336. 痴話喧嘩ちゃうわ
「…………売り切れか」
「売り切れですね」
購買の自販機におしるこ缶を買いに行く朝の道中、同じ目的で渡り廊下へ現れた琴音と合流する。
燦燦と赤く光り輝く売り切れの文字に、二人揃って肩を落とすのであった。
より正確に状況を説明すると、おしるこ缶は自販機の一番上の列に配置されていて、琴音の低い身長ではボタンを押すのも一苦労なのだ。ただそれだけの理由で、毎朝のように購買まで呼びつけられている。
別に嫌とかじゃないけど。なんなら必死に手を伸ばしてボタンを押そうとする琴音を横で見学したいがためにわざわざ来ているまである。
「毎日買う奴が居るんに、切らしてんじゃねえよ」
「まったくです。マネジメントに問題があります」
毎日のようにおしるこ缶を飲んでいる琴音に影響されて試しに買ってみたら、これが意外にも美味しくてハマってしまった。それも含めて朝のルーティーンの一つになりつつある。
「仕方ありません。朝ですが、これで我慢します」
「午後ティー午前に飲んでも文句言われへんやろ」
「気持ち的な問題です」
「あっそ」
「…………あの、押してもらってもいいですか」
「牛乳飲め牛乳。そっちの自販機にあるやんけ」
「コンプレックスがあると思われるのも癪です」
「素直に認めろよ……」
当初の目的は達成されなかったとはいえ、朝から琴音成分を補給出来ただけでも良しとするか。ここ最近、学校では一番落ち着く時間のような気さえしている。
何故かと言えば、誕生日パーティー以降すっかり調子を取り戻した……もとい覚醒ゾーンに入ったアイツが、同じ目的で購買にやって来るのを既に予測していたからだ。
「おっはーっ。あれぇ、おしるこじゃない!」
「おはようございます。売り切れでした」
「アァーン!? んだよシケてんなー……ちっ、しゃーねえ。くすみん、今日いつもの三倍なっ」
「あの、この間からいったいなにがどうして」
「ろっくおーーんっっ!!」
「むぐうっっ!!」
逃げ出すことも出来ずあっさりと瑞希に捕まり、全身を隈なくモフられている。この過剰なボディーコンタクトも今や見慣れたものだな……。
頭には琴音から貰ったネックウォーマー、両手には比奈からの手袋。鞄には愛莉お手製のフェルトポーチと、皆から受け取ったプレゼントをフル活用している。
そして首元で輝くピンクゴールドのリング。チェーン付きだからネックレスにも出来て、この方が失くす心配をしないで済むとのこと。しかし一方で「本当は薬指に着けたいんだけどね」と自慢して回るのだから、余計な気苦労も増える。
「くすみんあったか~~い! 愛すべき~~っ♪」
「……うぅぅぅ……っ」
「ねえ見てハルっ! くすみん超カワイイっ!」
「知っとる」
「たっ、助ける気は無いんですかっ!」
「無い」
「怒りますよっ!!」
これ以上ない眼福のひと時を自ら邪魔するものか。
無駄な抵抗はよせ。大人しく愛されろ。
とまぁこんな感じで、ただでさえ普段からパーソナルスペースガン無視の瑞希は、例の一件を境に部員たちとの距離をより物理的に縮めまくっているという話である。めでたしめでたし。
以前に増して場所を選ばなくなったというか。悪いことではないんだろうけれど、こうも愛情がダダ漏れだと受け手側が若干困らんこともない。
琴音なんてほぼ毎日モフられてる。最近は比奈より一緒にいることが多いかもしれない。
「ふぅーっ。おしっ、くすみんチャージ完了っ!」
「そろそろ溜めすぎて限界値超えそうやな」
「そしたらレベルアップするからへーき」
「上限解放するんか」
「レベル99でチュー解放予定」
「なるほど。次から止めるわ」
「いまっ! いま止めてくださいッッ!!」
必死に懇願する琴音は非常に可愛いとして。
顔真っ赤やん。むっつりめ。
「じゃっ、次はハル成分なっ」
「…………琴音いるだろ。控えろよ」
「やーなこった!」
人目も憚らず今度は俺へ抱き着いて来る。
購買にしろ俺たちだけってわけでもないのに。
……覚醒したという表現にはこのような側面も混ざっている。彼女の自宅で交わしたようなスキンシップを、いよいよ学校でも隠さないようになって来た。
ようやく解放された琴音も、これはこれで不服と言わんばかりのジト目でこちらを見つめて来る。
俺に文句言われても困る。こっちだってなんの躊躇いも無く受け入れているわけではないのだ。
「はぁ~~っ………至福っすわぁ~~……!」
「飽きねえなホンマ。博愛にもほどがあんだろ」
「んー? それは分かんないけど、愛してるよ?」
「だから往来で言うな、そんなこと」
「一日一万回、感謝の愛してる」
「音速超える勢いやんけ」
己の肉体と技術に限界を感じ悩みに悩み抜いた結果、これか。間違っちゃいないけど、突き進む方向を今一度考えて欲しいところ。
「……人前でイチャつくの辞めてくれないかな」
やや怒りの色を滲ませた声が渡り廊下へ響く。振り返ると同じく飲み物を買いに来たと思われる愛莉が顔をヒクつかせながら、こちらを呆れた様子で眺めていた。
「愛莉さん。お二人を何とかしてください」
「いや、琴音ちゃんも。最初の方から見てたし」
「あ、はい……」
瑞希の愛情アタックが満更でも無かったのを見抜かれていたようだ。図星を突かれおずおずと引き下がる琴音と入れ替わり、大股でこちらへ近付く。
「瑞希っ。最近ちょっとやり過ぎ」
「えーー? 別にいいじゃーん!」
「やるなとは言わないけど、場所は選んで。アンタがところ構わずハグしまくってるせいで、フットサル部に風評被害出てるんだから」
「え、そうなん?」
「主に一年からね。ノノから聞いたの。まぁアンタがっていうより、ハルトに関することだけど」
……俺の風評被害?
「ノノがクラスの子に言われたんだって。彼氏が金髪の先輩に遊ばれてるけど大丈夫かって」
「ノートルダム付き合ってないじゃん」
「そうだけどっ! だいたい分かりなさいよっ! ハルトがフットサル部で色々ヤバいことやってるみたいな風潮になってるのっ! 私まで一年の子に「あの天パの先輩に変なことされてませんか」って結構真面目なテンションで言われたのよっ!? 色々誤解生んでるのっ! 分かるっ!?」
……そんなことになってるのか。そういや俺、一年生の間ではノノの彼氏っていう設定になっているんだったっけ。
ただ間違っても天パじゃないけど。
あくまでクセ毛だ。
そこの区別はしっかり付けろ。
噂の発端は瑞希の過剰なスキンシップが始まりとはいえ……一概に否定するのもまた違うような気もするな。
傍から見れば俺が連中を誑かしていると思われても不思議では無かろう。
瑞希と比奈に関しては事実のようなものだし。一応、ノノもそうなのか。ふむ。
「ハルトもハルトっ! 嫌なら嫌でちゃんと断るっ。嫌じゃないならっ…………時間と場所だけでも考えなさいっての。本当に、お願いだから……」
居心地悪そうに口を尖らせる愛莉であったが。
どうにも違和感が拭えないのは俺だけか。
真琴曰く「姉さんが爆発寸前」と言っていた理由が垣間見えるような気がする。一年の子らにそのようなことを言われたのは、まぁ本当なんだろうけれど。それが原因では無いのだろう。
要するに彼女は「自分の前でイチャイチャするな」ということを言いたい。場を誤魔化したり自身の主張を通したいとき、ほんの少しだけ対外的な情報を混ぜるのは人間よくやるもので。
愛莉の場合、そのバランスを上手く取れていないのは目に見えて分かるというか。意地悪気にニヤニヤしている瑞希の様子を見る限り、同じようなことを考えているのだろう。
「はっはーん。つまりあれだなっ、自分もハルとイチャイチャしたいのに邪魔すんなってわけか」
「ハアアァァっっ!? なっ、なんでそうな……」
「そうだねー。愛莉ちゃんはツンデレだからねえ」
「あれ、比奈。いつからおってん」
「痴話喧嘩してるって聞いて飛んで来たのー」
「痴話喧嘩ちゃうわァっ!!」
愛莉の関西人顔負けの鋭いツッコミ虚しく、今日も今日とて鉄壁のスマイルを崩さない比奈の前では無に還るばかりであった。結局フットサル部がノノを除いて勢揃いか。
果たして本当に俺だけの責任なのかどうか。誰も来ない談話スペースだけならともかく。
こうやって日常的にひと塊で行動しているから余計な噂を立てられるような気がしないでもないのだが。余計なことは言わんとこう。
「あっ、瑞希ちゃんいいなー。わたしもー♪」
「いえーいっ、ひーにゃん愛してるー♪」
「わーいやった~~」
比奈も合流しハグの三連コンボが完成。
なんだこの状況。咎める側やろ。控えろや。
最後の頼みである比奈もこんな調子では、愛莉ももう何を言っても無駄だと達観したのか。ガックリと肩を落とし頭を抱える。
なんだか集団イジメみたいで罪悪感が。いやしかし、比奈や瑞希の言っていることも一理あるっちゃある。決して愛莉だけ受け入れないなんてわけでもないのに。
「……勝手にして。付き合ってらんない……」
「愛莉さんっ」
トボトボと教室へ帰って行く愛莉を琴音が追い掛ける。反論も出来ず彼女らを眺める俺と比奈、瑞希の三人。
「ちょっと可哀そうなことしちゃったかな」
「そー? 長瀬が一人で騒いだだけじゃない?」
「最近まで一人相撲してた奴が言うんじゃねえよ」
「…………まー、それなっ」
「陽翔くんも。関係ないみたいな顔しちゃダメ」
「……仰る通りで」
勿論、比奈の言うことも分かっていないわけでは無かったのだが。
あれこれ言わなくても理解してくれるこの二人に挟まれると、愛莉の抱えている何かを察せざるを得なくて、口も思うようには回らない。
「愛莉ちゃん、ああ見えて独占欲強いんだから。ちゃんと構ってあげないと本当に怒っちゃうよ?」
「シンプルなことですよハルさんや。愛っすよ愛」
「お前も簡単にそのフレーズ使うなよな」
「へいへい。まっ、あとは長瀬次第ってわけね」
よりによって二人に言われてしまえば、俺が動かないわけにもいかないだろう。
次から次へと核心に触れるようで、こっちのメンタルを保つのも一苦労だ。
しかし見過ごすわけにもいかない。
愛莉。お前がそんな調子じゃ俺が困る。お前が居なきゃ俺たちはなにも始まらなかったのだ。
責任を取る、なんて。
上から目線で小癪だろうけど。
俺にしか出来ないことがあるんだと思う。
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