323. ヤバイ、マジでヤバイ


 八等分のケーキも底を尽き、パーティーも9時を回った頃にはお開きとなった。あまり遅くまで出歩けない中学生組もいるため、愛莉は二人を連れて先に金澤家を後にすることに。



「比奈ちゃん、あとで動画送ってね」

「はーい。気を付けてねえ」

「勘弁してください……ッ!」


 一人テーブルに突っ伏してグロッキーになっているのは、ケーキを食べる前にソロでバースデーソングを歌わされた琴音である。


 日本人のみならず世界中誰でも歌えるであろう曲にもかかわらず、クソほども音程が合わない音痴ぶりは面白い通り越して悲しみを覚える領域であった。可哀そうに。



「瑞希さん、お邪魔しましたっ」

「フットサル部でもよろしくお願いします」

「また遊びに来いな、愛しき後輩どもっ!」


 愛莉、真琴、有希の三人を見送り、リビングの片付けを進める。


 結構散らかったな。途中で余ったクラッカー飛ばしまくったから、テープがそこら中に落ちている。



 色々と不安の残る誕生日パーティーだったけれど……最終的には滞りなく終わったように思う。俺自身、誰かの誕生日を祝うのも初めての経験だったし、普通に楽しい一日だった。


 だがそれ以上に、蝋燭の火を吹き消して皆から拍手を送られる瑞希の、なんとまぁ幸せそうなことか。祝われるのは柄じゃ無いとか言っておいて、大した気分屋も居たものである。



「んっ、こんくらいでいーよ。あんがとね」

「おっけー。じゃあ琴音ちゃん、そろそろ」

「…………次はもっと上手く歌います……」

「リベンジする気はあるんですね」


 最後の最後でボコボコにダメージを食らった琴音を引き連れ、比奈も帰り支度を始める。今度暇なときにカラオケでも連れて行こう。そうしよう。



「ノノちゃんも一緒に帰ろ?」

「あっ、ノノ家近なんでまだ大丈夫ですよ?」

「そうじゃなくて……ねっ?」

「……あぁー。なるほど。そういうことですね」


 一瞬だけこちらへ視線を寄越したノノは、そのまま比奈を引き連れて俺から少しだけ距離を取る。また俺に聞こえない内緒話か。最近こういうの多いな。



「良いんですか? 特別な日だからって……」

「ううん、関係無いよ。それこそわたしには、ね」

「余裕なんですねっ。正妻の貫禄ってやつですか」

「まさか……そんなのまだ決まってないでしょ?」

「……普通だったら邪魔したいと思いません?」

「…………ちょっとだけね。でも、わたしにそんな権利は無いから。二人は二人で、ちゃんとやらなきゃいけない、言わなきゃいけないことがあるんだから。わたしが出しゃばっても仕方ないでしょ」

「……納得出来ないこともないですけどっ」

「今日だけで良いから、時間取ってあげて?」

「優しいんですねえ……後悔しても知りませんよ」

「そのときはそのとき、でしょっ」

「じゃ、大人しく引き下がるとしますかっ……」


 内緒話も終わり、ノノも荷物を持って帰り支度を始めた。なんだ、二人して……余計な気を使われている気がしないでもないんだが。



「つうわけでノノも帰りますねっ」

「おーっ。またがっこーでな」

「今日は楽しかったです、また遊びに来ますねっ。でも、もうちょっとだけお部屋の匂いに気を遣ってくれると嬉しいですっ。JCちゃんたちが来るまでに煙草の匂い消すの大変だったんですよ?」

「あぁーっ……あとで言っとくわ。ごめんごめん」

「いえいえっ。さて、琴音センパイもウジウジしてないでっ! もう帰りますよっ!」

「べ、別にいじけているわけではっ……」

「ほーら、琴音ちゃんっ! 起立っ!」

「は、はいっ!」


 比奈の強気な一言でガバッと立ち上がる琴音。

 何故それで復活するんだ。沁み込んでいるのか。


 ともあれ、三人もそろそろ金澤家を後にするようだ……ノノの奴、ちゃっかり気付いてたんだな。俺も準備の途中、愛莉に言われるまで気付かなかったけど。



 まぁそれは良いとして。三人がさっさと帰ってしまったせいで、気付けば俺と瑞希の二人きりに。


 残る理由こそあれど、いざその場面となると少しだけ緊張してしまう。この家にやって来たときの妙な居心地の悪さが再現されるようで、どうにも。



「…………ハルは? 帰んないの?」

「帰って欲しいなら帰るけど」

「…………んーん。まだちょっとだけ居て」


 似たような収まりの悪い表情で、頬を力無く引っ掻く瑞希。僅かばかりの静寂が続き、次の言葉を互いに言い淀んでいた。



「……なんか、ごめんね。全部やらせちゃって」

「なにが?」

「だから、その……パーティーの準備とか」

「主役に手伝わせるわけにもいかねえだろ」

「それはそうなんだけどさっ……ほら、ノートルダムも言ってたじゃん。ウチ、あの人が家でめっちゃ煙草吸うからさ。そーゆーの、ちょっと気が回ってなかったっていうか」


 キッチンへ赴いた瑞希は端に寄せられていた灰皿を手に取り、綺麗に清掃されたテーブルの上に置き直す。



「ここ置いとかないとキレるん、あの人」

「…………そっか」

「偶にしか帰ってこない癖にね」


 乾いた笑いを浮かべる彼女は、いつも通りの演技と宣うにはあまりにも下手くそで、居た堪れない。あまり詳しく聞くつもりも無かったが、ついつい口が動いてしまう。



「母親やっけ。今日は帰って来るのか?」

「分かんない。連絡も無いし」

「…………そんなに仲悪いのか」

「別に、なんも。そもそもかんけーが薄いのに、良いも悪いも無いっていうか……ホントただの同居人ってカンジ」

「……灰皿の場所一つで怒るような人が?」

「ワガママなだけでしょ。ねえ、ハルっ」


 こっち来て、と一言残して俺の手を引っ張り、リビングから出る瑞希。そのまま階段を登っていくと、ある一つの部屋の前までたどり着いた。


 

「終電までまだあるっしょ?」

「……まぁ、多少は」

「ここにいよ。リビングでも良いけどさ、あそこだと色々、余計な事考えちゃいそうでイヤだから」


 今一つ掴み切れない彼女の真意に頭を悩まそうにも、既に扉は開いていて、入らないという選択を取るわけにもいかない状況。



 初めて踏み入れた瑞希の部屋は、想像していたよりもずっと殺風景な印象を受けた。もっとゴテゴテしたインテリアや、女の子らしい装飾に溢れているものとばかり思っていたが。


 ほとんど使われていないであろう物の積み重なった勉強机と、部屋着が乱雑に置かれたベッド。

 目に付くものと言えばそれくらいで、少し片付けが追い付いていないという点を除けば、俺の暮らしている家とそう大差ないようにも窺える。



「あ、ちょっと待って」

「あん」

「パンツ落ちてるわ」

「ブふっッ!?」


 思わず吹き出してしまった俺などロクに考慮しない様子で、ベッドに落ちていた下着を拾って乱雑に箪笥の一列にしまい込む。


 仮にも招き入れるつもりがあったなら、それくらい片付けておけよ……。



「うしっ、これでおっけー」

「女子力あるのか無いんか分からねえな……」

「こんなもんじゃないの? 自分の部屋だしさ」

「恥ずかしがらないのマジで意味分かんねえ」

「いーんだよっ、あたしの世界なんだからっ!」


 ベッドへ飛び込み怠惰に身体を引き伸ばす瑞希。こんなところはフットサル部で見せるだらしない姿と変わりは無いが……やはり、何かが違う。


 上手く言えないが、普段の瑞希は諸々が「見えてしまっている」けれど。今の彼女は「わざと見せている」というか、そんな印象を受けるのだ。


 昨日になって突然自宅でのパーティーを希望したのと、何か繋がっているのだろうか。だとしたら俺からではなく、彼女のアクションを待つことしか出来ないが。



「ほらぁっ、立ってないでこっち来なって」

「……いや、そう言われても」

「あ、カギ掛けといて。帰ってきたら煩いし」


 甘ったるい声色から一転。有無を言わせない強い口調を受け、素直に鍵を掛けてしまった。


 取りあえずベッドに腰掛けてみると、瑞希は寝っ転がったままこちらへ近づいて来て、腰の辺りにギュッと抱き着いて来る。膝に頬を擦り寄せ、まるで甘える子猫のようだ。



「……んだよ急に」

「んー? べーつにー?」

「……最近まで俺を避けてた人間の行動かよ」

「いいじゃんさーっ。久々なんだもんっ」


 生活感しか無い部屋着のまま擦り寄られると、どういうわけか、彼女との関係性を誤認識してしまいそうで。抵抗する気も無くなって来る。


 しかし、本当にどうしてしまったのだろう。少なくとも、今日この家に来るまで彼女はずーっと塩対応を続けていたわけで……いきなり心境の変化があったとは思えないのだけれど。



「あーー…………やっぱ落ち着くわ……」

「…………あ?」

「なんつーのかなぁ……みんなといるのもふつーに楽しいし、全然、不満があるとかじゃないんだけどさ。やっぱハルは違うんだよなぁ……ぽかぽかするっていうか、ふにゃーんって、なる」

「マイナスイオンなら出てねえぞ」

「いやぁ、なんか出てるよ。ハルイオン」

「当たり過ぎると死に至るからな。気を付けろ」

「………それもそれでアリ」


 そのまま膝上まで顔を乗せて来る。

 言い逃れも何も無い。普通に膝枕になってる。



「…………ごめんな。最近、冷たくしちゃって」

「…………いや、まぁ、それは別にええけど」

「んーん。あたしが勝手にいじけて、距離取ってただけだからさ。そりゃあ、あたしだってひーにゃんに思うとこもあるけど……でもあたしとハルのことに、ひーにゃんは関係ないし。やっぱダメだね。ハルの顔見てたら、どーでもよくなっちゃった」


 クシシシと悪戯に微笑む真下の彼女に、ここ暫く抱えていた重荷がスッと消えて行くような感覚。


 やっぱり、似たようなこと考えていたんだな。意地っ張りで気が弱いのは、どちらも同じか。



「てゆーかさぁ……みんなあたしのことめっちゃ好きじゃん。マジウケるわ。ほんっとにさぁ……ヤバイ、マジでヤバイ。今日ずーっとニヤけるの抑えんので必死だったわ」

「……隠せてなかったけどな」

「えへへっ……いーけどな」


 なんてことはない。彼女から貰っているだけのものを、みんなも同じように返したかったという、それだけの話なのだ。底に特別な意味など無くて。


 けど、改めて瑞希も皆の信頼や、友情を感じることが出来たのなら。今日の出来事は決して無駄ではなかったということだ。


 …………それにしても、一つだけ。

 一つだけ、どうしても引っ掛かることが。



「なんでここでやろうって言い出したんだ?」

「…………んー。なんだろう。別に深い意味とか無いけど…………あー、でも、うん。ちょっとあるかも。聞いてくれる?」


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