318. そこまで言うなら


「山形が良いです」

「即答やな」

「静かな場所の方が良いので」

「でも琴音、スキーとかスノボ出来へんやろ」

「そりで遊びます。若しくは雪だるまなどで」

「んなキリッとした顔で言われても」


 練習後、今日も今日とて談話スペースのソファーでだらけ始める一同。


 この機会にと、それとなく琴音にも修学旅行の話を振ってみる。大方の予想通り、暑い沖縄も人の多い大阪もお気に召していない様子で。


 ともかく行先はこれで決定か。俺も余計なタイミングで地元に顔を出さずに済みそうだし都合は良い。スノボも少しだけ興味がある。まだまだ先の話だけど。



「あ゛ー……何故ノノはあと一年早く産まれることが出来なかったのでしょう……そうすればセンパイと修学旅行というビッグイベントを逃さずに済んだというのにっ!」

「センパイと修学旅行て、意味分からんやろ」

「留年する予定ありません?」

「ねーよ」

「仕方ありません。自費で行くんでヨロシクです」

「マジで着いてきそうで怖いんだよお前……」


 ソファーに寝っ転がり愚痴にも満たぬ愚痴を溢すノノであった。当然、一年後輩であるノノからすれば関係無い話だ。



 一応、多少なりとも申し訳ないという気持ちも若干ある。夏休みに合宿へ赴いたのもノノが加入する前のことだし、そういう泊まり掛けのイベントも暫く訪れないだろう。


 春になったら有希と真琴も正式にフットサル部の一員なわけだし、せっかくなら夏合宿に匹敵するようなイベントを彼女らにも提供したいところだが。先のことは分からないし。



「修学旅行、いつなんですかっ?」

「3月。日にちまでは知らん」

「確か7日から二泊三日だったかなぁ」

「ほへー。春休み中じゃないんですね」

「その頃になるともう忙しいからねえ」


 ノノに何気ない質問に比奈が答える。その時期ならまだ雪も溶けていないだろうし、ゲレンデもまだまだ稼働しているだろう。メッチャ楽しみにしとるな俺。だから気が早いわ。



 ……そうか。7日から、か。

 そうなると、ちょうど被るな。



「ふむ……タイミングが良いのか悪いのか」

「なにが?」

「いや。誕生日やねん。8日」

「え、3月の?」

「おん」

「…………初耳なんだけど」

「まぁ、言ってねえし」


 驚き顔で目をパチクリさせる愛莉に、これといったリアクションも無く淡々と返すばかりである。そう、3月8日は俺の誕生日だ。



「へぇ~。ほぼレミオ○メンじゃないですか」

「なんそれ」

「3月9日って曲があるんですよ」

「一日ズレてたらイメージソングやったな」

「曲のイメージと真逆ですけどね」

「じゃあ言うなや」


 別に意識して言い触らしてないとか、そういうのでもない。かといって忘れていたわけでもないのだ。本当にどうでもいい情報の部類だから、誰にも言ってないだけ。



「……早生まれなんだ、ハルト。ちょっと意外」

「生まれ月にイメージもなんもねえやろ」

「偏見もあるけど、ちょっと分かるかも」

「身体も大きいですし、もう迎えているのかと」


 愛莉の言葉に比奈と琴音も賛同する。

 そんなに3月生まれっぽくないか。

 ぽいもなんもあるのか誕生日に。分からん。



「……つうか俺、お前らの誕生日知らんわ」

「私は4月。ちなみに真琴も」

「まぁ納得やな、言われてみると」

「どーゆー意味よそれ」


 女子にしては背の高い愛莉と、年齢の割に大人びて見える真琴。別に根拠もなんもないけど、彼女の言葉を借りれば、それっぽくも見えて来る。



「わたしと琴音ちゃんは6月なんだよねー」

「はい。たった一週間の違いです。運命的ですね」

「それは知らん」

「…………え、ちょっと待ってください。ノノ、8月生まれなんですけどっ……もしかしてセンパイ、いまノノと同い年ってことですかっ!?」

「そうなるな」

「ほっほーん! 良いことを聞きましたっ!」

「少しでもタメ口利いてみろブッ殺すぞ」

「ううぇええぇぇ秒でバレてるッ!?」


 上下関係は大事。ノノ相手なら特に。



 なんだ、聞いてみるとみんな意外に早い生まれなんだな。だからと言って、劣等感覚えるとか別に無いけど。たかが誕生月でそんな感情は芽生えん。


 いやホントに、偶々話題に出しただけで誕生日とかクソどうでも良いんだよな。


 今までまともに祝われたこと一回も無いし、祝ったことも無いし。ただ一年周期で年を取るだけという、それだけで。


 

 ただ、昔はほんの少しだけ、意識していたかも。何故かと言えば、18歳になると海外への移籍が解禁されるから。どこかからオファーが来るかもとか、思っていた頃があったり、無かったり。


 今となっちゃまるで必要の無い心配だ。俺の18歳の誕生日を待ち侘びているクラブなんぞ、世界中どこを探したって見つかりやしないだろう。



「じゃあ旅行中みんなでお祝いしないとねえ」

「ノノは居ないけどね」

「だからっ、自腹で参加しますって!」

「馬鹿言うな。ビデオ通話で我慢しろ」

「あ、でもそれはオッケーなんですねっ! もうセンパイったらツンデレなんだからぁーんっ! ノノのこと好き過ぎますよぉ困っちゃうなぁぁ~~っ!」

「……これツッコむべきか?」

「ほっとけば?」


 愛莉に従って無視を決め込むとしよう。


 誕生日なんて大したイベントでもないけれど……まぁ、コイツらに祝って貰えるというなら、悪い気はしないな。


 ただでさえあって無いようなものだ。記念日が一つ増えると考えれば、中々。



「それで、瑞希さんはいつなんですか?」

「…………え、なに? なんの話?」


 自然な流れから生まれた琴音の問いかけに、瑞希はまるで興味が無いというような気の抜けた表情でそう返す。


 ビックリするほど会話に参加していない、コイツ。一応居るには居たけど、イヤホン付けてスマホ弄ってるし、たぶん聞いてもいなかったな。


 ……そんなに俺と喋るのが嫌なのかよ。

 ここまで避けられると、ちょっと苛付くわ。



「誕生日。アンタだけ聞いてないから」

「あー。11月だよ。11月14日。足して25」

「足す意味ある?」

「無いけど」

「ならなんで…………って、もうすぐじゃないっ」

「んー。そーだね」


 愛莉の驚きを孕んだリアクションに目もくれず、スマホを弄ったまま薄っぺらい返事に留まる瑞希である。

 テンション低いときの瑞希は大概こんな感じだけど、ここまで来るとやり辛さしかねえ。



 あと一週間後か。一人だけ離れてるんだな。

 勝手な印象だけど、8月とかそんな辺りかと。


 特に話を広げるつもりも無さそうな瑞希。確かにコイツもコイツで、誕生日とか割とどうでもいいとか思っていそうなタイプではある。年がら年中お祭り騒ぎみたいな奴だからな。


 いつも通りの瑞希ならば。

 そうじゃないから、みんな困ってんだよ。



「プレゼント用意しないとねえ」

「いやいや比奈センパイ、ここはプレゼントに留まらず誕生日パーティーやりましょうよっ! ノノこういうの参加したこと無いんで、憧れますっ!」

「突然悲しい過去を暴露された気がするのは、私だけですか」

「大丈夫。琴音ちゃんと同じこと思ったから」

「うん。いいね誕生日パーティー。ちょうど土曜日だし、みんなで集まろうよ。今までこういうのやったことなかったし、いい機会だよね」



 フットサル部特有のノリの良さというか、思い立ったら即行動というか、その場凌ぎのとりあえずやってやるか精神というか。ともかく流れで誕生日パーティーの開催が決まってしまう。


 が、本来であればこの流れを生み出すのは瑞希の筈で。彼女が居なくともそんな空気を作れるようになったのは、それはそれで俺たちの成長と言えなくも無いが。


 どうしても物足りなさを覚えるのは否めない。

 当の本人が今一つ乗り気ではないとなれば尚更。



「えっ……いーよ別に、そーゆーの。あたし、人の誕生日祝うのとかは好きだけど、自分のはあんまりっていうか? なんかくれるなら貰うけど、パーティーはいいって」

「な~~に言ってんですか瑞希センパイの癖にっ! いつもなら「全員予算1万円ずつで買って来い、気に入らなかったら受け取らねえ」くらい言うじゃないですかっ!」


 それは確かに言いそう。


「てゆーかセンパイっ、最近ちょっと元気無くてノノ心配ですよっ? なんか気になることでもあったんですか?」

「…………別に、なんも。生理だよ生理」

「ちょっと瑞希っ、ハルトもいるんだから」

「とにかくっ、なんでもねーって」


 ノノと愛莉の心配そうな声色にも、適当な返事のままの瑞希である。


 しかし、俺はしっかり見ていた。僅かな静寂の間、彼女は俺を比奈を交互に見比べて、すぐさま視線を外していたのだ。



 ホント、ビックリだよ。よりによってお前が一番影響受けてるなんて。そりゃ直接見ただけあって、仕方ないのかもしれないけど。


 分かっている。俺の所為だ、瑞希が落ち込んでいるのは。それは十分に承知している。だからこそ、お前には元の調子に戻って貰わないと。


 俺との関係なんて、取りあえずは二の次で良い。お願いだから、フットサル部のなかでくらい、瑞希らしく笑っててもらわないと。俺も困るし、みんなも困る。



「瑞希。後輩のお願いだろ、聞いてやってくれよ」

「…………まぁ、それはな」

「俺にも祝わせろよ。それくらい、構へんやろ」

「……別に嫌とは言ってないけどさ」

 

 それすらも負担だと言われてしまえば、どうすることも出来ないが。


 でも、そうじゃないだろ。長くは無いけど、それなりにお前の隣で、結構濃い時間過ごした自負だけはあるんだ。



「瑞希さん。誕生日に拘りが無いのは私も同じです。しかし、それは問題ではありません。いつもと同じで良いじゃないですか。ただ皆さんと一緒に、中身の無いことで大騒ぎしたいという、それだけです。私からのお願いでも、聞いてくれませんか?」

「……んんー! くすみんに言われちゃなぁー」


 琴音の気の効いた助け船で諦めが付いたのか、ガバっとソファーから起き上がって。クシャッとした瑞希らしい笑顔が、ようやく零れ落ちた。



「じゃっ、そこまで言うなら祝わせてあげっかなっ! 人生一楽しいパーティーにしねえと、途中で切り上げて帰っかんな! 主役のいないパーティーがどんだけ辛いか味わわせてやんわっ!」



 さて。今週末の予定は埋まったみたいだな。

 久しぶりに彼女の笑顔も見れそうだ。


 どうかそれが、本物の笑顔でありますように。


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