319. ホントに友達なんですかそれ


(プレゼントねえ……)


 あれよあれよという間に、瑞希の誕生日が明後日へ迫っていた。


 何かちょうどいいアイテムは無いかと、放課後わざわざ上大塚の駅ビルにまで赴いたまで良いが。


 なにをあげたら良いのかサッパリ思いつかないという、そういう話である。そうでもなければ、女の子の喜びそうなモノが沢山ありそうなんて雑な理由で上大塚までやって来ない。計画性が無さ過ぎる。


 比奈曰く「陽翔くんが自分で考えて選んで、渡すのが大切だよ」とのことで、他の面々は一切相談に乗ってくれない様子。被ったら被ったで、それはまぁ面白いから俺も反対はしなかったけど。



 それにしたって八方塞がりであることに変わりは無い。瑞希の喜びそうなもの、と考えて何一つ思い浮かばないのは、果たして俺に責任があるのか否か。



(適当に歩いて探すか)


 基礎情報として、彼女は見た目通り派手なアイテムを好む傾向にある。鞄には色合いの強いキャラキーホルダーが所狭しと並んでいるし、スマホカバーも逆に持ちにくいんじゃないかと思うくらいゴテゴテしている。


 そこから好みを割り出して行けば、とも思うかもしれないが。そういった類のアイテムにどうにも統一性が無いのである。なんとなく気に入ったものを、なんとなく着けているという。



 かといって、彼女がなにか欲しいものがあるとか、そのような話を聞いたことも無い。あり触れたところなら洋服だったりメイク道具だったり。食い付きそうな気がしないでもないが。


 ファッションには人一倍こだわりのある彼女だ。俺みたいな凡人のセンスが敵うわけもない。せっかく渡すなら日常的に使って貰える方がずっと嬉しい。



「……たっけえなぁ……」


 立ち並ぶブランドショップのなかの一つに足を踏み入れてみる。男一人でやって来た俺をジロジロと見つける女子高生集団の不審げな瞳が突き刺さる。


 知ったことではない、普段どれだけ女だらけの環境で生活してると思ってんだ。そこまで軟じゃねえ。あ、でも、居心地悪い。変なところが痒くなる。さっさと引き返そ。



「あれ? 廣瀬さん?」

「有希。真琴もか」

「どーもっ」


 引き返した先には、中学の制服に身を包んだ有希と、相変わらず色気の無いサッカー部のジャージを来た真琴が立っていた。待ち合わせをしていたわけでも無しに、偶然もあったもんだな。


 この辺りは彼女たちの中学からも近いし、少し背伸びして遊びに出掛けるにはちょうどいいエリアなのだろう……しかしこの組み合わせ、身長差も相まってやはりカップルにしか見えん……。



「廣瀬さんもお買い物ですか? あれ、でもこのお店って……」

「まぁ、ちょっとな」

「意外ですね。こういうのが好きなんですか?」

「待て真琴。ちゃんと説明するから認識を改めろ」


 というわけで、瑞希の誕生日プレゼントを選んでいるところで、何をあげたらいいかサッパリ分からず悩んでいる旨をざっくばらんに伝えてみる。


 よくよく考えれば、アイツらに相談できないならこの二人しかいないよな。有希も有希でお洒落さんだし、真琴も真面目に考えてくれそうだし、案外頼りになるかも。



「で、色々見て回ってたっつうわけや」

「女の子の趣味とか分からないですもんね」

「最近ナチュラルにディスって来るよなお前……」


 夏休みの一件から俺の扱いがぞんざいになっている気がする。良くも悪くも吹っ切れたのか、単純に俺という人間のおおよそを察したのか。前者であることをひた願うばかり。



 ともかく、二人もプレゼント選びに協力してくれることとなった。


 そもそもフットサル部総出で祝おうってんだから、コイツらも誘ってやらないとな。誰も連絡しなかったのかよ。俺の役目じゃねえぞ。



「なるほどぉ……瑞希さんの趣味、かぁ……」

「派手なのが好きそうだけど、偏見かな」

「いや、だいたい合っとる。故に嗜好が分からん」

「ならやっぱり、アクセサリーが良いですかね」

「まぁ無難ではあるな」


 先ほど足を踏み入れ掛けた店と似たような雰囲気のブランドショップに、なんの躊躇いも無く突っ込んで行く二人。こういうところメッチャ頼もしい。


 滅多に買うことは無いそうだが、休みの日はこういう店を回ってアレが良いコレが良いとお喋りしながら過ごしているらしい。健全な中学生やってて安心する。真琴の格好だけ浮きまくってるけど。



「あっ、これとかどうですかっ? クローバーのネックレス!」

「んー。悪くはな……って、高いな……ッ?」


 税込みで一万もするのか……他の商品も似たような値段のモノが多い。


 この小さなアイテム一つで何日分の食費が……いや、辞めよう。野暮なことは考えないことだ。プレゼントだろ、善意100パーセントで選ばなくてどうする。



「色とか、形とかも分からない感じですか?」

「……全然知らねえ……」

「ホントに友達なんですかそれ」

「ちょっと悲しくなること言うなよ……」


 真琴の鋭いツッコミに反論も叶わない。


 だが事実、俺は彼女の趣味嗜好を全くと言っていいほど知らない。食い物の好みなら辛うじて知っていることも無いが、こういう類の趣味となるとサッパリだ。


 改めて自身の無頓着ぶりを戒める他ない。あれだけ長い時間を過ごしてきて、瑞希のことをちっとも知らないというのだから。彼女に限った話でもない気がするけど。



 でも、仕方ないだろう。俺は俺で、彼女がいつも傍に居てくれるというだけで、大方満足してしまっているのだから。


 それ以上のものは求めないように、自ら距離を取って来たのだ。それが本心であるかどうかはさておき、普段の行動にはどうしても現れていたと思う。


 ……想像も付かなかったな。瑞希とのアレコレで、ここまで頭を悩ませる日が来るとは。距離が近ければ近いほど、見えていないものも多かったということか。



「ならいっそ、廣瀬さんが貰って嬉しいものをプレゼントするっていうのはどうですかっ? 無理に合わせても実際どうなるかは分からないですし、そっちの方が瑞希さんも嬉しいと思いますっ」

「……そんなもんか?」

「私だったら、そっちの方が嬉しいかもですっ」


 俺が貰って嬉しいものか。


 別にこれと言ったものも……あぁ、スマホの充電器が壊れ欠けているから、それだったら欲しいかも。有希も喜ぶのかは怪しい。いやまぁ有難いっちゃ有難いかもしれんが。



 望むものなんて、たった一つだけだ。


 彼女がいつもみたいに笑ってくれれば。

 それだけで、俺には事足りるのだけれど。



「……そんなに悩むことじゃないと思うケド」

「……あ?」

「相手のことを本気で考えてあげれば、自然と分かるんじゃない。そういうの得意でしょ、兄さん」


 有希があちこち歩き回ってアイテムを探している間、彼女には聞こえないほどの小さな声で、真琴がぶっきらぼうに呟く。


 辞めろ往来でいきなり「兄さん」とか。ビックリするだろ。そして当たり前のようにタメ口を使いこなすな。ドキドキするわ。



 しかし、存外に的を射た真琴の言葉。

 思い当たる節が無いわけでもない。


 恐らく、瑞希の言っていたことは照れ隠しでもなんでもなく、割と本心だと思うのだ。物欲的なそれではなく、彼女が望んでいるのはもっと曖昧で、目に見えない何か。


 それを与えることが出来るのは、他でもない俺だと。直近の彼女の動向を見ていれば、分からないはずも無かった。



 でも、本当にそれで良いのか。

 俺が与えるだけで、彼女は納得するのか。


 ならば、プレゼントであってはいけない。本来ならギブアンドテイクでしか成り立たない代物の筈。そう考えたとき、俺が欲しいものって、いったい。



「目に見えるものから入るのも、良いと思う」

「……なんなんお前。エスパーかよ」

「別に。だってさっきからそればっか見てるし」

「今度似たようなの買ってやるよ」

「いっ、いいって。そういうの姉さんにあげて」

「合格祝いってことにしといてやっから。なっ」

「……………まぁ、くれるなら貰うケド」


 自分が貰って嬉しいって、お前も一緒なのか。不愛想だけど、分かりやすい顔するもんだお前も。


 だが、俺と彼女の関係を改めて定義するのに、取りあえず悪くはないアイテムだとは思った。それをどう受け止めてくれるかは、今の俺には分からないけれど。



「なんのお話ですかっ?」

「いや、なんでも。決めたわ」

「あれ? でもこれって……」


 手に取った商品を、有希が不思議そうに見つめている。


 なんというか、傍から見れば勘違いされてもおかしくはないチョイスだけど。でも、俺たちには、これが一番似合っている。そんな気がした。



 スマホを取り出し、メッセージを送る。


 多少のネタバレは仕方ない。

 それすらも、今の彼女には必要だと思う。



『お前、指のサイズいくつ?』

『どしたん急に』

『まぁええやろ』

『たぶん8号とか。え、マジでなに?』

『当日までのお楽しみってやつ』

『ほぼネタバレじゃん』

『まっ、楽しみに待っとけ』


 少し間が開いて、返信が来る。


 頬を緩ませる彼女の笑顔が思い浮かぶようで。

 ちょっとだけ、ホッとしている自分がいた。



『じゃ、期待してる』


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