321. 愛かよ


 程なくして残る三人と、有希、真琴の中学生コンビも金澤家へ合流した。


 簡易的ではあるがパーティー用の料理を作る愛莉と俺、飾り付け担当の比奈とノノ、特にやることも無く暇そうな琴音、有希、真琴と分かれ、準備を進めていく。


 

「パエリアか」

「作ってる途中で気付かない?」

「無我夢中で切ってたわ」

「アンタに切られる野菜の立場にもなりなさいよ」

「ムチャ言うな」


 キッチン周りの道具や材料は適当に使って良いと予め瑞希から言われていたこともあり、愛莉の謎に高い料理スキルが炸裂していた。


 こんな姿を見るのも何度目かって感じだけど、本当にエプロン姿が似合わない。

 いや、あくまで外見的な情報に頼れば分からなくも無いんだけど、普段の愛莉を知っている分、どうしても違和感が。


 どう考えたって炊飯器のスイッチ押したらキッチンごと爆発させるタイプの人間だろお前。主婦力高過ぎるんだよ。惚れるわ。



「琴音ちゃんっ、それお砂糖っ!?」

「はい。お砂糖です」

「ガーリックシュリンプに甘さはいらないっ!」

「隠し味です」

「隠せない味は隠し味って言わないのっ!」



「あー……だから琴音センパイ飾り付け班だったんですね」

「一番タチの悪い下手くそやな……」


 やることの無くなった俺とノノがテーブル上の片付けをしていると、キッチンから琴音と比奈の騒がしい声が聞こえて来る。



 パエリア作りで使ったエビが少し余ったとのことで、何もやることの無かった琴音が一品作りたいと言い出したまでは良かったのだが……隠れ料理下手がこんなところにも居たらしい。


 そもそも料理という概念を理解し切れていない有希とは違い、オリジナリティーを追求しようとして自爆する、最も敬遠されるタイプの下手くそだ。


 いの一番に「琴音ちゃんはなにもしなくていい」と言っていた比奈の気持ちが今なら良く分かる。



「琴音さんって、普段もあんな感じなんですか?」

「勉強以外は基本ポンコツやぞアイツ」

「へぇ~……ちょっと親近感湧いちゃうかも?」

「だいぶ失礼なこと言ってるよ有希」


 着々と後輩からの評価を下げる琴音の心配は一切不要として。そろそろ料理も完成してきた頃だし、瑞希を呼んで来るか。



「ねぇっ!! なにこの良い匂いっ!! 金澤家史上もっとも香ばしい匂いが部屋まで漂って来たんだけどッ! 誰のしわざだっ!!」


 と思ってたら自分から降りて来た。

 匂いに釣られたのか。単純な奴め。



「あっ、マコとゆっきーもいんじゃんっ! これはつまりっ、二人がプレゼントということで良いわけだなっ!? そーゆーことだなっ!」

「ひゃあっ!?」

「むぐっ」


 中学生組の来訪は予想していなかったのか、随分と嬉しそうな様子で二人を羽交い締めにする。


 なんだ、いつも通りの瑞希じゃないか……仮眠取ってスッキリしたとでも言うのか。今までの苦悩返せよ。



「じゃ、時間も時間だし始めましょっか」

「はいはーい、ノノが司会やりますねーっ」


 皆揃って席に着く……と行きたいところなのだが、金澤家のリビングには大きめのテーブルがドンと置かれているだけで、椅子が二つしかない。



「瑞希センパイは文字通り、お誕生日席ですっ!」

「ガ○トでいつも市川さんが座るところですね」

「普段からハブみたいな言い方辞めません!?」


 別に疲れたから座りたいとか無いけど、バイキング形式みたいになってるな。これもこれで瑞希の誕生日パーティーっぽくて、嫌いじゃない。



「ではでは改めてっ……瑞希センパイっ、お誕生日おめでとうございまーす! クラッカー部隊っ、ステンバーイ!!」

「ううぉっ!?」


 ノノの号令を合図に、全員で隠し持っていたクラッカーを発動させる。七人で一気にやるものだから結構大きな音になって、珍しく瑞希もビックリしていた。



「……なんか、思ってたより本格的なんね」

「だって、瑞希ちゃんの誕生日なんだもの。思いっきり派手にやらないと、ねっ? ほら、ご飯もいっぱい作ったから、沢山食べてねっ」

「……お、おぉぉー……っ!」


 改めて食卓に並べられたメニューを前に、目を輝かせる。


 やっぱりお前は、そういうキラキラした瞳がホントに良く似合うよ。



「いっ、良いんだよね全部食べてもっ!」

「全部は困るけどね。私たちも食べたいし」

「えっ、ていうかこれ、パエリア……っ」

「馴染みあるかなって、なんとなく作ってみた」

「…………ううぉおおおお長瀬ええええーーーーッッ!!!!」

「ひゃああっ!?」

「なんでお前はこんなときばっかりいい!!」

「ちょっ、やっ、な、なにっ!?」


 ペットを愛でるかの如く愛莉にピッタリと抱き着き、頬を摺り寄せる。め、珍しいこともあるもんだ……瑞希がここまで愛莉にベタベタするなんて。



「いやぁー…………愛、愛だわこれ。あたし、めちゃくちゃ愛されてんじゃん。なにみんな、愛かよ……!」

「日本語おかしくなってますけど大丈夫ですか」

「うるせーっ!! ギューさせろやッ!!」

「むぐううぅぅっっ!!」


 相変わらず琴音の愛で方は雑なままである。何はともあれ……すっかりいつも通りの瑞希だな。見たところは、だけど。



「よしっ、食おうッ! パエリアは冷めても美味いがやはり作り立てが一番イイっ! 皿を持て、箸を取るのだキサマたちっ!!」




*     *     *     *




 誕生日パーティーは滞りなく進んで行った。


 本調子に戻った瑞希は、いったい誰のためのパーティーなのかと疑いたくなる程度には喋りっぱなしで。久々に騒がしいフットサル部の日常が戻ってきたように思える。



 ただいつもより人数が多いせいか、中々瑞希と言葉を交わすような場面に巡り会わない。皆に囲まれる今日の主役なのだから、当然と言えば当然なのだが。


 テーブルの上もすっかり片付いて、瑞希はノノと中学生コンビの後輩三人と一緒に、ゲームで遊んでいる。文化祭でサッカー部から強奪した例のゲーム機だ。


 この手の類はやはり有希が苦戦しているらしく、皆揃ってケラケラと愉快気に笑いを飛ばしながら画面に熱中していた。



「……寂しいの? 構って貰えなくて」

「馬鹿言うな。ガキじゃあるまいし」

「顔に書いてあるよ。瑞希ちゃーんって」

「少なくともちゃん付けではねえよ」

「でも、否定はしないんだね」

「…………まぁ、な」


 ソファーで騒いでいるゲーム組を眺めながら、比奈がこっそり歩み寄って来て、そんなことを言う。あの日とそう変わらない悪戯な笑みは、俺の考えをすべて見抜いているようだった。



 みんなのためにも瑞希が必要だ。なんて言っておいて、実際のところ一番彼女を必要としているのは他でもない自分である。


 結局今日にしても、彼女と一対一で喋った回数は数えるほどしかない。分かりやすく言えば、瑞希成分が枯渇しているのだ。まさか俺から瑞希を求めるとは、人間変わるものだな。



「かまちょ、ってやつかな?」

「……そこまで溺れてねえよ」

「いいじゃん。仲間に入れてーって言っちゃえば。瑞希ちゃん待ってるんじゃない?」

「どうだか……」


 勝手に意識して、ネガティブ思考に溺れているのは俺だけなのだろうか。少なくとも、ここ最近彼女が見せていた冷めた表情はすっかり消え失せてしまったわけで。


 そこに俺がいつもの調子でダル絡みしてしまえば、俺と瑞希の関係性なんぞそれだけで事足りるのである。


 なのに、あと一歩。

 あと一言の勇気が、どうしても。



 正直、まだ疑っている。

 俺の心持ちの問題だけではない。


 何か。何かがいつもと決定的に違う。

 そんな気がして止まない。



「…………っ……」



 意図せず重なった視線も、瞬く間にズレが生じる。まるで二人の関係を表しているみたいに。


 

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