337. こうやってするんだよ


「どおりゃあああア゛アアアああああ゛あああああああああああああああ゛アア゛アアああああ゛ああああああああ゛アア゛アアーーーーッッッ゛ッ!!!!」



 鼓膜を突き抜ける絶叫と共にネットが激しく揺れ動いた。勢いを殺し切れず、ゴールマウスはそのまま後方へと転倒し掛ける。


 3対3で行われる今日何度目かのミニゲームは、怒り狂った愛莉の暴走により半ば独断場と化していた。度々のチーム替えも功を奏さず、彼女の加わったチームが一方的に勝利し続けている。



 左サイドを起点とした流暢なパス回しから右脚を豪快に振り抜く。直前にお膳立てした俺への労りなど一切せず、鼻息をフンフン鳴らし自陣へと戻る愛莉。


 様子がおかしいのは誰の目から見ても明らかであったが、プレーそのものはキレまくっているだけに、文句を宣うにも躊躇われる微妙な状況。



「暴君と化してますね愛莉センパイ」

「よっぽどストレス溜まっとんやろな……」

「だとしたらボールが可哀そうっす」


 ホント分かりやすいですよねセンパイ、と呆れ顔で呟くノノを尻目にストップウォッチを確認。

 このゲームで今日の練習はおしまいだな。最後も愛莉のチームが勝ちか。一人で何点取るつもりだ。



「はいっ、もうおしまいッ! 各自解散ッ!!」

「お前が仕切んのかよ」

「なに!? 文句ある!?」

「あ、いや、なんでもないっす」


 駄目だ会話にならない。

 緩和剤をくれ。願わくば有希辺り連れて来い。



 放課後に至るまで、朝方のフォローを一切しなかったのも悪い方向へ作用しているのだろう。


 何だかんだで教室でも比奈とベタベタしていたし、お昼休みは瑞希に引っ張られて談話スペースで食べることになったから、俺が悪いと言えばその通り過ぎるんだけど。



「どうすんですかこれ。センパイ」

「そう言われてもな」

「いーんじゃねーの? プレーは調子良さそうだし」


 気に留めないというよりは半ば諦め掛けている瑞希の提言であったが、いくらストライカーとして覚醒しても日常生活で割を食うようでは意味が無いのである。



 活動の前に真琴から教えてもらったプレ大会の開催予定について皆に周知したのだが。新たな目標に向けて沸き上がる面々の一方で「なんで私より先にハルトに教えるのよ」と逆にへそを曲げられてしまった。


 妹相手にまで嫉妬してどうするんだと瑞希が宥めていたが、それもむしろ導線に触れてしまったようで。午後の般若面へと繋がっているご様子。


 本当に手が付けられなくなって来た。こんなことなら真琴の忠告を真面目に聞いていれば。



「愛莉は?」

「まだ着替えてるよ」

「あ、そう……どうしたもんかね、あれ」

「そこは陽翔くんが頑張らないとねえ」


 着替えとシャワーを済ませ談話スペースに戻って来ると、先んじて比奈が制服姿で現れる。厚手のカーデガンが示すように、もう重ね着無しでは外に出るのも億劫な寒さだ。



「くしゅっ……!」

「大丈夫? 風邪引いてるの?」

「ん……いや、寒いだけ」

「可愛いくしゃみするんだね」

「やめろ。ちょっと気にしてんだよ」


 ソファーでスマホを弄っていた俺のすぐ隣に位置取った彼女は、少しずつ距離を詰め肩をピッタリとくっつけ密着して来る。



「…………んだよ」

「んー? 独り占めしてるだけっ」

「他の奴らが来るまでに離れろよ」

「ちゃんと心得てますよ~」


 油断も隙も無い。ここ数日は瑞希の派手な言動が目立っているが、比奈も比奈で二人きりのタイミングになると、こうやって分かりやすく距離を縮めて来る。


 当然それが嫌というわけではないし、彼女と過ごす甘ったるい時間も心地良くて心底気に入ってはいるが。愛莉の現状を顧みつつ意図的にやっているのだから、策略的な何かを感じずにはいられない。



「足寒くねえの?」

「ちょっとだけね。女の子は我慢強いんだから」

「ヤツを見ている手前、迂闊に肯定は出来ん」

「あははっ。愛莉ちゃんは愛莉ちゃんだからねえ」


 空いていた右手を掴まれ、膝上に乗せられる。

 スルスルと下降し、太ももにまで到達。



「あっ。えっち」

「お前が動かしてんだろうが」

「嫌なら離せばいいのに」

「なら離しまーす」

「あぁーん。ズルいよお」


 クソ、こんなときまでニコニコ笑いやがって。コイツもコイツで直近の動向が露骨過ぎるのだ……この手のやり取りを教室でも見せられているのだから、愛莉が神経を尖らせるのも頷ける。



「愛莉が苛付いてんの、俺だけのせいちゃうわ」

「むーっ。さっきから愛莉ちゃんの話ばっかり」

「しゃーないやろ。早急に解決すべき問題や」

「二人のときくらい、私のほう向いて喋ってよ」

「顔が近いんだよ。何するつもりや」

「…………キス?」

「言わんこっちゃねえ……」


 このまま埒が明かないと踏み、意を決して彼女の方へと振り返る。他に誰も居ないことを言い訳に、瞬く間に唇を奪われた。


 こんなのばっかりだ。メンタル持たねえよ。



「……んふっ。んふふふふっ……♪」

「馬鹿ニヤけるやんお前」

「だって、嬉しいんだもん」


 なんとも幸せそうに微笑むわけであるから、あまり強気にも出れないこちらの一方的な敗北であった。着々と毒されてるなぁ……数か月前の俺が聞いて呆れるわ。



「……頼むから学校では抑えてくれって」

「じゃあ続きは陽翔くんのおうち?」

「勘弁してくれよ。理性ブン投げるぞ」

「瑞希ちゃんとはお風呂にまで入ったのに?」

「…………は? 聞いたのか?」

「パーティーの次の日に教えてもらったの」

「あんの野郎……ッ」


 ほんっと口軽いなアイツ……恐らく比奈にしか教えていないのだろうが、それにしたってわざわざ喋るようなことかよ。


 間違いない。あれは覚醒でも何でもなく、ただの恋愛ボケだ。



「いーなーいーなー。そーいうの憧れちゃうなー」

「…………機会があればな。あれば」

「わっ。やった」

「あるとは言ってねえけど」

「ううん、へーき。無理やり作るから」

「こっわお前……」


 ボケているのはコイツも同じだった。

 言うて俺も似たようなものかも分からん。



「うーん。でもそうだよねえ。わたしも瑞希ちゃんも偶々そういう機会があっただけで……愛莉ちゃんも琴音ちゃんも同じだと思うんだけどなあ」

「……あ? 急になんだよ」

「話したがってるの陽翔くんでしょ?」

「いや、そうだけど」


 いきなり話題を持っていくから着いて行けない。取りあえず場を弁えない甘えんぼ状態は解除してくれるらしい。


 それはそれで超助かる。

 通常モードの比奈ほど頼りになるものもない。



「琴音ちゃんはまだ色々と考えてそうだから、余裕があるとして……そろそろ愛莉ちゃんも陽翔くんとの関係、見つめ直した方が良いと思うんだよね」

「それはアイツ次第やろ」

「陽翔くんから動いた方が良いと思うけどな。だって愛莉ちゃん、これだけ状況が変わってるのにずーっとおんなじことで悩んでるんだもの。あの感じだといつまで経っても変わらないよ?」


 朝方に考えていたことと丸きり同じ内容を被せて来るものだから、改めて彼女の観察眼には感服するほかない。愛莉が分かりやすいと言えばそれまでだが。


 しかし、俺から動くと言っても……具体的に何をすればいいのだろう。仮に比奈や瑞希が俺へしてきたようなアプローチを掛けたところで、彼女は素直に受け入れるのか?



「いいなぁ愛莉ちゃん……陽翔くんにここまで想ってもらえるなんて、羨ましい。わたしなんてこっちが色々頑張らなきゃビクともしなかったのに」

「…………別に差を付けてるわけじゃねえぞ」

「分かってる、そんなこと。でも陽翔くん、やっぱり愛莉ちゃんのことになると真剣さが全然違うから。本当に大事に思ってるんだなあって、すっごい伝わって来るんだよね」


 少し寂しそうに微笑む比奈に、俺は何も言えなかった。彼女が感じている扱いの差は、俺も実際のところよく理解しているつもりだったからだ。



 どうしても気になってしまう。単純に、俺がこうして真っ当な高校生活を送ることの出来る最たる要因であるわけだし。


 それ以上に、アイツを見ているとどうにも心配になってしまうというか。それはここ最近のフットサル部内における関係性だったり、アイツの弱い部分をよく知っているからであり、原因は様々だ。


 ただそんな気遣いが比奈には「特別扱い」に見えてしまうらしい。



「まぁ、いいけどね。陽翔くんと愛莉ちゃんの関係は、二人だけのものだから。わたしには関係無いし。それにこうやって、陽翔くんのことドキドキさせられるのも、今のところわたしだけだから」

「……さあ。それはどうかな」

「おっとー? 挑発ですか?」

「二度目は食らわん」

「むっ。バレたっ」


 またしても唇を狙っていることは早々に気付いていた。これ以上好き勝手させて堪るか。


 何度押し倒そうとしてるの踏み止まってると思ってんだよ。こっちの都合もちょっとは考えろや。



「あーーッ!! ひーにゃんまたイチャイチャしてるーーッ!! だめだからなそーゆーの! やんならあたしも混ぜろっ!!」

「止め方ってモンがあるやろ」


 瑞希も更衣室から帰って来た。

 見たところ残る三人は居ない様子だ。



「三人は?」

「長瀬は速攻帰った。ノートルダムはバイトで、くすみんもなんか用事だって。ねー、それは良いんだけどさ。いまひーにゃんとチューしてたよね? 絶対そうだよねっ?」

「あ、おいお前。こないだのこと比奈に……」

「抜け駆けは許さんぞォーーッ!!」

「ううぉっ!?」


 勢いのままダイブ。

 ソファーへ押し倒される。



「見てやがれひーにゃんっ!! ハルとキスするときはなあっ、こうやってするんだよっ!!」

「むぐうヴウッッ!?」


 キスというよりは口ごとかぶり付かれている。事情込みの比奈しか居ないこともあり、再び甘えモードに入ってしまったのか。


 いや、そんなことどうでもよくて。

 息が。息が出来ないっす瑞希さん。



「ぷはぁっ! おらっ、どうよひーにゃん、これがあたしたちの愛の結晶だああぁぁっっ!!」

「あ、あははっ……実際に見ると凄いねえ……っ」

「呆れてねえでコイツどうにかしろッ!」

「うーん…………これぐらい強引な方が……」

「参考にするなッ!!」

「はい、じゃあもう一回っ!」

「ちょっ、瑞希、待っ――――――――」



 ふりだしに戻る。


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