恋とはどんなものかしら ~愛莉編~

334. 独白 No.9


 不思議なもので、あれだけの違和感とぎこちなさで溢れていた時間が、今では何よりも落ち着く。



 朝の混み合うスクールバス。変わり映えしない教室。フットサル部しか使っていない談話スペース。硬くて走りにくい新館裏のテニスコート。


 いつどんなときも。

 私のすぐ近くに。隣にいる。



 こんな風になったのも、ほんの半年前からのことだというのに。小さい頃からずっと一緒にいるみたい。それこそ一年の頃、まだ山嵜どころか、この街にもいなかったのに。


 一人ぼっちで過ごして来た退屈な学校生活が、今では遠い昔のことのように思える。大事な仲間が出来て、最高の居場所を見つけられて。


 アンタがいなかったら、私一人じゃなにも出来なかった。きっかけは本当にしょうもないことだったけど、それも含めて今日につながってるって思ったら、結構悪くないストーリーだと思わない?


 陰キャ呼ばわりは本気でムカついたけど。

 なんならまだ根に持ってるけど。



 とっくに気付いてると思うけどさ。私って、今まで友達らしい友達とか、一人もいなかったんだよね。人付き合いが苦手なのは、本当のことよ。


 たぶん、環境が悪かったんだと思う。

 生まれ落ちた場所も含めて、ね。


 物心ついた時には、私の世界には女しかいなくて、男はいなかった。お母さんと真琴、私の三人で過ごして来た日々はそれなりに楽しくて、いい思い出も勿論たくさんあるけれど。


 それと同じくらい、嫌な思い出もある。正直に言えば、この家族にお父さんが、お兄ちゃんがいればどれだけ良かったかって、何度も思った。



 臆病で弱い自分が嫌いだった。一人じゃなにも出来ない自分が嫌いだった。女であることに甘えている自分が、大嫌いだった。



 そんな自分を変えたくて、ちょっとだけ背伸びをするようになった。ママに心配を掛けないような、立派な娘になりたい。真琴を支えてあげられる、頼れるお姉ちゃんになりたい。


 要するに、男みたいな存在になりたかったの。

 それが無駄な悪足搔きだって、知ってたけどさ。


 思い返せば、フォワードに憧れたのもそういう理由なのかもね。結局、試合に勝つためにはゴールを決めるしかない。


 最後の最後に頼ってもらえる、そんな存在に憧れていたんだと思う。



 常盤盛トキワモリのセレクションに受かって、凄く嬉しかった。実力が認められたっていうのもあったけど、私が理想にしていた私が、本物になったみたいで。


 実力だけが正義の世界で、自分の力を思う存分発揮出来る。私にはそういう世界が合ってるんだって、そう思ってた。あのときは。



 でも、違った。そうじゃなかった。

 やっぱり、切り離せないんだよね。

 それだけじゃ人って、生きていけない。


 どれだけ体裁を取り繕っても、私はわたし。臆病で、弱気で、引っ込み思案で、内気で。弱い自分のままだった。どれだけ虚勢を張っても届かないモノがあるって、気付かされた。



 アンタと初めて会った頃の私は、その後遺症を引きずっていた。とにかく舐められたくない、優位に立ちたい、勝った気でいたい。


 ちっぽけなプライドばかり押し出して、一人の世界に閉じ籠っていた。そのせいで、色んな迷惑掛けたよね。

 アンタは迷惑だなんて思ってないかもしれないけど、思い返せば私って、本当に我が儘な奴で。


 

 でもね。そんな私を、ハルト。

 アンタは、受け入れてくれたの。


 それだけじゃない。本当の自分と、そうでありたい自分。その両方の間でずっと揺れていた、どっちつかずな私すらも、全部。ありのままを受け入れてくれた。


 こんなに情けない自分が、そのままでいられる。情けないままでいても、誰も咎めない。すべてが許される。楽しくて、心地良くて。そんな甘ったるい世界が、私の現実になって。


 幸せだって、思った。

 これ以上のモノなんていらないって。

 本気で、そう思ってた。



 思ってたのに。

 欲が出て来ちゃったの。



 サッカー部との試合があって、アンタと喧嘩して、仲直りして。その頃は、本気でアンタのこと親友だと思ってた。互いに認め合う関係っていうか、同じモノを見ている同志っていうか。


 少なくとも、アンタのこと男として見てなかった。いや、その言い方もちょっと違う。私にとっての男って、割と敵みたいなものだから。だいたいね、だいたい。



 でも、ハルトは違った。今でも抱えている辛い過去、それを表にしない強さ。もしかしなくても、私がなりたかった、憧れていた「男らしさ」そのものだったんだ。


 だからアンタに憧れていたし、本気で羨ましいとも思った。親友であると同時に、ある種のライバルでもあった。



 だからこそ、かも。


 いくら努力したって、アンタみたいにはなれないし。よく似たもの同士って言葉をアンタは使うけど、それはそれで癪だったりする自分がいる。


 いや、ハルトと私は違うしって、内心反論してる。とはいえ案外心地良くて、口にするまでもないんだけどさ。


 

 そうだよね。

 アンタはどこまで行っても男で。

 私は、どうしたって女なんだから。

 


 ……あー。だめだめ。なにが言いたいのか分からなくなって来た。もうちょっと真面目に勉強してくればよかったな。そうすれば、この複雑な気持ちも綺麗に整理できたかもしれないのに。


 そんななりして、まぁまぁ頭良いんでしょ。

 なら、代わりに説明してよ。

 無理な相談だって、分かってるけど。



 違和感に気付いたのも、随分と前のこと。


 特別な何かで結ばれているに違いないと思っていた私とアンタが、案外そうでもなかったということを。誰に伝えられるわけでもなく、自ずと知った。


 確かに最近は、アンタも良く笑うようになったけどさ。私の知らないところで、楽しそうにしてたり、幸せそうに笑っていたり。話聞いてるだけで、イライラしてしょうがないの。



 だって、おかしいでしょ。私とアンタで始めたフットサル部なのに。なんで私より他の子たちと楽しそうにしてるの? 私のことほったらかしにして、勝手に。


 私だって一緒だよ。この関係が、フットサル部のみんなで過ごす時間が大好き。それだけは絶対に失いたくない。ハルトもそうでしょ?



 でも、それとこれとは別じゃん。

 上手く言えないけど。

 なんか、違うんじゃない?



 真琴とも仲良くなって、今はもう家族みたいなものでしょ。なら、もう少し私のこと気に掛けてくれたっていいんじゃないの?


 最近なんて特にそうよ。教室でもずーっと比奈ちゃんとイチャイチャしてるし。部活に顔出したら出したで、瑞希の心配ばっかしてるし。


 琴音ちゃんはずーっとお気に入りだもんね。ノノのことも、可愛くて仕方ないんでしょ。有希ちゃんも可愛い後輩。真琴のことも気に掛けてくれてる。分かるよ。分かるけど。


 分かるけど、そうじゃないじゃん。私のことほったらかしにしていい理由にはならないもん。


 一緒にいるだけじゃイヤ。

 もっと、もっと私を見てよ。



 このままの私でいいって、言ったのに。

 このままの私じゃ、ダメみたいに思えて来る。


 他になにか必要なら言ってよ。

 もっと、分かりやすく教えて。


 どうすれば、もっと私のこと、見てくれる?

 教えて。教えて。ねえ。ちゃんと、教えて。



 ハルト。わたしね。変わってないよ。

 生まれたときから、ずっと女だもん。



 初めての気持ちに、答えを出せないままでいる。それを認め切れない自分も恥ずかしくて。情けなくて。やっぱり、ちょっと嫌い。


 言ったじゃん。そのままのお前でいいって、言ったじゃん。だったら、もう変えるつもり無いから。もう一回、思い出させてあげるから。



 自分でも馬鹿馬鹿しいって感じてる。

 でも、もう嘘は吐けない。



 初めて思ったの。

 わたし、女で良かった。


 ハルト。アンタの前では。

 ありのままの、弱い自分でいたいって。


 それって、ダメなことなのかな。

 ハルトの優しさに、甘えているだけなのかな。



 じゃあ、もっと女らしくなればいい?



 …………必死になって、馬鹿みたい。

 こんな風になっちゃったの、ハルトのせいだし。



 お願いだから、責任取ってよ。

 

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