322. なんと言ってもデザインが秀逸


「プレゼントターイム! さあさあ皆さん、選りすぐりの一品を瑞希センパイにブチ撒けましょうっ!」

「あー、そっか。誕生日だったっけ瑞希」

「いつもの光景過ぎて、忘れていました」

「オイッ! 何しに来てんだよお前らッ!」


 惚けた様子で瑞希をからかう二人も、まぁいつも通りとは言えばその通りである。談話スペースで見掛ける光景、関係性と何ら変わりは無い。



「つうわけでノノが先陣を切りますっ。センパイの趣味とか詳しくないんで、食堂の回数券めっちゃ買ってきました。2,000円あれば一ヶ月はお昼食べ放題です」

「マジでっ!? ありがたすぎるんだけどっ!」


 食堂の端っこで売ってる割引券か。誰か買ってるところも使ってるところも見たこと無いけど、嫌とは言えない絶妙なチョイスだ。どっちかっていうと愛莉にあげたいプレゼントかもしれぬ。



「じゃあ、次は私たちのを……えっと、お誕生日って聞いたの直前だったので、あんまり凄いものは用意できなくて……マコくんと一緒に選びましたっ」

「おめでとうございますっ」


 二人が渡したのは、先日上大塚駅で会ったときに一緒に買っていたヘアケアのアイテム。中学生が買うには結構な値段だったが、二人で協力して出し合ったみたいだ。



「瑞希さん髪の毛すっごく綺麗だから、ケアとか大変かなぁって……これ、私のお母さんも使ってるんですっ。気に入ってくれたら嬉しいですっ」

「待って。泣きそう。なにこの愛しい後輩たち」

「良かったねえ瑞希ちゃん」

「ひーにゃんは! ひーにゃんはなにくれるのっ!」


 テンションブチ上がりの瑞希に引っ張られ、比奈もノリノリで鞄からプレゼントを取り出す。分からないなぁ……なんで比奈相手だといつも通りなんだ、お前。分からねえ。



「てってれーっ♪ 厚手のかわいい手袋~♪」

「おぉーっ!」

「末端冷え性の瑞希ちゃんにピッタリでしょ~?」

「お、おぉっ……意外と現実的なチョイス……!」


 とは言いつつも普通に嬉しそうな瑞希である。

 末端冷え性なのか、アイツ。全然知らなかった。


 恐らくどこかしらの会話で出て来た内容を比奈も覚えていたのだろう……そういう何気ない情報が、俺には全く無いんだよな。ホントに普段から一緒に過ごしていると言えるのか。



「では、次は私が」

「くすみんのチョイスは全然想像できないなぁ~」

「数学の参考書です。苦手科目と仰っていたので」

「あ、そっち方面!?」

「冗談です。他にも用意しています」

「えぇー……取りあえず貰うは貰わんといけないカンジっすか……」


 微妙に笑えない琴音流のジョークなのか。

 真顔でそんなん出されても反応に困るわ。


 いやでも、最近こういう何気ないボケをちょこちょこ挟んで来るからなコイツも。狙ってやっているのか、それとも天然なのか。前者だとしたらセンス無いぞ。



「冷え性対策という点で比奈と少し被ってしまいましたが、ドゲザねこのネックウォーマーです。紐を締めると帽子にもなります。なんと言ってもデザインが秀逸です」

「お、おぉー……さんきゅーくすみん……」

「頭の上で猫に土下座させんのもな……」

「黙っててあげなさいって」


 若干戸惑っている節もあったが、この手の催しじゃ経験値的に明らか不利な琴音にしては悪くない選択だと思う。ひたすらに顔回りで頭下げてるアイツが邪魔。


 実際に被ってみると、中々似合っているのがまた難儀なところ。ドゲザねこさえも馴染ませてしまう瑞希のお洒落力というか、当人の持つポテンシャルの成せる業と言ったところか。



 ……不味いな。普通にみんなのプレゼント勝手に吟味していたけど、このままじゃ俺が最後になりそうだ。なんとなく、雰囲気的にもそれは避けたい。



「じゃあ私の番ね。はい、これ」

「…………え、なんこれ。フェルトポーチ?」


 と思っていたら、颯爽と現れた愛莉に出番を奪われる。タイミングを見計らっていたのはコイツも同じか。やられた。


 愛莉が渡したのは、掌に収まる小さな厚手の小物入れだった。それ自体は女子が女子に渡すプレゼントとして、特に違和感は無いのだが……瑞希は手渡されたそれをマジマジと見つめている。



「もしかしてこれ、手作り……っ?」

「……一応ね。一応。買うお金無かっただけ」

「夜遅くまで熱心に作ってたのに?」

「真琴っ! 余計なこと言わないでっ!?」


 悪戯にくすくすと笑う真琴を愛莉が必死で咎めている。一瞬にして金澤家を包み込むほんわかした空気。なんだこの可愛い生物は。女子力の塊か。


 普段は割とツンケンしてるこの二人だけど、何だかんだずっと一緒にやって来た間柄だ。

 俺には分からない特別な信頼関係か何かで繋がっているのだろう。実際、今まで貰ったなかで一番嬉しそうな顔してるし。



「…………んだよ、長瀬の癖に……っ」

「た、偶にはね、偶には。色々世話になってるし」

「世話した覚えねーし…………でも、あんがと」

「倍で返しなさいよ」

「けっ。やーなこった」


 髪の毛を弄りながら無関心を装う愛莉だったが、今にも喜びで満ち溢れそうな、なんともどっちつかずな表情をしていた。


 それもそうだ。

 瑞希なんて本気で泣き出しそうなんだから。



 本当に、面白い関係だな。この面子も。いつもはふざけてばかりのどうしようもない集団なのに、こんなときばっかり、しっかり決めて来るのだから。



「で、センパイはなにあげるんですかっ?」

「大トリだねえ。期待しちゃうなあ」


 ノノと比奈に囃し立てられ、全員の視線が一気に俺へ集中する。クソ、こうなるの分かってたから先に渡そうと思っていたのに。



 目先に立つ彼女は、恥ずかしさと居心地の悪さが同居するような、複雑な顔をしていた。これだで和やかな雰囲気のなかにいても、俺を前にした途端、この調子だ。


 出番が来ると分かっていても尚、今日までの歯切れの悪い態度を取り続けていたのだから。自業自得だ。俺も同じくらい、な。



「…………まぁ、あれや。一応、真面目には考えたんやけどな。俺、お前の趣味とか、好きなものとか、全然知らへんねん。せやから、割と無難に纏めちまったっつうか……」

「……うん、いーよ。なんでも」


 なんてぶっきらぼうに返しているけれど、実際もう見当は付いているのだろう。あの日、わざわざ本人にサイズまで聞いているのだから。分かりやすくソワソワしている。


 正味ここまで来ると、彼女がでそうなっているのか、いよいよ分からなくなって来ている。


 どっちだって良いけど。

 言いたいことも、やりたいことも。

 今更変更は出来ない。する気も無い。



「ふぁっ!? 指輪っすかセンパイッ!?」

「ええやろ別にっ。他に思い付かなかったんだよ」

「まさか、愛の告白っ!?」

「お前が言うと場が混乱するから辞めろ」


 空気が読めるのか読む気が無いのか分からない比奈の小ボケを遮り、ケースから目当てのソレを取り出す。


 彼女のイニシャルが彫られた、ピンクゴールドのシンプルなリングだ。



「……高くなかったん、それ」

「そこそこな。値段じゃねえよ、こういうの」

「…………でも、いいの? あたしが貰って……っ」

「お前のために買ったんだよ。素直に受け取れ」

「…………まぁ、ハルにしちゃ上出来じゃんっ」


 受け取ったリングをボーっとした眼のまま、心ここにあらずといった出で立ちで見つめる瑞希。半ば予告していたようなものなのに、随分と驚くものだ。


 まぁ、意味分からないよな。少なくとも彼女は、俺と比奈が先日どこで何をしていたか、詳しく知っているわけだし。


 それこそあの日の態度を顧みれば、俺がいまお前にしている行動は、まるで整合性が取れない。



 深い意味など何一つない。

 お前に良く似合うと思ったから。


 俺が、お前に付けて欲しいものを、俺の好みで選んだ。ただそれだけのことだ。単なるエゴの押し付けだと、そう思われたって。構いやしない。



「待って瑞希。どこに嵌めようとしてる?」

「……へ? ふつーに、薬指だけど……」

「それだと結婚指輪になってしまいますよ」

「…………あっ、そ、そっか。あはははっ……」


 愛莉と琴音の何気ない忠告に、瑞希は慌てた素振りで左手の薬指からリングを離す。反対の右手薬指に通し、苦笑いのままホッと一息付くのであった。

 


「勘違いしてもおかしくないですけどね」

「わたしも次の誕生日で買って貰おっかなー」

「比奈センパイだと意味が変わって来そうで、ノノ怖いっす」

「えー? なんでー?」

「さぁー。ゆーてノノも貰う権利があるんで、深くは追及しませんが」

「それ、どういう意味? ノノちゃん」

「ん~~。なんでしょうね~?」

「言うようになったねえ」

「ふっふっふっふっふ……」

「んふふふふふっ♪」



 ……謎に喧嘩腰な二人は置いておいて。


 実を言うと、俺からのプレゼントはこれで終わりではない。彼女にはもう一つ渡したい……というか、見て貰いたいものがある。


 けれど、今このタイミングはちょっとどうだろう。すっかり頬を緩ませてリングを眺めている瑞希と対照的に、先の二人も、愛莉と琴音も。先ほどまでと妙に雰囲気が違うような。


 いや、理由なんてとっくに分かってるけど。

 わざわざ指摘するのも野暮ってものだ。

 仕方ない。今日の主役は彼女なのだから。



 それに、まだ終わっていない。

 俺はお前に、言わなければいけないことがある。



「……あんがとね、ハルっ。めっちゃ嬉しい」

「ん。本命はそっちじゃないけどな」

「…………ふぇっ?」


 俺たちが、元通りの親友に戻るために。

 そして、一歩だけ前へ進むために。


 どうしても必要なプロセス。



「ケーキでも食うか。ちょうど八等分やな」

「なら、カットは私がやりますっ!」

「いやっ、大丈夫っ! 有希ちゃんは待っててッ!」

「では私が。今日なにもお手伝いできていな……」

「琴音ちゃんも何もしないで良いからねーっ」



 もう少しだけ、全員の力を借りるとしよう。意図的では無いにしろ、これだけの完璧なアシストを無碍にするのも、な。


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