てに連絡が来ていることに気付く。ページを開いてみると、昨日の晩から頻りに電話を掛けていたようだ。


 もしかしなくても、俺が寝たあとか。

 悪いことしたな……タイミングが悪すぎる。


 今日こそは学校で彼女との時間を作る予定だったというのに。それを望んでいるのが俺だけかどうかは別として、まさに今日だからこそ必要なコミュニケーションだった。


 あぁ、最悪だ。頭も痛いし身体も怠いし。

 愛莉とも会えないし。キッツ。



 …………ん。電話?



「…………うい」

『おはよ。熱出したってホント?』

「愛莉か……8度ちょっとな。大したことねえ」

『結構高いってそれ。大丈夫?』

「一日寝れば治るだろ……あと、昨日ごめん。俺から電話して寝ちまったわ」

『あっ、ううん……夜から体調悪かったんでしょ? 気にしなくていいから。こっちこそごめん……でも、本当に大丈夫? ご飯とかどうするの?』


 どうやら愛莉は、俺が昨晩から体調が悪くて助けを求めていたと勘違いしているようだ。気持ち的には間違っちゃいないが、それはそれで忍びなさも。



「寝てりゃなんとかなるわ。心配すんな」

『でも、ハルトが体調崩すとか初めてだし……アンタ普段からロクなもの食べてないんだから、たぶん長引くわよその感じだと』

「……そんなもんか?」

『ただの高熱でも拗らせると面倒なんだから……今日バイト無いし、学校終わったら様子観に行くわ。ご飯とか作るから』

「いや、流石にそこまでは……」

『とにかくいいから。言っとくけど、みんなは連れて行かないからね。絶対騒がしくなって余計に悪化するから。最初に頼ったなら大人しく世話されなさいっての』

「…………なら、頼むわ」

『待ってて。終わったらすぐ行くから』



 通話が切れる。頼ったつもりはないんだけれど、とにかく様子を観に来てくれるらしい。まぁ、理由はなんでも、愛莉に会えるなら良いか。


 …………ダメだ。考え事するのもシンドイ。

 さっさと寝て彼女の到着を待とう。



 …………早く来ねえかな。


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