320. 相場は決まってる


 意外や意外にも、誕生日パーティーの会場は瑞希の自宅となった。


 11月半ばにしては暖かい気候、厚手のパーカーの袖を捲って汗を拭き取り県南へ向かう電車を降りると、車内の暖房で蒸し上がった身体を心地よい風が突き抜ける。


 

 意外だったという根拠は、これまで誰かの家へ遊びに集まろうなんて話をし出したときに、頑なに自宅への招待を拒否し続けていたことに起因する。


 そもそもフットサル部は学校外での交流において、放課後を除いて案外乏しい一面がある。

 土日に予定を立てて集まるということがコートでの練習以外でほとんど無い。故にどこでパーティーを開くのかというのは、ここ一週間のなかでも部内の大きな話題であった。


 独り身の我が家が最も気を遣わなくて済む、ということで半ば俺の家での開催が決まり掛けていたが、前日になって突然瑞希が「ウチでやってもいいよ」と状況をひっくり返したのである。



「この辺りかしら」

「たぶんな」


 午後15時過ぎ。改札前で先に来ていた愛莉と合流し、グループトークに送られて来た地図を頼りに金澤家を探す。


 夏合宿で訪れた地とほど近いが、それよりもザックリ田舎な印象は受けるという程度の代わり映え無い市街地だ。



 潮の匂いが仄かに伝わって来る長い一本道は、それこそ比奈と訪れた中心街、同じ県内とは思えないほどの静寂と侘しさに溢れていて。


 これはこれで趣があって悪くないとも感じるが、あの瑞希が暮らしている街だと考えると、どこか違和感のようなものも拭い切れない。



「なんか、思ってたよりだいぶ……」

「田舎やな」

「そこまで言ってないけど……中学があったところと、ちょっと似てるかも。こんな感じで、畑と山ばっかでさ」

「仙台やっけ。ええところやん」

「市街地はね。学校と寮以外なんも無かったけど」


 愛莉の通っていた常盤森トキワモリは全寮制だったんだっけ。サッカーに集中するためとはいえ、中学生には中々ハードな環境だよな。それも女子にとっちゃ。



 ありきたりな会話を並べ十分ほど歩き続けると、地図の指し示す瑞希宅へ到着した。立ち並ぶ住宅と色も規模も似たようなもので、予め情報が無いと見逃してしまいそうな一軒家だ。


 呼び鈴を鳴らすと、すぐに彼女が出て来た。オーバーサイズの部屋着に身を包み、口には歯ブラシを咥えている。


 急にプライベート感が凄い。

 気が抜け過ぎだろ。



「…………あれぇ? どしたん?」

「わざわざ祝いに来たってのにご挨拶やな」

「……あぁーっ。そっか、今日だっけ……」

「……コイツ本当に瑞希?」

「俺に聞くなや」

「……あー。長瀬もいんのか」


 俺の後ろに隠れていた愛莉を見つけると、少し視線をズラして小さく息を漏らす瑞希。


 まだ起きてから時間が経っていないのか、半開きの眼を力無く擦りながらダラダラと俺たちを招き入れる。怠惰な生活送ってんな……もう昼過ぎだろ。



「まっ、適当にその辺座っといて。パーティーつっても夜からでしょ? あたしもっかい寝るから」

「えぇー……」

「手伝いなど一切いたしませぇ~ん」


 気の抜けた声色を残し、瑞希は二階へと上がって行ってしまった。リビングへ取り残される俺と愛莉……いや、人ん家でオーナー不在のなかどう過ごせと。


 本当に瑞希じゃないみたいだ……学校で見せる姿と、自宅で過ごす怠惰な彼女のどちらが正解なのかなど知ったことではないが。それにしたってギャップが凄まじ過ぎる。



「……やっぱり、様子おかしくない?」

「……あれが素面なんじゃねえの?」

「でも最近の瑞希、ちょっとヤル気無さ過ぎるっていうか……別に普段の瑞希がどうだろうとなんでもいいけどさ。学校でもあんな感じじゃない。調子狂うわよ」

「……まぁ、確かにな」


 何かと言い争いの多い二人ではあるが、愛莉も愛莉で彼女の様子を心配しているらしい。流石にここまであからさまでは、気付かない方がおかしいだろうけど。



 まぁ、たぶん、俺のせいなんだろうけど。

 比奈との一件以降、露骨に態度が変わっているし。


 誕生日パーティーのあれこれで少しずつ調子を取り戻しているようにも見えるが……俺に限っては相変わらず、学校や部活では避けられているようにも感じる。



「……喧嘩でもしてるの?」

「いや、そういうわけちゃうけど……」

「瑞希じゃなくても、誰かしら機嫌悪いときはだいたいアンタのせいだって、相場は決まってるのよ。詳しくは知らないけど、ちゃんと謝りなさいよね」

「そう言われてもよ……」


 何に困っているかと言われれば、つまりそういうことだ。俺が一方的に頭を下げたところで、彼女が納得するのかどうか。


 もっと言えば、俺が比奈とどんな関係になったところで、瑞希には関係の無い話なのだ。

 フットサル部内でのどうこうではない。ただ俺と比奈、二人の男女として、今までとは異なる関係を持っているという、ただそれだけのことで。


 だが、俺がここまで彼女に負い目を感じている理由が付かないのも、やはり本当のこと。俺自身、彼女とどう付き合っていくべきか、明確な答えが出ていない。


 結局、状況はなにも変わっていない。

 俺は彼女に対してなにも言えないのだ。

 勿論それは、瑞希に限った話でもない。



「まっ、アイツがあんな調子のままなら、私は素直に良い思いさせて貰うけどね」

「……あ、そう」

「ご飯もう作っちゃうから。ハルトも手伝って」


 あらかじめ買っておいた食材をキッチンへ運ぶ愛莉。


 その後に続くと、少しだけ足取りの軽い彼女の後姿が目に映って、ますますその言葉の真意を図り兼ねる俺であった。



「どーせみんなすぐ来ちゃうし。今ぐらい、ね」

「あ? なんか言ったか?」

「別に、なにもっ。野菜くらい切れるでしょ」

「馬鹿にすんな。普段は作らないだけや」

「お手並み拝見ってところね」


 慣れた手付きで食材を広げていく愛莉の横に立ち、パーティーの準備を始める。飾り付けや催しの諸々は比奈とノノがやってくれるみたいなので、俺たちはこちらを進めないと。



 しかし、この妙な居心地の悪さはいったい。


 普段とそう変わらないフットサル部の日常。いつもと場所が違うという、ただそれだけの差なのに。


 瑞希が元気を無くしている。それだけでこんなに気が重くなるなんて。やっぱり、いつも通りの瑞希が居ないとダメダメだな。俺たち。



「美味しいもの食べれば機嫌も直るわよ。瑞希だし。夜になればいつもみたいに、ヘラヘラ笑ってるでしょ」


 子どもをあやすような、穏やかで慈愛に満ちた笑みを溢す愛莉。何だかんだ、お前も心配してるんだな。自分本位になり切れないのも、お前も良いところで、少し悪いところだよ。


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